悪役と学校生活
私が悪役の姿を取ってから数日。
今日が入学式だ。
ヒロインの名前は名波唯。
出席番号は私の後ろ。
そして、入学式では右隣に座っている彼女だ。
柔らかそうな薄い金色の髪。
くるくると愛くるしく動く深い緑色の瞳。
頬はふんわりと色づいており、思わずギュッと抱きしめたくなるような、そんな魅力を持っている。
かわいいなー……。
さすがヒロインだなー……。
私は彼女をうっとりと見つめた。
私が妖だからだろう。
どこか甘いような匂いもして、目が離せなくなる。
「あの、お名前は?」
そんな私の熱い視線に気づいたのか、ヒロインがこっそりと話しかけてくる。
私はふわりと笑いながら、名乗った。
「友永茶子だよ。あのね、友永って苗字、あまり気に入ってないから、できればチャコって名前で呼んでほしいなー。」
「うん、わかった。私はね、名波唯。あの、私も名前で呼んでもらえれば……。」
「唯ちゃんだね。わかったー。ごめんね、あんまり知り合いいないから、ちょっとキョドっちゃって。」
「あ、私も。」
「唯ちゃんも? 良かった、一人で友達できなかったらどうしようかと思ったー。」
えへへと笑うと、唯ちゃんもふふっと笑ってくれた。
そうして、私たち二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。
なんせ、私は唯ちゃんと友人になるためにこの学園に来たのだ。
苗字も出席番号順で唯ちゃんの隣になるために無理やりつけたのだから。
唯ちゃんと清く正しいクラスメートをしながら、日々を過ごす。
今日は放課後に唯ちゃんとアイスを食べに行くことにした。
アイス屋さんはいつもの道じゃなく、少し遠回りをしないといけない。
なので、近道をしようと空き地へ足を入れたのだけど――
「でた。」
「また出ちゃったねー。」
目の前には二メートルぐらいの妖。
体全体からトゲのような物が出ており、その腕は異様に大きく、体と同じぐらいある。
その妖は唯ちゃんを見つけると、その目のない顔で口だけニタリと笑うと、その大きな腕を振るった。
「唯ちゃん危ない!」
私は隣で動けなくなっている唯ちゃんを抱えて後ろへ飛んだ。
私と唯ちゃんがいた場所にゴツゴツしたおろし金のような腕が地面を抉る。
友人になってわかったのは、唯ちゃんの妖遭遇率の高さだ。
こうして空き地に寄っただけでこの様である。
「チャコ、ごめん!」
「いいよー、任せといてー。」
私は唯ちゃんを下ろしてて、ザッと地面を蹴った。
おろし金の腕を持った妖がこちらに向かってそれを振り上げてきたけど、無視して突き進む。
遅い。
その腕の質量のせいだとは思うが、振り上げるのもそれを振り下ろすのも、まったくもって遅い。
そんなのに当たると思ってるのかな?
真剣に聞いてみたいが、そんな機会は訪れないだろう。
私はあっという間に妖の懐に入り込むと、ザシュッと右手をその腹へとめり込ませた。
素早く引き抜き、その大きな腕に潰されないように後ろへと飛ぶ。
ブォグォオオ
変な声を上げて、腹からどす黒い血を流した。
そして、グシャッと地面へ倒れ、溶けていく。
「チャコ、大丈夫だった?」
「うん、余裕。動きが遅すぎるよー。」
軽口を叩きながらも、ズクンと熱くなる体に、息が乱れそうになった。
もっと。
もっと欲しい。
「きっと、チャコが強すぎるんだね。」
必死で欲望を抑えている私を知らず、唯ちゃんが純粋にすごいすごい、と私を褒めてくれる。
唯ちゃんが褒めてくれると嬉しくて、ニコッと笑った。
そうして無理やり笑っていれば、胸に湧く『もっと欲しい』という欲望を少しだけ抑えることができる。
「まあね、私ってば唯ちゃんを守るために生まれたのかもしれないからねー。」
「もー、チャコは冗談ばっかり。」
あははと二人で笑った。
そうして、唯ちゃんを守りながらも学校生活は楽しく過ぎていく。
今日は高校に入って初めての一大イベント。
クラス対抗、球技大会の日だ。
「勝つぞ! とにかく一年二組には!」
「おー!」
クラスの中で男女入り乱れて円陣を組む。
そして、クラスの中心である男の子が声をかけ、みんなが後に続いた。
皆で気合を入れて、お揃いのTシャツでそれぞれの戦地へ赴く。
私はバスケットボール!
