すべてを手に入れる17
遠くからこちらに向かってくる巨大な力を感じる。
私は学校のグラウンドに立ち、銀色の満月をじっと見上げて、その時を待っていた。
「名波、これがチャコか?」
私の後ろに立っていた勇晴君が声を出す。
勇晴君もこちらに向かってくる巨大な力を感じたのだろう。
「うん。……チャコは四度目の時もこれぐらい強かったから。」
四度目。それはチャコが学校からいなくなり、自我が崩壊してバレンタインデーに現れた時だ。
チャコが自分でこちらに向かってきているという事は大丈夫なんだと思う。
だけど、やっぱり不安で、勇晴君の隣に立っている友孝先輩をちらりと見た。
「ああ。チャコだね。……大丈夫。まだ自我はあると思う。」
「すげーな。九尾兄ぐらいあるじゃねーか。」
友孝先輩が小さく頷くと、勇晴君は楽しそうに笑う。
それを見て、鋼介君が嫌な顔をした。
「なんで、嬉しそうなんだよ。」
「夜のグラウウンドに力の強い妖が三人も集まって……俺と賀茂がいて、理事長がいて。それで妖雲の巫女もいる。ゾクゾクするな。」
「……やめろ。」
いつも通りのやり取りをする鋼介君と勇晴君。
その姿を見ると、ぎゅっと寄せていた眉根が少し緩むのを感じる。
二人の横には友孝先輩や先生、友幸さんもいて……。
チャコが何をするのかはわからない。
けれど、みんながいればきっと大丈夫。
――必ず助ける。
ぎゅっと拳を握り、もう一度空を仰げば、遠くに鳥の影が見えた。
それはぐんぐんこちらに向かってきて、グラウンドの端まで来ると、その姿を巨大な茶色の狼へと変化させた。
「唯ちゃん、お待たせー。」
久しぶりに聞いた声は少年のようなアルトの声。
だけど、その気安さはやっぱりチャコだ。
「おー。みんなも一緒にいるんだね。」
茶色の狼が私の後ろを見て、少し笑っているような声を立てる。
「ということは、唯ちゃん、ちゃんとみんなに話しができたの?」
「うん。……みんなでチャコの事を待ってた。」
「そっかそっか。そりゃ良かった。」
久しぶりの言葉はいつも通り優しくて……。
今にも飛びついてしまいたい気持ちをぐっと抑えて、茶色の狼をじっと見つめた。
「ヒロインとその仲間 VS悪役ってさ、すごいいい構図だよねー。」
茶色の狼が金色の目を爛々と光らせる。
「じゃあ、唯ちゃん。……お約束の断罪をしようか。」
茶色の狼は不穏な言葉を発すると、私から視線を外す。
そして、鋭い眼光で私の後ろにいる鋼介君と先生を見た。
「唯ちゃんから話を聞いたってことはさ、友孝様の式神だってことは聞いた?」
「ああ。聞いた。」
「ふーん。そっかー。じゃあさ、唯ちゃんとの恋を邪魔してたのは?」
茶色の狼の挑戦的な目が鋼介君と先生を射抜く。
チャコに返事をした鋼介君は、その畳みかけるように言われた台詞に顔を顰めた。
そして、先生は小さく息を吐く。
そんな二人の様子を見て、茶色の狼はなるほどと首を縦に振った。
「あ、それは聞いてないっぽいね。……唯ちゃんと友孝様があの日の約束を守ってくれたのか。」
……あの日の約束。
それは友孝先輩がチャコの手を離した時の事だろう。
『鋼ちゃんたちに話すつもりはなかった』と、言っていたチャコ。
だから、チャコが鋼介君たちに思惑があって近づいた事は話していなかった。
もしかしたら……。
チャコが戻ってきてくれて、それを隠したままでいたいかもしれないと思ったから。
「鋼ちゃん、先生。あのね、妖と妖雲の巫女の恋を邪魔をしろって言われたからずっと邪魔してた。」
そんな私と友孝先輩の考えを一蹴するように、チャコがまっすぐに言葉を告げる。
