すべてを手に入れる16
チャコが道を選んだ。
すべてを手に入れようとがんばって、みんなを助けて……。
チャコの心を揺らして、ようやく色々な事がわかったのに、やっぱりチャコは道を選んでしまった。
あの時のチャコの目はいつもの深いブルーじゃなかった。
チャコは友孝先輩と話した後から、その目を金色にしていたんだ。
それはチャコの心が揺れていた証。
チャコと話して、きちんと向き合ったつもりだった。
チャコにこの世界で生きて欲しいって精いっぱい伝えたつもりだった。
でも、きっと……。
チャコは私のウソに気づいていて――。
チャコがいなくなった次の日。
みんなに友幸さんの家へ集まって欲しいと伝えた。
勇晴君と友幸さんにはほかの三人より早く集まってもらって、昨日の事と今日やりたい事をあらかじめ話す。
二人は真剣に聞いてくれ、今日やりたい事についても賛同してくれた。
そして、鋼介君や友孝先輩、先生が友幸さんの家へとやってくる。
友孝先輩は昨日、集まりには行かない、とチャコに伝えたために、集まる事に戸惑っていたが、チャコがいなくなった事を告げると参加してくれることになった。
ダイニングテーブルのイスにみんなで座る。
私は中央に座り、その横にはそれぞれ勇晴君と友幸さん。
正面には鋼介君が座り、その両隣に友孝先輩と先生が座った。
「チャコがいなくなった?」
友幸さんがみんなにお茶を出してくれ、少し落ち着いた所で私から話を切り出した。
まずは昨日の事。チャコがいなくなったことについてだ。
私の話に鋼介君の眉間の皺が深くなる。
私は正面に座る鋼介君を見て、うん、と頷いた。
「……なんでだ? 昨日はあんなに楽しそうだったのに。」
「今日たまたま学校を休んだだけじゃないのか?」
鋼介君がわけがわからないと目をゆらゆらと揺らす。
先生は思い違いじゃないのか? と私を見ていたが、その視線に私は小さく首を振った。
「チャコは……いつも消えてしまうんです。」
「いつも消える?」
私の突然の言葉に友孝先輩が不思議そうに首を傾げる。
私は鋼介君と友孝先輩、先生を見て、ぎゅっと唇を噛んだ。
「私……三人に伝えてない事があるんです。」
そう。伝えていない事がある。
ずっと黙っていた。
「このまま何も言わなくていいんじゃないかと思ってました。」
チャコがみんなの内の誰かを選んで……。
それが生きる意味になって、このまま何も起こらずに春を迎えられたらいいと思っていた。
でも。
チャコは道を選んでしまったから。
「きっと……三人には楽しい話じゃないです。」
これを伝えてしまっていいのかわからない。
今までだって、どうすればいいのかなんて何もわからなかった。
いつもいつも失敗ばかりの自分。
「信じてくれるかもわからないけど……。」
その事を思うと、小さく声が震えて……。
目を伏せそうになると、隣に座っていた友幸さんが話を引き継いでくれた。
優しい声で正面に座る三人に話しかける。
「……妖雲の巫女には力があるのは知っているね?」
「はい。」
友幸さんの声に鋼介君がしっかりと頷いた。
そして、琥珀色の目でまっすぐに私を見て、伏せそうになっていた目を鋼介君が持ち上げてくれる。
その目は『信じる』って言っていて……。
鋼介君の両隣を見ると、友孝先輩も先生もしっかりと私を見てくれていた。
私はその目に勇気づけられるように小さく息を吐く。
そして、正面に座る三人を見返した。
「私……時を遡っているんです。」
夢みたいな話だ。
「時を遡る?」
「はい。」
先生の言葉に簡潔に頷く。
「私は妖雲の巫女の力を使って、時を遡っています。何度も何度も同じ時を繰り返して……。」
何度も何度も失敗して。
「今、六度目です。」
こんなに繰り返して。
ようやくみんなの事を助けられたと思う。