この高身長でポイントを入れまくってやるのだ。
「おい、友永!」
「んー、なにー?」
先ほど、円陣でみなに先駆けて言葉を発した男の子が私に声をかけた。
九尾鋼介。
名前の通りの狐の妖だ。
輝くようなオレンジ色の短い髪に琥珀色の瞳が印象的な攻略対象の一人。
「お前、絶対勝てよ。」
「わかってるよー、九尾くん。それにこっちには唯ちゃんがいるらね。」
「え!? 私!?」
いきなり、私に話を振られて唯ちゃんが焦る。
それはそうだ。
妖が大量に混ざっているこの学校でただの人間が運動で勝てる事はないのだから。
「名波に何させるつもりだよ。」
「そりゃ、もちろん、こう、Tシャツを胸の下あたりで縛ってもらってー、色気を出してー。」
「ちょっとチャコ!」
「なるほど。向こうの妖が名波に惹きつけられてまともに動けなくなるってことか。」
「うん。」
九尾鋼介は唯ちゃんが『妖雲の巫女』である事を知っている。
その上で妖からも陰陽師の策略からも唯ちゃんを守ってくれる貴重な存在なのだ。
「……そうだな。もし、負けそうになったら――やれ。」
「わかった。」
「いや、やらないからね!? 絶対やらないから!」
唯ちゃんがいやだ、いやだ! と私たちを非難がましい目で見ている。
いい案だと思うけどなー。
「いいか、名波。俺たちはどうしても二組には勝つ必要があるんだ。」
「なにそれ。それって九尾君がお兄ちゃんに勝ちたいだけだよね?」
「そうだよ。大事な事なんだよ!」
唯ちゃんと九尾鋼介がじゃれている。
二人の黄色っぽい髪がキラキラと輝いて、私には眩しいくらいだ。
九尾鋼介の兄、九尾鉄平は隣の一年二組の担任をしている。
二人はライバルで、何かにつけて争っているのだ。
今回の球技大会も二人の争いの場になっているのだろう。
「とにかく、学年に関わらず、全部勝て。友永のいるバスケットでポイントを稼ぎたいからな。」
「らじゃー、キャプテン。」
九尾君はそう言いながら、自分の戦地であるグラウンドへと走っていく。
唯ちゃんはその背中に、がんばれー! と声援を送った。
結果。
私と唯ちゃんのいる女子バスケットボールは二位だった。
この学校は一学年に三クラスしかないので、九クラス中の二位だ。
九尾君は、一位獲れよ! と怒っていたが、まあ、無難な所だと思う。
ちなみに球技大会では一位から五ポイントが与えられ、二位が三ポイント。そこからは順番に一ポイントずつ減りながら与えられる。
つまり真ん中より上にいかなくてはポイントがもらえないのだ。
九尾君のいる男子サッカーは三位。男子バスケットは五位とポイント圏外。
女子はバレーが四位で、リレーが六位だった。
球技大会なのにある女子リレー。これは妖は出場禁止なのだ。
普通の人間が普通に走るという、この学園においてはあり得ないほど平和な競技で、唯ちゃんはバスケットと掛け持ちをして出ていた。
「くそっ、たった六点か……。」
「まあまあ、一年にしてはがんばった方だと思うよー。」
すべての競技が終わり、集計が始まる。
一度クラスへと集合した私たちは体育館で閉会式を待ちながら、ダラダラとダベっていた。
九尾君としてはもっと点を取り、あわよくば表彰台を狙っていたのだろう。
しかし、一年にしてはがんばったとは思うが、表彰台は難しそうだ。
「私はね、表彰台よりも、唯ちゃんのリレーの方が意味があったと思うよ。癒されたー。」
「もう、やめて……言わないで……。」
唯ちゃんの中では黒歴史になったらしい。
思い出したくない、と顔を顰めた。
「まあな、人間っぽくて良かったな。」
「うん。かわいかったー。」
妖二人でほのぼのと笑い合う。
唯ちゃんはそれを見て、はぁーと溜息をついた。
「九尾君、もう忘れちゃって……。」
夕方の気だるい時間。
教室が夕焼けに染まっている。
ふと、九尾君が何かに気づいたように顔を曇らせた。
「なあ、その『九尾君』って言い方、あんまり好きじゃないんだけど。」
「そうなの?」
「まあここにはもう一人『九尾』がいるからな。」
複雑そうに笑う。
オレンジの髪がサラッと揺れて、琥珀色の瞳が夕日を反射して輝いた。
「名前で呼んでくれ。」
ああ。
懐かしいな。
イベントだ。
「名前? 鋼介君?」
「ああ、その方がずっといい。」
そのやんちゃそうな顔をクシャッとして笑った。
唯ちゃんがその顔をみて、ほんのり頬を染める。
かわいいなー。
二人は一枚の絵のようなそんな雰囲気を醸し出している。
このままそっと身を引いて、ぼんやりと眺めていたい。
でも、そんな二人を見てるだけじゃダメなんだ。
友孝様の言葉が蘇る。
『学校にいる強い妖が、もし妖雲の巫女を手に入れようとしたら……わかるね?』
はい。
わかってます。
「なあ、友永にも言ってるんだけど。」
「あ、ホント? 良かったー。いきなり二人の空気感満載だったから。」
「チャコー。」
唯ちゃんがほっぺが赤いまま、私を恨めしそうな顔で見た。
「じゃあ、私は鋼ちゃん、って呼ぶよー。」
「高校生にちゃんづけか……。」
「まあまあ。あ、それから、私も『友永』って苗字嫌いだから、名前で呼んでほしいな。」
「名前?」
「うん。」
鋼ちゃんは一瞬、目を瞠った後、照れくさそうにボソリと呼んでくれた。
「……チャコ。」
「なーに? 鋼ちゃん。」
「べ、別に、今は試しで呼んだだけだっ。」
「やーねぇー、この子ったら照れてますよー。」
私は顔が赤くなってしまった鋼ちゃんをからかって、イヒヒと笑う。
唯ちゃんも一緒になって困ったように笑っていた。
優しくってかわいい唯ちゃん。
恋をしたのなら、それを叶えてあげたい。
でも、私は妖との恋は応援できない。
お願いだから、唯ちゃん。
鋼ちゃんを選ばないで。