「うーんとね、思わせぶりな事言ったり、思わせぶりな態度を取ったり?……二人とも簡単に好意を向けてくれたけどさ。」
茶色の狼がぐっと姿勢を低くした。
「二人の事、別に好きじゃなかったよ!」
そして、鋼介君と先生に向かって飛びかかる。
茶色の狼との距離は二十メートルはありそうだったが、その距離をあっという間に詰めた。
茶色の狼の前脚が二人に迫る。
しかし、茶色の狼の前脚はこちらに届く前に、透明の壁のようなものに弾かれた。
「いたっ!」
茶色の狼の体が弾かれ、後ろへと飛んでいく。
茶色の狼は空中で体勢を立て直すと、しっかりと四本の脚で着地した。
「えー、先手必勝だと思ったのにー。」
「残念だったね。」
弾かれた茶色の狼はブルブルと体を振ると、不服そうに声を上げる。
その声に友幸さんがふふっと優しく笑った。
どうやら、友幸さんがとっさに防壁を張ってくれたらしい。
「まあいいけど。……とりあえずさ、勝負しようよ。」
茶色の狼は友幸さんから目を外し、鋼介君と先生を見た。
「先生がこの世で一番強い妖だったとして……でも、鋼ちゃんに力を移したでしょ? だったらもう、どっちが一番かなんてわからないし。」
鋼介君と先生も茶色の狼から目を逸らさずに、じっと見返す。
「散々食べまくったからねー。こっちもかなり強くなったよー。」
琥珀色の目と金色の目が月明かりの下でギラリと光った。
「ほらー、鋼ちゃんも先生も色々と言いたい事があるでしょ? だったらさー、妖らしく、力で勝負しようよ。誰が一番か。決めよう?」
茶色の狼が獰猛な牙を見せて、裂けた口で笑う。
それに鋼介君は少しだけ口元を引き上げると、ブルリと一つ身震いをして、体を変化させた。
先生も一度友幸さんをチラリと見た後、体を変化させる。
友幸さんはやれやれと息を吐いて、使っていた術を解いた。
「……俺は強くなったからな。後悔するぞ。」
「ふーん。『出来損ないの狐』が強気になっちゃって。」
巨大なオレンジ色の狐の言葉を茶色の狼がせせら笑う。
オレンジ色の狐はその言葉に口を開け、牙を見せると、茶色の狼に飛びかかって行った。
「そもそもさ、チョロすぎるんだよー。なんなの? ちょっと笑っただけで惚れるとか。」
「……だまれ!」
オレンジ色の狐が茶色の狼に飛びつくと、茶色の狼がその頭に目がけて右前脚を振る。
オレンジの色の狐はそれを避けて、振り下ろされた右前脚にがぶりと噛みついた。
鋭い牙がしっかりと刺さっているのが、ここからでもわかる。
しかし、茶色の狼は前脚が牙で傷つくことも恐れず、角度を変え、ぐいぐいとその前脚をオレンジ色の狐の口に突っ込んだ。
あまりの事にオレンジ色の狐は、げほっとえづいて、慌てて飛び下がる。
「うははっ、もっと味わっても良かったのにー。」
茶色の狼が楽しそうに笑った。
そして、未だ動いていない巨大な金色の狐を見て、ふうと溜息をつく。
「先生もさー、そうやって見てないで早くやろうよー。そうやって余裕ぶっこいてかっこつけてる所がさー、ホントによくないと思うよ?」
「そうか」
「そうそう。先生だってうずうずしてるんでしょ?」
茶色の狼が前脚を伸ばし頭を下げた。
お尻は上げたままで、伸びのような姿勢を取ると、尻尾をふりふりと振る。
「ほら、やろうよ。」
金色の目が挑発するようにきらりと光った。
金色の狐はそれを見てハハッと笑うと、茶色の狼に飛びかかって行く。
「俺は強いぞ?」
「知ってるー。でもさー精神面がねー。先生もチョロすぎ。モテるんだから、もっと耐えてくれないと。」
「仕方ない。お前が俺と同じ目をしてたからな。」
「えー。金色と琥珀色って似てるけどー。」
「……そういうことじゃないだろ」
茶色の狼とオレンジ色の狐、金色の狐の体が絡みあう。
