すべてを手に入れる5
みんなと楽しく過ごし、生徒会もがんばる。
そして、今日は写真部のハイキングだ。
やっぱりチャコはハイキングが苦手なようで、いつもと違いなんだかおどおどしている。
警戒するように辺りを見回し、不安そうに登っていく。
先生はそんなチャコを心配そうに見ながら、他の部員を先に進ませている。
私はチャコの横を一緒に上り、鋼介君が少し後ろを歩いていた。
前の時もチャコは少し変だった。
そんなチャコに笑って欲しくて、チャコを追い抜いた。
そして――
鋼介君は不安そうなチャコを元気づけようとしたのだろう。
チャコの背中をポンと叩き、その横をスッと追い抜いていった。
「チャコ、早くしないと置いていくぞ。」
鋼介君が振り返って、やんちゃそうな顔で笑う。
その瞬間、チャコがハッと目を見開いて、鋼介君へと飛び寄った。
そして、ぎゅっと鋼介君の頭を抱き、屈みこむ。
「……っおい、チャコッ。」
「ダメ。」
鋼介君は焦ったようにチャコの肩を叩いたが、チャコはその頭を更に強く抱きしめた。
そして、何かを探すように山の斜面を仰ぎ見る。
その顔は本当に不安そうで……。
だけど、山の斜面には木が茂り、風がそよそよと靡いているだけ。
……やっぱりチャコは山で何かがあったんだ。
前の時に、チャコを追い抜いて手を振ったのは私だった。
そして、チャコはそんな私を守るように抱きしめ、動けなくなってしまってんだ。
今回、チャコを追い抜いたのは鋼介君だけど……。
チャコは鋼介君としゃがみ込んだまま動けなくなってしまっている。
写真部のみんなが心配そうに振り返り、チャコを見ていたが、先生が先に行け、とみんなを促した。
私達は一番後方を歩いていたので、チャコの周りには私と鋼介君しかいない。
チャコはしばらく、警戒したように斜面を見ていたが、小さく息を吐き、鋼介君から体を離す。
そして、気まずそうに目を伏せた。
「……ごめん。」
「いや……。」
チャコは鋼介君から離した手をグッと握りこみ、自分を落ち着かせるように深呼吸をしている。
鋼介君はしゃがみ込んだまま、困惑したようにチャコを見た後、チラリと私へ視線を送った。
私はそれに小さく頷いて返すと、二人の傍へと歩み寄り、そっとしゃがみ込む。
「大丈夫だよチャコ。大丈夫。」
チャコが強く握っている手の上から私の手を乗せる。
そして、ゆっくりとチャコの肩の辺りを撫でた。
「あー……ごめん、虫がいてねー。ちょっとびっくりしただけだから。」
チャコがえへへって笑う。
その笑顔はいつもよりは元気がなかったけど、でも、いつもの笑顔だ。
……また隠そうとしている。
ねえ、その心で何を考えてるの?
教えて欲しい。
教えて欲しいよ、チャコ。
「チャコ。何が怖かったの?」
「えー、だから虫がね。」
「チャコ。」
逃げようとする深いブルーの目をじっと見る。
その目はゆらゆらと揺れていて……。
チャコは揺れた目のまま小さく息を吐くと、自分を落ち着かせるように目を瞑った。
「岩がね、降って来るんだよ。」
「岩?」
「そう、崖の上からね、ごろごろーって。」
目を開けて、私を見る。
チャコの声音は冗談を言っているみたいだ。
ないよねー、って小さく笑いながら話してる。
でも、その目は縋るように私を見ていて……。
すぐ傍にしゃがみこんでいる鋼介君をチラリと見ると、鋼介君が小さく頷いた。
うん。そうだよね。
きっとチャコにとっては本当に怖い事なんだ。
「チャコ、どうしてそれが怖いんだ? 夢でも見たのか?」
「夢? ……夢かぁ。夢だったのかなぁ。」
鋼介君の言葉にチャコが唇をギュッと噛む。
そして、深いブルーの目で私を覗きこんだ。
「ね、前世って信じる?」
「前世?」
「そう。私ね、ハイキング中に落石にあって死んだんだ。」
チャコが私から目を離す。
そして、何かを思い出すように、斜面の上の方をじっと見た。
「ちょうど今の鋼ちゃんみたいにね。友達を追い抜いて、『置いていくよー』って手を振ったんだ。そうしたら上からごろごろーって。」
ははってチャコが乾いた笑いを浮かべる。
「鋼ちゃんがこっちを見て笑った時にさ、胸がざわざわってなっちゃって。」
チャコはそれだけ言うと、もう一度ギュッと目を瞑った。
唇を一度噛み、また目を開ける。
先ほどまで揺れていた深いブルーの目はもう揺れていなかった。
「なんてね! 前世とか言われても困るよねー。ハイキングに来て、なに不吉な事言っちゃってるんだろうねー、困ったヤツだな、私。」
チャコが悪戯っぽく目を輝かせる。
