すべてを手に入れる14
友孝先輩がチャコの手を離す事を決めた。
それは私が友孝先輩に求めていた事だ。
友孝先輩からチャコにその事を告げてもらい、私がチャコに式神の契約を解除する方法を話す。
きっと、友孝先輩が手を離した後なら、チャコは私の話を聞いてくれると思う。
鋼介君も先生も、もう前へ進んでる。
勇晴君も友幸さんも。
最後に友孝先輩が前へ進めば……。
チャコだって前へ進みたいって思うはず。
この世界で生きていきたいって。
そのためなら、みんなを傷つけたっていい。
いっぱいいろんな人を傷つけて。
それでも、前に進むんだ。
冬休みが始まり、年が明ける。
みんなで初詣に行ったり、雪が積もった日に雪合戦をしたり。
友孝先輩はみんなと遊ぶ間、いつもより多くチャコと会話していたように思う。
チャコとの時間を名残惜しむように。
チャコは優しく笑う友孝先輩にすごく困っていた。
それでも、友孝先輩はチャコに笑いかけ続けている。
それは、チャコの心を動かしたいからじゃない。
チャコの気を惹きたいわけじゃない。
きっと、最後だって決めたから。
悔いが残らないように、チャコと過ごす時間を大切にしているんだ。
そんな友孝先輩はほんとうにキラキラとしていて……。
チャコを見て優しく笑う友孝先輩を見る度に、胸はズキズキと痛んだ。
そして、あっという間に友孝先輩の誕生日になる。
いつものように、友幸さんの家へ集まり、みんなで過ごした。
鋼介君の誕生日と同じように、私とチャコと友幸さんの三人で作ったケーキを私達からのプレゼントに。
鋼介君は先生と一緒にちょっと高そうな万年筆を。
勇晴君は妖から出てきた石という珍妙な物をあげていた。
友孝先輩はそれを笑顔で……なんだか少しくすぐったそうに受け取っている。
窓の外はすごい雪で、昨夜から積もっていた雪は更に深さを増していた。
「鋼ちゃん、勇ちゃん! ちょっと手伝ってよー。」
みんなで話していると、チャコが窓の外を指差して、鋼介君と勇晴君を呼ぶ。
どうやら、外で何かをしたいらしい。
鋼介君と勇晴君はチャコから話を聞いて、笑いながら頷いている。
そして、部屋に入ってから脱いでいたコートや手袋をつけると、三人揃って玄関へと向かった。
「唯ちゃんたちはちょっと待っててねー。」
チャコがにこにこ笑って、扉から出ていく。
チャコ達が何をするのかわからなくて、近くにいた友孝先輩と顔を見合わせて、首を傾げた。
友孝先輩や先生、友幸さんと話しながら、三人の帰りを待つ。
すると、ウッドデッキの方がワイワイとうるさくなったので、掃き出し窓の方へと歩いて行った。
そこには先ほど、玄関から出て行った三人がいて……。
「鋼ちゃん! 勇ちゃんと私、どっちが大きい?」
「チャコだな。」
「だよねー。じゃあ、私が体ねー。」
「俺が頭か。」
窓ガラス越しに声が聞こえる。
チャコと勇晴君の傍には腰辺りまである大きな雪の塊があった。
チャコがそれをゴロゴロと動かして、掃き出し窓の正面に置く。
掃き出し窓からのぞいている私と友孝先輩に気づいたようで、チャコがこちらを見てイヒヒと笑った。
「ゆきだるま?」
「……そうみたいだね。」
私が窓の外を見ながら、ポツリと呟くと、友孝先輩が頷く。
ウッドデッキでは勇晴君が作った雪の塊を鋼介君がヒョイッと抱え、チャコの作った体の上へと置いた。
かなり重さがありそうなのに、わらの塊でも持っているかのような気安さだ。
こういう時にやっぱり妖と人間は違うんだな、と強く思う。
「外に出てみようか?」
「……はい。」
友孝先輩の声に頷き、そっと窓を開ける。
冷気がぴゅうっと室内に吹き込んだ。
「チャコ、ゆきだるま?」
「そう! 雪だるま!」
軒下の雪が積もっていない部分へと出て、二メートルほど先にいるチャコに声をかける。
チャコはこちらに笑顔で答えると、手を振り、紺色のきれいな石を作り出した。
「じゃじゃーん。これ、目。生徒会長雪だるまですよー。」