攻撃は本気だし、傷も体中に増えていくのに、その戦いはじゃれあっているようだった。
「そうだ、楽しくて忘れるところだった!」
じゃれるように戦っていた茶色の狼が突然声を上げる。
そして、素早くぐるりと体を回すと、体に縋りついていた二匹の狐を弾き飛ばした。
邪魔するものが無くなった茶色の狼が友孝先輩をまっすぐに見る。
「……チャコ。」
友孝先輩は小さく名を呼ぶと、何かを感じたらしく術を唱え始めた。
茶色の狼は金色の目をギラギラと光らせて、友孝先輩に向かって飛びかかる。
友孝先輩はそれをわかっていたように、術を唱え終わると、出現した黒い鞭のようなもので向かってきた茶色の狼を打った。
「いったぁ! わあ、懐かしい、最低!」
右脇腹を払われた茶色の狼は地面にズシャッと音を立てながら、なんとか四肢で踏ん張った。
「友孝様のその鞭、大嫌いです!それに、無理やり式神にしたのも最低だと思います!」
そして、友孝先輩に向かってキャンキャンと文句を言う。
友孝先輩に対して、チャコがこれほど砕けた感じで話すのを見るのはは初めてだ。
友孝先輩はそんな茶色の狼の言葉に小さく頷いて、だけどまた黒い鞭を大きく振る。
茶色の狼の前脚を狙ったその攻撃に茶色の狼は飛び下がって避けた。
「あー、もう! だから、それ大嫌いです!」
茶色の狼が鬱陶しそうにその鞭を睨む。
そして、その隣でにやにやと笑っている勇晴君を見て、グルルと唸りを上げた。
「あー、勇ちゃんのその顔! ホントいや! やだねー。オタクってー。」
勇晴君はそれには答えず、ただ妖し気に黒い瞳を輝かせている。
力の強い妖が三人でじゃれている様が楽しくて仕方がないのだろう。
茶色の狼はそれを見て、ひくー、と呟いた後、友幸さんを見た。
「あ、理事長はねー、若作りすぎだと思いますよー。まあ、お金さえくれればそれでいいんですけどね!」
茶色の狼があははっと笑う。
「おい、お前の相手はこっちだ。」
そうして会話している間に金色の狐が体勢を立て直したらしく、茶色の狼の尻尾に噛みつく。
そして、大きく首を振って、茶色の狼を投げ飛ばした。
大量の土煙をあげながら着地した茶色の狼にオレンジ色の狐が後ろ足を引きずりながらも、飛び込んでいく。
茶色の狼は二匹の狐との戦いに戻ったが、戦いながらも何度も暴言を吐いた。
笑いながら、牙と爪と……その言葉でみんなを傷つけていく。
……きっとみんなはその言葉が本音だとは思っていないだろう。
茶色の狼の言葉を聞き流しているとは思う。
だけど、やっぱりその言葉は辛辣で……。
時折、鋼介君が苦しげに息を吐いて、動きを止める。
そして、茶色の狼はそれを見逃さず、鋼介君に攻撃を加えるのだ。
……ああ。
そうか。
私はそんな風に戦う姿を見て、ようやくチャコがやろうとしたことがわかった。
『悪役』
チャコはそれにこだわっていた。
今まさに、チャコは悪役をやろうとしている。
私がみんなとチャコを引き合わせ、一緒に遊びに行った。
何度も席を外し、みんなとチャコが仲良くなるように仕向けた。
私がお膳立てして、チャコにみんなを差し出した。
でも、チャコは乙女ゲームの主役役はいらないって言って……。
チャコはその言葉を実行しようとしている。
私が差し出したものを、いらないよって大きな声を出して突き放して。
――私に返そうとしているんだ。
じゃれているように戦っていた三人の勝負は程なく決着がついた。
これまでに繰り返した時ではチャコは勝ったり、負けたり様々だった。
だけど、今までのチャコは私や友孝先輩を守ろうとしたり、気の向かない戦いだったりで本気ではなかったんだと思う。
