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すべてを手に入れる2

 茶菓子を持って、チャコと勇晴君の元へ戻ると、二人はゲームの話をしていたようで、なかなか盛り上がっていた。

そんな二人の様子を見ると、前に私が勇晴君に言った事が思い出される。

『チャコはね、コミュニケーション能力が高いからね、きっと仲良くなれると思うよ。』

あの時、勇晴君はあー、と唸って、顔を顰めていたけれど。


 ほらね、やっぱり友達になれた。


 私は楽しそうに話す二人を見て、ふふっと笑みがこぼれてしまう。

そして、私も二人の中に入りたくて、そっとチャコの隣へ座った。


 そうして三人で話していると、友幸さんが紅茶を持ってやってくる。

紅茶はダージリンで口に含むと、少しクセのある香りが広がった。

私が友幸さんに渡されて、リビングテーブルまで持ってきたココナッツの入ったクッキーはホロリと崩れて、食感が良い。

おいしいね、とチャコに笑うと、チャコもおいしいね、と笑ってくれた。


「あの、今日、お邪魔したのは、妖の事とか学校の事とかを教えて欲しかったんです。」


 少しの時間まったりしてから、ちらりと友幸さんを見る。

友幸さんは水色の目を優しく細めると、ゆっくりと頷いた。


「ああ、構わないよ。そうだね、何から話そうか……。」


 ソーサーにカップを戻しながら、友幸さんが呟く。

そして、その水色の目でチャコの方を見た。


「……君は妖雲の巫女って知っているかい? 」


 優しく、裏を感じさせない声。


 ……今のメンバーは不思議だ。

チャコ以外は全員、チャコが友孝先輩の式神である事を知っているし、チャコが消えてしまう事も知っている。

だけど、チャコは私を含めて、誰も自分の事を知っているとは思っていないだろうし、隠したいと思っているだろう。


 チャコはどんな反応をするのだろう。

ちらりと横目で見たチャコは特に表情を変える事もなく、ただ不思議そうに首を傾げた。


「よううんのみこ? 」


 まるで初めて聞いた言葉のように、その目に他意は見当たらない。


 きっと、チャコは妖雲の巫女が私だという事を知っている。

私に近付け、と友孝先輩に命令されているはずだから、その理由位は聞いているはずだ。

けれど、チャコの顔や雰囲気は本当に何を聞かれているかわからない、という風で……。私は思わず小さく息を吐いてしまった。


 チャコはすぐに自分の気持ちを隠してしまう。


 もっと動揺したり、焦ったりしてくれたらいいのに。

わかりやすく狼狽して、気持ちを吐露してくれたらいいのに。


 ……でも、まあ、それがチャコだもんね。


「私がね、妖雲の巫女なんだって。すごい力があるんだよ。」


 胸に滲んでくる切なさに蓋をして、不敵に笑う。

チャコはそんな私を見て、驚いた顔をした後、うんうん、としきりに頷いた。


「そうなんだ。妖雲の巫女が何かわかんないけど、唯ちゃんってすごいんだー。」


 なにそれ。

適当すぎるよ、チャコ。


 そんなチャコがおかしくて、ふふっと笑うと、チャコもえへへって笑ってくれた。


「そう。妖雲の巫女ってすごいんだよ。」


 力を与えたり、抑えたり。時を遡る事もできるんだからね。

だからね、チャコがどんなに隠しても。


 ――諦めないからね。


「妖雲の巫女は妖や陰陽師に力を与える事ができるんだよ。」

「こいつがちょっと街をウロチョロするだけで、妖雲の巫女の力に引き寄せられて、妖がわんさか寄って来るからな。」


 チャコと私が笑い合っていると、勇晴君と友幸さんが妖雲の巫女について補足してくれる。

勇晴君は私を親指で刺しながら、楽しそうに瞳を輝かせた。


「勇晴君……妖が寄ってきて羨ましい、とか思ってるんでしょ。」

「ああ。向こうから勝手に寄って来るとか、楽しすぎるだろ。」

「えー。でも、唯ちゃんは、小さい時とか怖かったでしょ? 」


 チャコが心配そうにこちらを見る。


「うん。でも、守ってくれる人もいたから。……今までは勇晴君や陰陽師の人に守ってもらってたんだ。でも、これからはちゃんと自分の力で立とうと思ってる。」

「おおー。」

「だからね、勇晴君は友達だけど師匠なんだ。」

「師匠? 」

「そう、今日から妖雲の巫女の力をうまく使うために、毎日修行三昧。」

「それって大変じゃない? 」

「うん、でもがんばるよ。でね、それだけじゃなくて、部活もするし、生徒会もしようと思ってるんだ。」

「ええー!? それって大変すぎるよー。」

「うん。でも、がんばる。」


 ふふっと笑うと、チャコはむむっと眉を顰めた。

 