でも、チャコはまた道を選んでしまって……。
「……私はチャコを助けたかった。何度繰り返しても、チャコはバレンタインデーの日に消えてしまうんです。だから、私はどうしてもその日から先へ進めなくて……。入学式の日からバレンタインデーまでをずっと繰り返してます。」
みんなを巻き込んで、同じ時をやり直している。
「みんなの前で私、少し変な時がいっぱいあったと思います。……それは、繰り返す時の中で私が体験したり、みんなから聞いたりした事です。」
そこまで言うと、私はそっと正面の三人を見た。
三人とも私の言葉に色々と考えているようだ。
きっと三人は私の行動に何か思い当たる事があったのだろう。
「……だから名波は時々、不思議な事を言ってたのか。」
「うん。」
鋼介君が琥珀色の目でじっと私を見る。
私はそれに小さく頷いた。
鋼介君の両隣に座っている友孝先輩と先生も私を見て、ゆっくりと言葉を告げる。
「……私の事も知っていたね。」
「はい。……前の友孝先輩自身から友孝先輩の事を知りました。」
「俺が先が長くないと知っていたのも?」
「はい。……先生自身から聞きました。」
私の返事に正面の三人は納得したように小さく息を吐いた。
ずっと私の行動が何か引っかかっていたのだろう。
「本当はもっと早くみんなに言えば良かった事かもしれません。……ごめんなさい。」
三人に謝った後、チラリと友孝先輩を見る。
私の視線を受けて、友孝先輩は私が言おうとしている事がわかったのだろう。
小さく頷いて、隣に座る鋼介君と先生を見る。
「私も黙っていた事がある。……チャコは私の式神だ。」
友孝先輩が鋼介君と先生に隠していた秘密を二人に告げた。
本当はチャコに任せようと思っていたけれど、今から伝える事にその秘密は重要な意味を持つから。
友孝先輩の言葉に鋼介君が目を瞠った。
先生は大きく溜息を吐いて、天井を仰ぎ見る。
きっと、鋼介君も先生も私や友孝先輩に聞きたい事がいっぱいあるだろう。
だけど、私はそれについては触れず、じっと正面の三人を見た。
「混乱させるような事ばかりだと思います。」
それでも、伝えるって決めたから。
「……今までの時を……聞いてください。」
そうして、私はこれまでの事を話した。
一度目。鋼介君に力を与えて、鋼介君が暴走し、チャコが鋼介君を消し、チャコも消えてしまった事。
二度目。友孝先輩に私とチャコを交換するような取引をして、先生とチャコ、鋼介君で戦いになった事。
三度目。友孝先輩とチャコの式神の契約を解除する方法を見つけ、先生が自分の体を与えた事。けれど、チャコは結局、先生と入れ替わる事を選んだ事。
四度目。勇晴君と修行をして強くなったけど、友孝先輩がチャコを隠してしまった事。そして、チャコが私の手を取らなかった事。
五度目には引きこもって……友幸さんと話をして、すべてを手に入れようと決めたこと。
そして、今。
「みんなを助けたかった。……みんなを助ければ、チャコもこの世界で生きようって思うんじゃないかって。」
みんなを助けられたと思う。
チャコだってみんなといたいって思ってくれたと思う。
「だけど……チャコはまた消えようとしてる。」
……また何か失敗したのかもしれない。
これまでの事を話していると、出てくるのは後悔ばかりで……。
痛む胸を抑えながら、なんとか話し終えると、息を吐いて、一度目を閉じた。
信じられないって突き放されてもおかしくない。
なんで黙ってたんだって責められてもおかしくない。
失敗ばっかりの私は罵られたっておかしくないんだ。
「名波……。一人で背負わせて悪かった。」
でも、鋼介君が口にしたのは謝罪の言葉で……。
「……名波はずっと俺達を守ってくれてたんだろう?」
「……そうだな。俺達三人は勇晴や理事長に比べれば失敗ばかりだ。」