チャコがイヒヒと笑って、そのきれいな石でをゆきだるまの頭にグリグリと押し込む。
きれいな石を二つほどいれると……なるほど、友孝先輩の目とおんなじだ。
「すごいね、きれいだね。」
「でしょでしょー。でもこれってなんの石だろうね?」
「ラピスラズリとかサファイアじゃないのか?」
チャコの作り出す石を感心したように見ていた鋼介君がチャコの疑問に首を傾げる。
チャコはどうなんだろうねー?と笑った。
「自分で作ってよくわかってないのか。……面白いな。どこまで作れるのか考えるとゾクゾクするな。」
「あ、やめて。本当にその目はやめて。」
勇晴君が目を妖しく光らせて、チャコを見る。
チャコはそんな勇晴君に眉を顰めて、嫌そうに返した。
「それに、どうせすぐに消えてなくなっちゃうからねー。」
「そうなんだよな。こんなに色々作れるのに、チャコから離れると消えるからな。もったいない。」
「まあ、永久に残られても困るからいいけどね。葉っぱのお金は、所詮、葉っぱのお金なんだよ。」
勇晴君の残念そうな顔にチャコがえへへっと笑う。
そうなのだ。チャコが瘴気で作った物はチャコの元から離れて時間が経つと、無くなってしまうのだ。
チャコがクリスマスパーティで作ってくれたフェルト人形。
あまりのかわいさに取っておこうと思っていたのに、翌日には消えてしまっていた。
タヌキの葉っぱのお金がタヌキがいなくなるとただの葉っぱに戻るのと同じように、チャコが作った物も瘴気が形を留めておけなくなると、消えてしまうのだ。
「これだけ作れれば十分だと思うけどな。」
鋼介君がチャコを見て、目を細める。
チャコはそれにまあね! と胸を張って答えた。
そして、何かに気づいたように目を伏せる。
その目はきょろきょろとしていて落ち着かない。
「あの、これ。」
チャコが私の横に立っていた友孝先輩をチラリと上目遣いで見る。
「これも一応プレゼントで……。」
「……ああ。」
友孝先輩がなんだか息を詰めたような声で、返事をした。
チャコはその返事にまた目を伏せ、きょろきょろと視線を彷徨わす。
「あの、どうせ雪だるまもすぐに溶けちゃうし、この石も明日になったら消えますから。」
チャコが目を伏せて、言葉を続けた。
いつもの明るくてイヒヒっと笑うチャコとは別人のようだ。
遠慮をしていて、友孝先輩をしっかりと見る事はない。
……チャコは相変わらず、友孝先輩にだけ態度が違う。
どこかよそよそしく、一線を引いているのだ。
でも、友孝先輩はそんなチャコの態度に気を悪くするでもなく、ありがとう、と小さく呟いた。
「……忘れないよ。」
友孝先輩が柔らかく目を細める。
「雪だるまが溶けても……。石が消えても。」
友孝先輩がキラキラと笑った。
「私は忘れない。」
その笑顔は本当に嬉しそうで……。
その笑顔を見た鋼介君は顔をクシャっとさせて笑って、勇晴君は眉間に皺を寄せて、複雑そうな顔をした。
そして、チャコはあー、と声を出しながら、空を仰いだ。
ゆきだるまを作った後も、みんなで楽しく過ごした。
そのうちに日も暮れ、家へと帰る時間になる。
チャコと二人で帰ろうと外へ出ると、友孝先輩が話があると私とチャコを誘った。
チャコはなんとも微妙な顔をしていたが、結局、グラウンドのベンチの前で少しだけ話をする事になった。
「友孝様、どうされたんですか?」
もう鋼介君も先生も居ないためか、チャコが丁寧な口調で友孝先輩へと声をかける。
友孝先輩はチャコと私と距離を取ったまま、ああ、と小さく頷いた。
「伝えたい事があるんだ。」
「伝えたい事?」
「ああ。今まで、私が言った命令を覚えているよね?」
「はい。」
日が暮れた第二グラウンドには人影はない。
部活帰りのような人の声は聞こえるけれど、その喧騒もどこか遠くに聞こえる。
薄曇りの空にはかすかに星が瞬いているが、下弦の月はまだ姿を現していなかった。
「その命令は今日までで構わない。」
友孝先輩のきれいな声が響く。