今日のチャコは今まで見てきた中で一番強かった。
鋼介君と先生も強かったけど、チャコの言葉にどうしても身が固くなる鋼介君を庇って、まずは先生が倒れた。
そして、鋼介君も倒れて……。
茶色の狼が倒れた狐を見て、あははっと笑った。
「やっぱり……悪役は強くてカッコよくなきゃねー……。」
もう、巨大な狼の姿を保つこともできなかったのだろう。
その姿を小さな狼の姿に変えて、おぼつかない足取りでこちらへ向かって歩いてくる。
「チャコッ……チャコッ」
何度も見た、その弱々しい姿に胸が痛んで、急いで駆け寄った。
土に汚れるのも気にせず、地面に膝をついて、その小さな体を胸にぎゅうっと抱き留める。
チャコの中の黒い瘴気はゆっくりと渦を巻いているが、その場に留まらず、外側から徐々に解けていっているようだ。
「……唯ちゃん。二人とも倒したよー……すごい?」
「うん。すごいね、チャコって強いんだね。」
「……かっこよかった?」
「うん。……かっこよかった。」
チャコが褒めて欲しそうに上目遣いで私を見る。
私は目からあふれそうになるものを必死で抑えながら、うんって頷いた。
そして、そっとチャコの背に手を当てて、解けていく瘴気の渦の流れを整えていく。
こうすれば、少しは長く、チャコと話しができるはずだから。
「あー、……それ、気持ちいいね……。」
それが心地よかったのかチャコがうっとりと目を細めた。
「……ねえ、チャコ? なんでこんな事したの?」
そんなチャコの背を撫でながら、そっと言葉を口にする。
するとチャコはチラリと私を見た後、ゆっくりと話してくれた。
「だって、鋼ちゃんも先生も……チョロいからさ……。手酷く裏切って、ボコボコにしとかないと。」
チャコが仕方がないよねーと悪びれもせずに答える。
「他のみんなもボコボコに言っといた……。」
そして、小さくイヒヒと笑った。
「これで、唯ちゃんの全部返せたと思うんだ……。悪役やりとげてさ……。ちゃんと唯ちゃんに主人公が戻ったはず……。」
チャコの小さな声に胸がぎゅうぎゅうと痛む。
わかってる。
わかってるよ。
みんなに辛辣な言葉を放ったのも全部私のためなんだよね。
いつだって。
何度だって。
チャコは私のために悪役をしてくれたんだよね。
「……バカ。チャコのバカ。」
そんなチャコの気持ちが痛い。
「悪役しないでって言ったよ?」
私を思ってくれるのが、嬉しくて……。
だけど、それが悲しくて。
「自由に生きていいんだって言ったのに……。」
「うん……ごめん。」
「チャコ、いつだって、私の話を聞いてくれない。」
「……ごめん。」
もっと違う言葉があるはずなのに、私の口から出るのはかわいくない言葉。
チャコはそんな私をちらりと上目遣いで見て、謝ってくれる。
その声が優しくて、勝手に目から涙が零れた。
「唯ちゃん……。」
チャコがそんな私を見て、金色の目を大きくする。
そして、苦しそうに目を伏せた。
「だって。」
少しいじけたみたいな声。
「だって……唯ちゃんに幸せになって欲しいんだよ。」
それだけ言うと、チャコは頭をぐいぐいと私の肩にすりつける。
そして、私の事をじっと見上げた。
「前にさ、願いを教えたよね。……唯ちゃんに幸せになって欲しいって。」
それは文化祭の時。
チャコの秘密を聞いて、一緒に手を取ったあの時だ。
「唯ちゃんが……主人公を譲ろうとするから、変な感じになっちゃったけど……ちゃんと、悪役やったから……きっと、これで唯ちゃんがちゃんとヒロインになったと思う。」
チャコが小さく息を吐く。
「偽物だから……悪役をやったんじゃないよ……。本当の気持ちで……この道を選んだんだよ。」