信じなくていいよ、って。
忘れちゃっていいよ、って。
「ほら、いきなり幽霊見えるって言い出す人。あんな感じ? 私って霊感キャラだ。新しいキャラ開拓だねー。」
チャコが笑う。
いつもみたいにえへへって。
「とにかく迷惑かけてごめんね。二人には関係ないし、気にしないでいいよーって事だからさ。」
私と鋼介君を見て、深いブルーの目を細める。
何にも起こらなかったみたいな顔をして。
「――私、信じるよ。」
前世とかわからない。
チャコがどんな生き方をして、どんな性格だったのかもわからない。
私が知ってるのは今のチャコだけ。
今、チャコがここにいて、目の前で精いっぱい強がってる。
それだけしかわからないけど。
「チャコが言うなら、信じる。」
だって、チャコ、手が震えてる。
いつもみたいに笑ってるけど、握った手が震えてるよ。
「怖かったよね。……もっと生きたかったよね。」
グッと握りしめてるチャコの手を開かせる。
そして、両手でギュッてチャコの手を包み込んだ。
「もう大丈夫だよ。チャコはもう死なない。鋼介君だって私だって。他のみんなだって、誰も落石で死んだりしない。」
深いブルーの目が私を見る。
ぐらぐらに揺れている目が。
私はその目にじっと語り掛けた。
「見て、チャコ。チャコの横には私がいる。妖雲の巫女だよ? すごい強いんだよ?」
見て。
私をしっかり見て。
「でね、チャコ。鋼介君もいるよ。鋼介君だって岩が落ちて来たぐらいじゃ死なないから。」
「ああ。殴って破壊すればいい。」
「……強引だよー。」
鋼介君もじっとチャコを見る。
オレンジ色の髪に木漏れ日が当たって、きらきらと光った。
チャコはそれを眩しそうに見て、唇を噛む。
「今日のハイキングは写真部で来てるんだから。『この世で一番強い妖』が顧問なんだよ? 今日のハイキングで何の事故も起こらない。もし起こったって、みんながいれば全然問題ない。」
部員を先に行かせた後、こちらに戻って来たのだろう。
登山道を少し行った所に先生の姿が見える。
チャコはその姿を見て、ギュッと眉を顰めた。
「……先生、強いもんねー。」
「そうだよ。だから絶対大丈夫。」
私の言葉にチャコが泣きそうな顔で笑う。
私はゆっくり立ち上がって、チャコの手を引いた。
「行こう、チャコ。大丈夫だから。何も怖くないから。」
「ああ。大丈夫だ。」
「……うん。」
チャコと手を繋いで、登山道を歩き出す。
少し行った所で先生が待ってくれていて、チャコの頭にポンって手を置いた。
そして、チャコを先導するように歩き出す。
「見て、チャコ。前に『この世で一番強い妖』がいて、後ろにはその弟がいて。それで隣には妖雲の巫女だよ?」
「……豪華だねー。」
「でしょ? 後ね、『最強の陰陽師』もいるし、権力者の理事長だっているよ? それから生徒会長もね。」
チャコにとって友孝先輩の存在は難しい所だと思うけど。
でも、先輩もチャコの事考えてるからね。
「これだけいれば無敵だと思うよ。」
だからチャコ。
一人でいなくていいんだよ。
一緒に行こう。
一緒に二年生になろうよ。
「……なんで、唯ちゃんがいてくれるんだろう。」
ボソリとチャコが呟く。
私はそれに仕方ないなぁって笑った。
「チャコがいてくれるからだよ。」
いつだって、私を見てくれるからだよ。
前を行く先生の後を、チャコと二人、手を繋いで、ゆっくりと歩いていく。
緑の中、木漏れ日がキラキラ輝いて、柔らかい風が頬を撫でた。
時折、先生が声をかけてくれたり、私達が鋼介君を振り返ったり。
そうして、頂上へと到着すると、写真部のみんなが待っていてくれた。
遅いよって声をかけられながら、チャコはえへへっと笑っている。
頂上に辿り着いたチャコはすごく嬉しそうだ。
やり遂げたって笑うチャコが可愛くて、先生と鋼介君と一緒に顔を見合わせて笑った。
そして、上機嫌でカメラを取り出し、写真を撮ろうとしているチャコに声をかける。
「チャコ、みんないるから。チャコが登りたいって思えば、いつだって、何度だって辿りつけるからね。」
そう。何度だって信じるから。
何を言われても信じるから。
もっと教えて、チャコの事。
その心に隠している事、全部全部教えて欲しい。
チャコは私の言葉にきょとんと目を丸くした後、うん、ってはにかんだように笑った。
その笑顔はとてもかわいくて……。
ちょっと気になって横を見てみた。
そこにはチャコの笑顔に蕩けたように笑う先生と、顔を赤くして手の甲を口に当てている鋼介君がいた。
……ニコポって二回目もあるの?