「これから私の命令を聞く必要はないし、そばに戻って来る必要もない。」
はっきりと告げるその言葉は淀みがない。
友孝先輩の紺色の瞳がただまっすぐにチャコを見つめていた。
「そのまま自由に生きればいい。」
「自由……?」
今まで戸惑った表情で地面を見ていたチャコがその言葉にチラリと目線を上げる。
友孝先輩はそんなチャコにそうだよ、と優しく頷いた。
「この学校にいたければこのままいてもいい。山に帰りたければ山に帰ってもいい。……他にやりたい事があれば、理事長に相談するといい。叶えてもらえるように頼んである。」
「……理事長に、ですか。」
「ああ。」
戸惑った様子のチャコを友孝先輩がじっと見る。
一瞬だけチャコと友孝先輩の目線が繋がった気がしたが、チャコはすぐに逸らしてしまった。
それでも、友孝先輩はチャコから目を離すことなく、しっかりと言葉を紡いでいく。
「今まで君を物のように扱ってすまなかった。……君はいつでもよくやってくれていた。すべては私が未熟だったせいだ。」
友孝先輩の謝罪にチャコの体がピクッと跳ねた。
「これまでの事は君に責任はない。全て私が命令していた事だから。」
その真摯な言葉に、チャコの隣で聞いていた私の胸がぎゅうっと痛む。
友孝先輩は謝っている。
でもそれは、今までの事を許して欲しいわけでもなく、自分の心を軽くするためでもない。
今までの事はチャコのせいではないのだと。
チャコは気にする必要はないのだと。
ただひたすらに……。
チャコの心を軽くするために……。
「君の意思ではない。」
チャコと友孝先輩の過去に何があったのかわからない。
だけど、こんなにチャコの事を思っている声だから。
……届いて欲しいと思う。
けれど、チャコはじっと地面を睨んだまま、友孝先輩を見る事はなかった。
そんなチャコに友孝先輩がゆっくりと言葉を続ける。
「狐の兄弟に対する事も、君から話し辛かったら私から話そう。私が命令していたと。」
「あ、いや、それはいいです。……鋼ちゃんたちに話すつもりもなかったので。」
狐の兄弟に対する事?
不思議な言葉にチラリとチャコを見る。
すると、チャコは地面から目を離し、チラリと私を見返した。
小さく苦笑するその目には、私への申し訳なさが滲んでいるように見える。
「そうだね、その辺りの事も全て君に任せる。伝えたかったら伝えればいいし、隠すのであればそれでもいい。君が決めてくれ。」
「……はい。」
チャコが小さく頷いた。
友孝先輩はそれを見届けると、ふぅと息を吐く。
そして、その紺色の瞳でじっとチャコを見た。
「……私はこれからも賀茂家として生きる。そして、力をつけていく。」
友孝先輩がまっすぐにチャコを見て告げる。
「賀茂家が望んでいるのは妖の殲滅だ。だが、私が生きている間ぐらいはそれを起こさないように見張っていくつもりだ。」
未来を見て、自分の道を歩んでいく。
「妖雲の巫女にも手出しはさせない。」
チャコを見ていた紺色の瞳が私を見る。
そして、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます……。」
ぎゅうっと痛む胸のまま、必死で笑顔を作って友孝先輩に言葉を返す。
友孝先輩はこれからも賀茂家として生きる。
そうして生きながらも、私やチャコを守ってくれるつもりなのだ。
「君と名波さんの邪魔をするものを抑え続けるよ。」
きっと、それは今までの道よりも遙かに大変な道で……。
それでも、友孝先輩はそれをするんだろう。
いつだって努力家でストイックな先輩だから。
「何も心配はいらない。……自由に生きていい。」
友孝先輩がチャコを見て、優しく笑う。
「これからは君たちの集まりに顔を出す事もしない。」
とってもきれいでキラキラした笑顔なのに、告げるのは別れの言葉で……。
「寒い中、引き止めてすまなかった。」
「……お気をつけて。」
チャコがチラリと友孝先輩を見上げ、言葉を返す。