チャコはそれを告げると、私を見上げていた顔を私の肩へ持たれかけた。
顔を上げておくのが辛いのかもしれない。
「……鋼ちゃんと先生さ、ボロボロだからさ、唯ちゃんが治してあげてよ。」
小さな声でチャコが鋼介君と先生の事を話す。
「きっとさ、唯ちゃんが治してあげたら、二人とも唯ちゃんの事好きになるよ。」
そして、えへへっと小さく微笑んだ。
「それでさ、唯ちゃんの力もちょっと落ち着くと思うんだ。」
ああ……。
これはいつもの終わりの時だ。
チャコが私の力の使い道を教えてくれる。
「妖雲の巫女なんてやめなよ。妖も陰陽師も賀茂陣営も安倍陣営も。そんなの唯ちゃんには関係ないよ。」
チャコを抱く手にぐっと力が入ってしまう。
「妖と人間の共存のために生きるなんてしなくていい。そんなの全部ほっとけばいいよ。」
チャコの話す言葉が……。
「唯ちゃんががんばる必要なんてない。がんばらなくったっていい。」
温かくて。
「妖雲の巫女の力が無くなっても、陰陽師の力は残ると思うから。唯ちゃんの言ってたように、勇ちゃんとか友孝様と一緒に、陰陽師として働いて……。」
優しくて。
「学校行って、恋して、バリバリ働いて……。」
夢見るように話すその言葉が。
「かっこいい旦那さんと、かわいい子供にかこまれてさ……。」
柔らかなその声が。
「ずっと笑っててよ、唯ちゃん。」
痛いくらいまっすぐで。
「変な陰謀とかに巻き込まれて欲しくない。いっぱい長生きして、いっぱい笑って。」
涙がよくわかんないくらい溢れてきて。
頭を上げる事だってもう苦しいだろうに、チャコが精いっぱい私を見上げる。
私はその金色の目を見て、うんうんって何度も頷いた。
「わ、かった。……そうす、る。絶対、幸せになる。」
私の言葉に、チャコは満足そうにそっと目を閉じる。
「うん……。あー、つかれたー……。これって何のトゥルーエンドなんだろうね……。」
そして、いつもみたいに『トゥルーエンド』って呟いた。
そう。
これで終わり。
いつも失敗して。
チャコがここで消えて、またやり直し。
――でも、もう戻らないから。
私は目を閉じた小さな狼をぎゅうっと強く抱きしめて、そっと言葉を紡いだ。
「チャコ、私、……時を遡ってるんだ。」
それはずっと隠していた秘密。
ようやくチャコに伝えられたけど、声はみっともなく震えてしまった。
「……時をさかのぼる?」
予想外の言葉だったんだろう。
チャコが一度閉じた目をまた開ける。
私はその目を見て、一度唇を噛んだ後、口を開いた。
「うん。……入学式から今日、バレンタインデーまでをずっと繰り返してるんだ。」
金色の目が何度か瞬かれる。
その目にそっと笑いかけて、言葉を続けた。
「チャコ、ここがゲームの世界だって言ったよね?」
「うん……。」
「そのゲームってさ……何度も同じ時を繰り返すのかな?」
「……そうだね。一度クリアして……うん、何度もやり直すかも。」
チャコが少し考えるようにした後、はぁと息を吐く。
「……そっか。唯ちゃん、物知りだったもんね……。ずっとコンティニューしてがんばってたんだね……。」
私を見る金色の目は優しい。
「……大変だったね。」
失敗ばかりの私。
後悔ばかりの時。
そんな情けない私を。
いつだってチャコは柔らかく包んでくれる。
「チャコがね……何度やり直しても消えちゃう。……だから、先に進めない。」
「そっか……ごめんね……。あー……今ももう消えるとこだー……。」
涙の止め方がわからない。
チャコがそんな私を見て、苦しそうな顔をしたから、思わずぎゅっと抱きしめた。
「ねえ、唯ちゃん……もう、戻らないんだよね?」
「……うん。」
チャコの小さな声に頷く。
