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すべてを手に入れる13

 チャコが教えてくれた秘密。


 それは私の予想もしていない事だった。

この世界がゲームで、私はそのゲームの主人公。


 チャコが教えてくれたことだから。

もちろんそれを信じてる。

だけど、結局の所、そのゲームをやった事のない私はそれをしっかりとは認識できていないんだろう。


 ただ、私にもわかることがある。

チャコがずっと感じていた『怖い』という気持ちだ。


 五度目の時。


 私は自分が何かを選ぶ事でチャコの未来を壊してしまう、そんな事を考えた。

私が誰かを選ぶから……チャコが消えてしまうんじゃないかって。


 そうして、何かを選ぶ事が怖くなった私は、学校へ行かず家に引きこもった。

周りのすべてに意味があるように思えて……。

関わる人すべてを疑って……。


 チャコと関わるのも怖かった。

だから、冷たく接して、決して会う事はしなかったんだ。


 一人の部屋でぎゅっと膝を抱いて座り込む。

外に出るのが怖くて、何度も窓の外を眺めては一人で溜息を吐く。

テレビに流れる世間の情報もどこか別の世界のような気がして……。


 きっと、あの気持ちをチャコはずっと抱えてたんだ。

だって、チャコは自分の立ち位置を知っていた。

一度目の時からずっと、怖かったはず。

自分の選んだ事が未来を変える事を恐れて、必死で正しい選択をしようとして……。


 でもチャコは逃げなかった。


 友孝先輩の命令を守っているフリをしながらでも、もっと自由に生きる事だってできたのに。

ゲームなんか知らない、って。

主人公なんか知らない、って。


 五度目の私みたいに引きこもったって良かった。

私に声をかけずに、違う人と友達になったって良かった。

鋼介君や先生を気にせず、全然違う人と仲良くなったって良かった。


 でも、チャコはずっと私のそばで笑っていてくれた。

私が誰を選んでも、その役を放棄することはなかった。


 『なんで、唯ちゃんがいてくれるんだろう』って。

いつもチャコは聞くけれど。


 私も聞きたい。


 どうしてチャコはいてくれるんだろう。 





 文化祭が終わってから、チャコと私は今までよりももっと仲良くなれた。

私の隣をぴったりとくっついてくるチャコは雛鳥みたいでかわいい。

文化祭以降も一緒にいられるのが、本当に嬉しくて……。


 十二月に入り、鋼介君の誕生日を友幸さんの家でみんなで祝った。

そして、期末テストをして二学期が終わる。

今日は十二月二十四日。クリスマスイブだ。


「見てみて、唯ちゃん。」


 チャコが天井に届きそうな大きなクリスマスツリーの前で手招きをする。

私は友幸さんを手伝って、ダイニングテーブルに料理を並べていた手を休め、チャコの元へと歩いた。


 今日は友幸さんの家でクリスマスパーティをすることになっていたのだ。

部屋は飾り付けられ、ソファの横にはクリスマスツリー。

そして、ダイニングテーブルには豪華な料理が並んでいく。


「これ、唯ちゃん人形。」


 チャコの元まで行くと、チャコが右手に持った人形をイヒヒと笑って見せてくれる。

それはフェルトでできた手のひらサイズの人形で、黄色の髪に緑色の目をしていた。


「チャコ、これどうしたの?」


 びっくりしてチャコをまじましと見てしまう。

チャコはそんな私にふふんと自慢げに笑って、サッと左手を動かした。


「これ、鋼ちゃん人形。」


 チャコが動かした左手にはオレンジ色の髪に琥珀色の目の人形が握られている。

……さっきまで、なかったのに!


「チャコ、なに、いまの?」


 呆然と呟くとチャコは私の表情がいたく気に入ったようで、イヒヒと更に笑みを深めた。

そして、それをクリスマスツリーに飾っていく。


「これはね、私の瘴気を変化させて作ったんだ。」

「瘴気を?」

「そう。たぬきが葉っぱをお金に変えるヤツみたいな?」

「……すごいね。」


 チャコは次々に、友孝様人形ー、先生人形ーとその手に出現させた。

それはまさしくマジックのようだ。


「あ、もしかして、体育の時とかにいなくなって、次に見たら服が変わってるのって……。」

「うん。それも瘴気で作ってた。ほら一瞬で着替えが終わっちゃうからさー、みんなの前だと驚くと思って隠してたんだー。」


 もう唯ちゃんに隠す必要はないねー。と言って、悪戯っぽく笑った。


「鋼ちゃんたちもいつも身に着けてる物だったら、妖気で作れるらしいよー。まあ、私はなんかそれも特殊みたいでね、結構なんでも作れる。ほら、プールの水着とか、私服とかね。」