「言えなかったんだろう……?私達を思って。」
驚いて目を開けば、正面の三人はみんな優しい目で私を見ていた。
首を振り、左右を見れば、勇晴君も友幸さんも同じような目で私を見ている。
「……っ。私には記憶があります。だから……繰り返した時は過去の事で……。」
それは失敗の過去。
「でも、みんなには記憶はないから……。今、言った事だって、数ある未来の内の一つだったにすぎないんだろうって思って……。」
そう。みんなにとっては過去じゃない。
記憶がないんだから、今までの事はみんながやった事ではないはずだ。
「そういう……チャコが消える事に関わったみんながいたのは、起こったかもしれない未来の事。今、みんなが選んだ道とは違う。……だから、今が最初でいいと思うんです。」
失敗したのは私。
みんなじゃない。
だから話そうとは思わなかった。
誰だって、こんな話、知りたくないと思ったから。
みんなの顔を見れなくて、ダイニングテーブルをじっと睨んでしまう。
すると、優しい声が正面から響いた。
「俺は……名波が話してくれて良かった。」
その声に促されるように顔を上げる。
「チャコがいなくなったのも……きっと、名波ばかりがそうやってがんばってるのをなんとかしたかったんじゃないかと思う。」
そこには優しい琥珀色の目。
「名波。俺が力を求めた時、助けてくれようとしてありがとう。」
そして、私の過去を見つめてくれる。
「名波さん……チャコを式神にした私を。君の事を何度も邪魔した私を。いつも信じてくれてありがとう。」
隣を見れば、紺色の瞳も優しく細まっていて……。
「お前が助けを求めたのに助けられなくてすまなかった。……俺を助けてくれてありがとう。」
そして、鋼介君よりも大人の色をした琥珀色の目が私を見て笑った。
失敗ばかりの情けない過去なのに。
それをみんなが掬い上げてくれる。
「わ、たし……みんなの事を思ってたわけじゃないです。いつも自分の事ばっかりで……。」
みんなが優しすぎて……。
「みんなに黙ってたのだって……。チャコに黙ってたのだって、私、自分の事しか考えてない。」
目から流れそうになる物を必死でこらえる。
「私はただ……。チャコの一番になりたかっただけです。」
チャコに繰り返す時の事を言えなかった。
かっこわるい自分の過去を伝えられなかった。
だって私は。
乙女ゲームの主人公じゃなくて……。
「チャコを救う主人公になりたかった。」
誰も見捨てず。
すべてを手に入れて、チャコも助ける。
そんなかっこいいヒーローになりたかった。
「でも……チャコのヒーローにはなれなかったみたいです。」
天井を見て、目に力を入れる。
そして、精いっぱい笑った。
みんなこんなにかっこよくて、こんなに優しくて。
知れば知るほど、みんながヒーローなんだって思い知らされる。
「名波は漢だ。」
「おとこ?」
突然、隣に座っていた勇晴君が声をあげた。
いきなり『男』と言われ、よくわからなくて首を傾げてしまう。
「多分、名波が思ったやつとは違う。俺が言ってるのは漢字の『漢』って字があるだろ? それ一文字でおとこって読むんだよ。」
「なにそれ。」
「男の中の男って意味だ。」
「……私、女だよ?」
「あー、だからそうじゃなくて……。」
勇晴君が頭をガシガシと掻く。
そして、黒い瞳でまっすぐに私を見た。
「かっこよかったって事だよ。チャコだっていっつもかっこいいーって言ってただろ?」
「……うん。」
勇晴君はいつも変な事を言う。
私はそんな勇晴君の言葉に目に力を入れたまま、ふふって少し笑った。
「私はチャコに繰り返す時の事を言わなくて良かったと思うよ。」
友孝先輩がそんな私を見て、言葉をかけてくれる。