「もうね……力がない。……使っちゃったんだ。」
「……そうなの?」
「うん。……鋼介君や先生を治すぐらいはできると思う。……でも、きっと時は遡れない。」
「そっか……。」
私の言葉にチャコはゆっくりと息を吐いた。
「……でもさ、何度もやり直したって事はさ、長い時間……一緒にいられたってことだよね?」
チャコの言葉が胸に響く。
失敗ばかりの情けない過去。
みんなが忘れてしまった時。
だけど、チャコはそんな時間でさえ、私と一緒にいられたって喜んでくれてる。
「うん。……途中でやり直したりもしたけど、四年は一緒にいたよ。」
「そっか、それって……なんか嬉しいね……。」
小さく呟く声。
私はそれに、そうだねって答えた。
もしかしたらチャコも……。
消える時にいつも、戻りたいなって思ってくれてたのかな……。
「チャコ。生まれ変わったら、どうしたい?」
「……生まれ変わったら?」
チャコの頭にそっと頬を寄せて、尋ねる。
すると、チャコは小さな小さな声で呟いた。
「そうだなー……もう、悪役はやりたくないなー……。」
私はその言葉にチャコを抱く力を強める。
「うん、そうだね。もう絶対、やらないで。」
「だよねー……。」
チャコが力なく、でも少し笑ったような声を出した。
チャコの中の黒い瘴気の渦がなくなっていく、私が流れを整えなければとっくに消えていたのだろう。
すると、今まで私の後ろにいた友孝先輩が私の横へ膝をついた。
私がチャコから頬を離すと、そっと、チャコの頭を優しく撫でる。
「チャコ……任務達成だよ。」
「……それが、最後って……」
頭を撫でられたチャコが呆れたような声を出した。
「あー……。」
そして、ゆっくりと体が溶けていく。
「……これで……お別れかぁ……。」
いつも満足そうに笑っていた。
目を閉じて、私のことなんか見てくれなかった。
でも、その金色の目が最後に一度、私を見た。
「唯ちゃん……。」
――置いて行かないで。
声にならないチャコの言葉。
だけど、私にはちゃんと聞こえた。
「……っ、チャコ、勇晴君が道を作ったから。」
チャコはやっぱりバカだ。
「み、ち?」
「そう。白いまっすぐな道。見える?」
チャコが消えるから、先に進めないんだよって言ったのに。
「ん……あー、……見える。」
「それをまっすぐ行けばいいから。」
私を置いていくのはいつもチャコで……。
私がチャコを置いて行くはずなんかないのに。
「……う、……ん。」
「懐かしい声が呼んでくれるはず。」
私が言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに、小さな狼の体は消えてなくなった。
腕の中にあった温かい体はもうない。
……きっと、最後まで、ちゃんとチャコに伝わったと思う。
今までと同じようにチャコは消えてしまったけど……。
でも、今までとは違うから。
私は右腕でぐいっと涙を拭うと、立ち上がって後ろにいた勇晴君を見た。
勇晴君は私を見て、しっかりと頷いてくれる。
大丈夫。
きっとうまくいく。
私と一緒に地面に膝をついていた友孝先輩も立ち上がった。
そして、未だに倒れたままのオレンジ色の狐と金色の狐へと体を向ける。
友幸さんがすでに二人の所におり、私を見て、小さく頷いた。
残り少ない力を使い、二人に少しだけ力を送る。
なんとか狐の姿から人間の姿に戻れるようになったところで、みんなと少しだけ話して、学校を出た。
友孝先輩が用意してくれた車に乗り、目的地へと向かう。
「すべてを手に入れる」 ルート分岐
「黒い瘴気の獣」 ルート開放します
活動報告に少しだけチャコ視点の小話upしました