「そうなんだ……。」

「服買うのにお金かからないし、洗濯もしなくていいし、すごい楽ちんだよー。」


 更にチャコは、勇ちゃん人形ー、理事長人形ーとそれぞれに似せた人形を作り、すべてをクリスマスツリーに飾り付ける。

そして、最後にじゃーん、と言って、その手に犬のようなフェルト人形を手に出現させた。


「これ、私。」

「チャコ?」

「そそ。これはね、この世界に生まれた時の姿なんだー。犬っぽいけどじーちゃんは狼だって言ってたから、狼なんだって自分では思ってる。」

「そっか……かわいいね。」


 茶色の立耳に金色の目。

それはいつも私が最後の時に見る、チャコの姿。

なんだかぎゅっと胸が痛んで……。

それを振り払うように、チャコが手に持っているフェルト人形の頭をよしよしと撫でる。

するとチャコがそのフェルト人形をピョンピョンとジャンプさせた。


「唯ちゃんが撫でてくれて嬉しいワン。」

「……ワン、だったら犬じゃない?」

「あ。今のなし。」


 チャコがフェルト人形を動かしながら言ったセリフにふふっと笑ってしまう。

チャコはそれにくすぐったそうに笑ってその人形もクリスマスツリーに飾り付けた。

みんなの人形が飾り付けられたクリスマスツリーは見ているだけで胸が温かくなった。


 そうして、準備を終え、みんなが集まるとパーティを始めた。

チャコが楽しそうにみんなに話しかけて、いっぱいご飯を食べる。

みんなで過ごすクリスマスパーティは本当に楽しくて……。


 チャコと一緒にゲームをしていたんだけど、ふと友孝先輩が掃き出し窓からウッドデッキに出ていくのが見えた。

私はコントローラーを鋼介君に渡すと、ソファを立つ。

チャコは私が離れるのに不満そうだったが、友孝先輩に話があるから、と伝えると、不承不承、頷いた。


 私は友孝先輩の後を追い、掃き出し窓からウッドデッキに出る。

さすがに外は寒い。

今まで暖房が効いた部屋にいたため、まだ体は凍えないが、ずっといればつらいだろう。


「先輩……。」


 ウッドデッキに出ていた友孝先輩に声をかける。

友孝先輩は空を見て、何かを探していたようだった。


「今日は雪が降らないんだね。」

「雪ですか?」

「ああ。」


 友孝先輩につられて、空を見上げる。

そこにはきらきらと輝く星があって……。

きっと、これだけ晴れていれば、今日は雪は降らない。

気温も思ったよりは低くなかった。


「今日は降りそうにないですね。」

「そうだね。……去年は降ったよね。」


 友孝先輩が空を見上げて、懐かしそうに目を細める。

きっと、去年のクリスマスイブに何か思い出があるのだろう。


「……先輩。私、先輩に話があります。」


 クリスマスイブにこんな事を伝えない方がいいのかもしれない。

けれど、みんなで楽しく過ごしてる今の方が、先輩に届くと思ったから……。


「……チャコを。」


 家の中ではみんなが楽しそうに話してる。

でも、ここはしんとしてて、やっぱり寒い。


「チャコを助ける方法を見つけました。」


  きっと寒さのせい。

声が震える。


「先輩とチャコの……式神の契約を解除する方法がわかりました。」


 声が震える自分が情けない。

けれど、目を逸らすわけにはいかないから、横に立つ友孝先輩をしっかりと見つめて言った。


「そうか……。」


 友孝先輩は私の言葉を聞くと、空を見つめたまま小さく息を吐く。


「……方法がわかった所で、君の言う通りにするという約束はできない。って言ったよね?」

「はい……。」


 そうだ。

私は友孝先輩にチャコの手を離してもらおうとしている。

でも、友孝先輩はそれを約束したわけではない。


「……チャコを見つけたのは私だよ。私がここに連れてきた。」

「はい。」


 友孝先輩が空を見つめたまま、ポツリと零す。

私はそんな友孝先輩から目を離さず、ただ頷いた。


「君がチャコを助けたいと言うのなら……。」


 友孝先輩が私を見る。

唇をグッと噛み、眉間に皺を寄せて……。

紺色の瞳に炎を上げながら、苦しそうに。


「どうして、私にこの気持ちを気付かせたりした?」


 友孝先輩は私を責めてる。


「……私が目を逸らしている間に連れて行ってしまえばよかったんだ。」


 友孝先輩は紺色の目をゆらゆらと揺らして、私から目を離した。

俯いて、右手で目元を覆う。


「君が気持ちに気づかせたくせに、君はそれを手放せと言う。……なぜだ? 黙って、奪い取ればいいだろう。チャコだって君の言う事なら聞く。私が自ら手を離す必要なんてない。」