チャコと目が合うと、友孝先輩は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、私は行くよ。」
友孝先輩が踵を返して歩き始める。
その背はピシッと伸びていて、迷いはない。
私が願ったことだ。
チャコの手を離して欲しいと私が頼んだ。
友孝先輩はそれを叶えてくれた。
だから、私もやるべき事をやろう。
遠くなっていく友孝先輩の背中を見送りながら、心を決める。
チャコにこれまでの事を話す。
式神の契約の解除方法を話す。
そして――
「ねね、唯ちゃん、友孝様どうしちゃったの?」
私が唇を噛み、決心を固めていると不意に横から声をかけられた。
その声は困惑と疑念が混ざり合っていて……。
「なに? 罠?」
ぎゅっと眉を顰めて、むむっと顔を曇らせている。
「あれかな、誕生日が来て十七になったから、クラスチェンジしたのかなー?」
何も起こらなかったみたいな顔をして、チャコがイヒヒって笑った。
いつもと一緒の悪戯っぽい笑み。
「……っ。」
どうしてだろう。
あんなにチャコの事を思った言葉なのに、どうしてチャコに届かないんだろう。
「……っちがう、ちがうよ、チャコ。先輩はっ、友孝先輩は……っ」
私には友孝先輩の覚悟がわかるから。
チャコのそんな様子を見て、思わず声を荒げてしまう。
するとチャコは声を荒げた私に一瞬、目を大きくした後、ごめんごめんと謝った。
「あー、うん。その、友孝先輩が真剣に言ってくれたのはわかったよ。」
チャコが両手を胸の前で合わせて、私を上目遣いで見る。
怒らないで、とその顔が言っていて……。
私は一度大きく深呼吸をして、心を落ち着けた。
「……私もごめん。チャコだって色々あるのに、大きな声を出して……。」
「あー、うん。いや? それは全然。茶化した私が悪かったよね。」
チャコが困った様な顔で笑う。
……そうか。
チャコはさっきの友孝先輩の話も冗談みたいにしたかったんだ。
罠かなー? やだねーっていつもみたいに笑って……。
「……友孝先輩はチャコの事をいっぱい考えてくれたんだよ。」
「うん。あー、うん。そうだよね。うん。」
「チャコが自由に生きていいって。……私やチャコの事も守ってくれるって……。」
「あー、うん。」
「チャコ。自由なんだよ。選んでいいんだよ。」
冗談じゃないんだよ、チャコ。
本当に友孝先輩は手を離したんだ。
「もう、命令なんてない。ここにいるのも……誰かを選ぶのも。全部チャコが決めるんだよ。」
チャコの意思で。
チャコがこの世界で選ばなきゃいけない。
私は必死にチャコの金色の目を見た。
チャコはそんな私をじっと見返して……。
「そうだよね……唯ちゃんは逃がしてくれないんだよね……。」
チャコがはぁと息を吐いて、空を仰いだ。
そして、小さくポツリと呟く。
「友孝様がさ……私から離れようとしてるのはわかったよ。きっと色々考えて、ちゃんと決めたんだろうなって思う。」
友孝様らしいよね、っと少し笑った。
「……でも、私はダメなんだよ。」
空を仰いだまま、チャコが言葉を零す。
その声は凪いでいて……。
「友孝様が自由にしていいって言ったけど……でも……。」
チャコの小さな声が響く。
小さすぎて、語尾はほとんど聞こえなかった。
なんだかすごく不安になって、胸の前でぎゅうと両手を握りしめる。
チャコを見上げると、チャコの横顔の向こうに、星がかすかに瞬いていた。
チャコにこちらを見て欲しい。
でも……見て欲しくない。
相反する気持ちに揺れながら、それでもチャコから目を離す事が出来なくて……。
きれいな横顔をじっと見ていると、チャコがはぁと息を吐いた。
「唯ちゃん。唯ちゃんに聞きたい事がある。」
空にある星なんかより、数段強い光を持った金色の目が私を見る。
「唯ちゃんはさ。」
じっと見つめてくる金色の目はいつだってきれいで……。
「私に乙女ゲームの主人公を譲ろうとしてるの?」
活動報告に友孝視点の小話upしました