「チャコはその話を聞いたら、きっと学校から離れる事を選んだと思う。……私も、チャコがどうしてもイヤだと言えば、違う任務を与えていたはずだ。」
「名波はいつ話すか機会を待っていたんだろう? 何度も繰り返してるんだ、慎重になっても仕方がないさ。」
友孝先輩の話に先生が言葉を重ねる。
私の荷を下ろすような二人の言葉に私は小さく頷いた。
「君はいつだってがんばってきた。いつだって精いっぱいやってきてる。」
そして、友幸さんが私を肯定してくれる。
「……俺達をここまで連れてきたのは名波だ。何度も間違った俺達を見捨てずにここまで連れてきてくれた。」
鋼介君の琥珀色の目が私を見た。
「名波はいつだって本気だ。……間違ってないと俺は思う。」
そして、私の心を解いていく。
「名波ががんばってくれて……何度もやり直してくれてよかった。」
本当に……。
鋼介君にはかなわない。
私は鋼介君の言葉に眉を顰めて笑った。
すると、勇晴君があー、と声を上げる。
「出たな、詐欺師。」
口の端を上げて、鋼介君を見た。
「俺が最初に声を上げて、賀茂と九尾兄でフォローして、理事長が労わってるのに、なんで最後は鋼介がいいとこ取りなんだ。」
「……だまれ。」
勇晴君がフッと鼻で笑って、鋼介君がジロリと睨む。
ああ……いつもの光景だ。
「チャコがいたら……鋼介君にずるーい! って言ってるんだろうね。」
そう。ここにチャコがいれば。
「鋼介君、先生。……チャコが式神だった事、ショックではないですか?」
ずっと私の話ばかりで、鋼介君や先生に聞けなかった。
きっと二人はショックを受けたはずだ。
でも、鋼介君も先生も私の言葉に少し考えるような顔をしたが、まっすぐに私を見た。
「……ああ。でも、チャコはチャコだから。」
「賀茂と友永に何かあるんだろうとは思っていたから、意外ではなかったしな。」
先生がチラリと友孝先輩を見る。
友孝先輩がその目をしっかりと受け止めると、先生は小さく笑った。
「詳しくは友永に聞くさ。」
「そうだな。チャコはいなくなっただけなんだから。」
先生の言葉に鋼介君が頷く。
そうだ。チャコはいなくなっただけ。
まだ消えていない。
「チャコの行方なら、私は掴めると思う。……術を使えば呼び出す事も可能だ。」
二人の言葉を受けて、友孝先輩が言葉を紡ぐ。
チャコは友孝先輩の式神だから。
今、友孝先輩に頼んでチャコを呼び戻してもらう事は可能だ。
そして、すべてを話して、チャコをそれに巻き込んでしまえばいい。
だけど私はその言葉に首を振った。
「チャコが道を選んだなら、それを止めたくない。」
友孝先輩が苦しんで手を離してくれた。
そして、チャコが何かをしようとしている。
それを無理やり止めたくはないから。
「チャコはバレンタインデーに帰ってきます。……本人が別れる時に言っていたし、今までもそうだったから。多分、絶対に。」
このまま消えてしまうわけではない。
バレンタインデーに帰ってくる。
まだ、チャコと話す機会はある。
「ただチャコが帰ってきて……何をしようとしているのかはよくわからなくて……。」
「そうだね……。今、チャコは妖を食って、力をつけているんだと思う。私の力が刻々と増えていくのを感じるから。」
チャコと友孝先輩は繋がっているから、チャコが強くなれば、友孝先輩の力も強くなる。
「強くなって帰ってくるのか。……面白いな。」
勇晴君の黒い瞳がキラリと光る。
いつも通りの勇晴君がおかしくて、ふふって笑ってしまった。
チャコが何をしたいのかはわからない。
けれど――
「チャコがちゃんと道を進んで……それでも私は助けます。」
助ける。
必ず。
「みんなに手伝って欲しい。」
私はイスに座っているみんなを見回す。
そして、ぎゅっと唇を噛んだ。
「これから、チャコを助ける方法を話します。これが――最後です。」