 そうだ。

私は酷い事をしている。

きっと一番酷い方法を取っている。


 私は友孝先輩を見つめて、そっと息を吐いた。


「……そうですよね。いやですよね。」


 二度目の時。

友孝先輩は私とチャコを交換するような取引に応じてくれた。

あの時チャコの事を『魔法のアイテム』って言っていたけれど……。

でもきっと、それは違うんだ。


「先輩はチャコが大事なんですよね。離れて欲しくないんですよね。」 


 あの時のような取引をするつもりはない。

友孝先輩だって、今はもう、取引には応じてくれないだろう。


「……先輩がチャコを手放せないのなら……それでもいいです。」


 友孝先輩を見つめながら、眉を顰めて少し笑った


 本当は良くないけれど。

でも、それならまた違う道を探すから。


「……私は……チャコを手放したくない。」

「はい。」

「いやだなんだ……。」

「……はい。」

「君が言ったように……チャコは幸せじゃないのかもしれない。……きっと私の事も嫌っているのだろうけど……。」


 友孝先輩が目元を覆っていた右手にギュッと力を入れる。

褐色の髪が一緒に握りこまれ、見ているこちらが苦しくなった。


「……やっと見つけたんだ。」


 友孝先輩の声が掠れる。


「チャコは……。」


 友孝先輩がより一層、右手に力を入れた。


「やっと見つけた――家族なんだ。」


 力の入った右手は痛々しくて、その声だって震えてて……。

友孝先輩がその言葉にどれほど思いを込めているかわかる。


 『家族』


 ……ああ、そうか。

先輩にとって、チャコは家族だったんだ。


「たった一年しか一緒にいなかったけれど……チャコは私に温もりをくれた。学校から帰ったらおかえりなさいって迎えてくれて、一緒にご飯を食べてくれた。」


 友孝先輩が泣き出しそうな顔をして、言葉を続ける。


「知らなかったんだ……家に帰るのが楽しみだっていう気持ちも。世間でやっているイベントが家の中にもあるって事も。」


 今にも泣きだしそうなのに、友孝先輩は泣かない。

ただポツポツと……。

その胸にある思いを吐き出すように、言葉を口に出した。


「全部……チャコが教えてくれた。」


 友孝先輩に家族の事を教えてもらった事がある。

なんでもない風に話していたけれど、きっと友孝先輩はずっと苦しんでた。


 『家族』っていう温もりを。

ずっと探してたんだ。


「私はそれを……手放したくない。」


 もう、一人はいやだって。


 友孝先輩はそう言ってる。


 そうだよね。

ずっと先輩は一人だった。

もう一度、一人に戻るなんて……。

そんなの嫌だよね。


「……手放さなくていいです。」


 友孝先輩がやっと見つけた家族なら……。

私にはその手を離せなんていう資格はない。


 だけど――


「先輩……やり直しましょう。」


 そう。

それなら言える。


「チャコと先輩の関係をやり直しましょうよ。」


 チャコと友孝先輩は始まりが間違ってたんだ。

全てを元に戻して、もう一度やり直せば、二人はきっとうまくいく。


「チャコは先輩といるのが苦しいんじゃなくて……式神というのが嫌なだけだと思うんです。」


 そう。二度目の時。

先輩は自分を食べるように言ったけど、チャコは食べなかった。


 チャコは元々人間だから。

そういうのが嫌なんだと思う。

そういう自分に慣れなくて……この世界に馴染めなくて……。


 だから苦しんでる。


「……チャコは先輩の事を嫌ってないですよ。」


 チャコは二度目に消える時に友孝先輩にされた事を言ってた。

家をくれたって。ふかふかのベッド、テレビを見る時間、ごはんにお風呂をくれたって。


 そんな事、嫌ってたら言えないよ。


「式神の契約を解除して、もう一度やり直したらいいんです。最初に間違ってしまっただけです。……チャコはやり直させてくれる。」


 だって、先輩も言ってたじゃないですか。