「唯ちゃん、一緒に写真撮ろう!」
チャコが笑顔で私を見る。
私はその笑顔に応えて、チャコと二人で歩き出した。
山から見下ろす町の景色とか、テントウムシとか。
夢中になって撮っていると、ふとチャコの姿が見えなくなって……。
きっと、あの場所にいる。
あの山桜の木。
私は記憶を辿りながら、チャコの姿を探す。
獣道を少し下りた、開けた場所にチャコはいた。
黒い髪を風に靡かせながら、大きな山桜へ手を伸ばしている。
私はその写真を撮ると、ゆっくりと近づいた。
「チャコ、どうしたの?」
「おー、唯ちゃん。ここに来るまで草だらけだったでしょ、大丈夫だったー?」
「うん、大丈夫。」
チャコが振り返り、こちらへ寄ってこようとする。
私はそれを手で留めると、ふふっと笑いながら、チャコの傍へと歩み寄った。
「チャコ、この木に思い出があるの?」
「んー、……うん。そうだね、唯ちゃんにならいつか話してもいいかな。」
「……今じゃダメ?」
チャコの事知りたいよ。
教えて欲しくて、上目遣いでチャコを見上げたけれど、チャコは困ったように笑った。
「ごめん。」
短く、でもはっきりと告げられる。
「ん。また教えてね。」
もちろん、心はズキズキと痛む。
でも、そんな事でめげてる場合じゃないから。
私はふんわり笑って、チャコの目を見つめた。
チャコは相変わらず困ったように笑っている。
「……きっと、唯ちゃんは何を言っても信じてくれると思う。」
「うん。信じるよ。」
即答した私にチャコがはぁと息を吐いて空を見上げた。
緑の葉っぱの隙間から、青い空が覗いている。
「でも……時間が欲しい。」
チャコが上を見上げたまま、声を出した。
そして、一度目を閉じる。
「……ちゃんと覚悟するから。」
深いブルーの目が開き、私を見た。
私はその目をじっと見つめて、首を傾ける。
「それって何の覚悟?」
「んー……秘密。」
「なにそれ。」
チャコ、秘密ばっかりなんだから。
私がやれやれと息を吐くと、チャコはごめんね、と眉を八の字にした。
私はそんなチャコに仕方ないな、と笑いかける。
「でも、いいよ。チャコが覚悟しなくても、私がどんどん攻めていくから。」
「えー……そこは、私待つわって言うんじゃないのー?」
「待たないよ。」
待たないよ、チャコ。
私は先へ進む。
「……そっか。」
チャコが泣きそうな顔で笑った。
「うん。チャコがもうやめてって言ってもやめないよ。ほっといてって言ってもほっとかないよ。」
チャコが消えたいって言っても。
チャコの手を取って、一緒に先に進むんだ。
私の言葉を聞いて、チャコの顔が歪む。
「……なんでだろ。なんで唯ちゃんがいてくれるんだろう。」
「チャコがいてくれるからだよ。」
「うん。そうだね、そうだったね。」
チャコが唇を噛んで空を見上げた。
緑の向こうに青い空がきらきら光ってる。
「さっき、チャコが山桜の枝に手を伸ばしてる所、写真に撮ったよ。」
「ええー……いつの間に。」
「私ね、それを写真展に出したいんだ。」
「いや……それって私がモデルって事だよね? 恥ずかしいんだけどー。」
「大丈夫、かわいく撮れたから。」
チャコの隣に立って、私も空を見上げた。
ああ、眩しいな。
「来年の写真甲子園に出ようよ。三人一組だから、鋼介君と一緒に。」
「んー……」
私の言葉にチャコは言葉を濁す。
いつもそうだった。
チャコは来年の約束はしてくれない。
「じゃあ、夏休みにプール行こう。」
「プール?」
「そう。鋼介君とさ、勇晴君と。」
プールは来年の事じゃない。
だからきっと約束してくれる。
「私ね、プール行くと妖がいっぱい寄ってきちゃうから、あんまり行った事ないんだ。でも、最近力を抑えられるようになってきたし、勇晴君に結界を張ってもらえば行けると思う。」
「……唯ちゃんも大変だったんだね。」
「チャコとなら楽しいと思うんだ。……一緒に楽しい事いっぱいしよう?」
隣に立っているチャコを見る。
チャコは相変わらず空を見上げていた。
「うん。……プール楽しみだなー。」
チャコが目を閉じて、唇をぎゅっと噛む。
そして、私の方を見て、えへへって笑った。
いつか。
必ず。
来年の約束もしてみせるからね、チャコ。
活動報告にプールの小話upしました