『君にした事はやり直したい。』『君にした事は全て消してしまいたい』って。


 過去にした事は消えないけれど。

でも、やり直す事はできるから。


 私は友孝先輩に届くように必死で声を上げる。

友孝先輩は右手を下ろして、そんな私を呆然としたように見ていた。

その紺色の目はゆらゆらと揺れていて……。


「……やり直す?」


 ボソリと友孝先輩が言葉を漏らす。

私はそれに頷いて、言葉を重ねた。


「そうです。チャコの手を離しても、また掴めばいいんです。さっき私に言ったみたいに、家族だってチャコに言って下さい。きっとチャコは受け止めてくれる。」


 チャコだって、この世界で一人だ。

式神をやめて、友孝先輩に家族だって言ってもらえれば、心に響く物があるはず。


 私は友孝先輩の目を見て、しっかりと伝えた。

友孝先輩にちゃんと声は届いてる。

ちゃんと聞いてもらえてる。


 けれど、友孝先輩はそっと目を閉じた。


「……そうかもしれない。謝ればチャコは許すのかもしれない。」


 友孝先輩のどこか凪いだような声が響く。


「けれど、……そんな事はできない。」


 そして、薄く笑って、小さく首を振った。


「君は知らないだろう。……私はチャコに酷い事ばかりをした。式神でなくなれば、チャコが私といる理由などない。」


 友孝先輩が目を開く。

そして、伏せていた顔を上げ、空に瞬く星を見た。


「それでもチャコは……私が一緒にいて欲しいと言えば、いてくれるんだろう。」


 小さく苦笑して……。

ギュッと唇を噛んだ。


「……そんなの、チャコがかわいそうだ。」


 友孝先輩が零す言葉を私は聞いている事しかできない。


「私に散々利用されて、苦しんで……なのに、私を許さなければいけないのか?」


 友孝先輩の顔は苦しそうに歪められたままだ。

でも、その紺色の目はもう揺れていなくて……。


「私は許される必要なんてない。」


 友孝先輩のはっきりとした声が耳に届く。

それは決意を宿している。


 ……先輩は決めたんだ。

私が……。


 ――私が先輩にそれを選ばせた。


「……そうだね。君と話してわかった。……少しの間でもチャコと過ごせた。……きっとそれでもう十分なんだ。」


 友孝先輩が呟く。


「君の言う通り……チャコの手を離すよ。」


 それは私の望んだ答え。


 私はただ友孝先輩を見つめた。

友孝先輩は小さく息を吐いて、空を見ていた目を私に移す。


「私の誕生日で構わないよね。」

「……はい。」

「その日にきちんと告げる。」

「……わかりました。」


 胸がズキズキと痛い。


 一人はいやだって。

友孝先輩はそう思っただけなのに。

私がまた……友孝先輩を一人にするんだ。


 お腹の前で両手を組み、ギュッと握りしめた。


「……もっと疑うべきだろう? 期日を先延ばしにしてるだけかもしれないよ?」

「いいえ、先輩はそんな事はしません。」


 しない。

友孝先輩はきっと手を離す。


「私は先輩を信じてます。」

「……私が一番信じられないのは私自身だ。」

「……私は信じてます。」


 友孝先輩は困ったような、泣きだしたいような、そんな顔をして私を見る。

私はそんな友孝先輩にできるだけ笑顔を作った後、空を見上げた。


 冬の空は透き通っていてきれいだ。

いつもよりも星がきらめいて見える。


 これでいいの……?

友孝先輩は本当にチャコに何も言わないの……?


 私には何が正しいのかわからない。

それ以上は何も言えなくて……。


 凍えるような寒さの中。

私と友孝先輩は二人で、星が瞬くのを見ていた。

活動報告に去年のクリスマスの小話をupしました

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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