「あ、楽しい事もいっぱいしようね。」

「……うん。でも、唯ちゃんが疲れちゃわないか心配だー。」

「ありがとう。私が疲れてたら、チャコがよしよしってしてくれたらがんばれるかも。」

「わかった! それぐらいならお安い御用です。」


 チャコが任せなさい、と大げさに頷くのが面白くてあははと笑ってしまう。

チャコはそんな私を優しく見つめた。


「でも、本当に無理しちゃダメだよ。」

「……うん。」


 ……チャコの隣に立つためだから。

私、がんばれるよ。


「それに、私には友幸さんもいるから。」

「理事長? 」

「そう、すごいんだよ。妖と人間のハーフでね、先代の妖雲の巫女の子供でね、賀茂家の陰陽師でね、二百歳を超えてるんだって。 」

「えー……なにそれ。」


 すごい属性の羅列にチャコは目を白黒させながら、友幸さんの方を見る。

友幸さんはそんな私とチャコの会話を面白そうに聞いていた。

 

「そんなすごい人が私の味方でね……、うん。みんなの味方なんだ。」


 友幸さんは前回、私の味方だといってくれた。

でも、それはきっと私だけじゃない。

鋼介君も友孝先輩も。九尾先生も勇晴君も……チャコも。

きっとみんなの味方。


 私が、そうですよね? と友幸さんを見ると、友幸さんは楽しそうに笑っていた。


「わー、そんなすごい人が味方になってくれたら無敵ですねー。」


 チャコがイヒヒと笑って、友幸さんを見る。


「そうだね……疲れたら、ここに来るといいよ。」


 悪戯っぽく笑うチャコに友幸さんが水色の目を細めて、優しく笑った。

ミルクティー色の髪がサラリと揺れる。

とってもキレイな笑顔だ。

なのにチャコはううっと唸ると、サッと両手で目を抑えてしまった。


「目が、目がぁ~! 」

「滅びの呪文、きたな。」

「きた。」


 左手だけ目から離し、友幸さんの方を見ないようにしながら、勇晴君と頷きあっている。

せっかくの友幸さんの優しい笑顔が台無しだ。

チャコはわざとらしく目をしばしばとさせて、勇晴君となにやら盛り上がっている。


 困った二人だ。

チャコと勇晴君が話していると、悪戯好きな子供みたいで……。

友幸さんはそんな二人を見て、やれやれと息を吐いた。


「勇晴がこんなに子供っぽいとは思わなかったよ。」

「二人が揃うと、こんな風になっちゃうのかもしれませんね……。」


 友幸さんと顔を見合わせる。

そして、お互いにふっと笑みが出てしまった。


 うん。

こんなのも悪くない。


「さ、妖と学校の事を知りたいんだったね? 」

「はい、お願いします。」


 勇晴君とチャコはまだじゃれているが、友幸さんが話題を修正してくれる。


「学校の事は一度置いておくとして……。妖の事はどれぐらい知っているのかな? 」

「えっと、私は基本的な事だけ。……チャコは? 」


 友幸さんの言葉にちらりとチャコの方を見た。

チャコはんー、と考えた後、ふるふると首を振る。


「あの……。妖のくせにあれなんですけど、その、妖についてほとんどわからなくって……。」


 チャコは苦笑いのような表情を浮かべて、机に手を伸ばして紅茶を一口、口に含んだ。

友幸さんはそんなチャコを優しい目で見る。


「そうか、君は何も知らないんだね。」

「あの……なんだか気づいたら妖になってしまってたので。」


 チャコがえへっと笑って、カップをソーサーに戻した。


「なるほど……君は親なし、だったね。」


 そして、友幸さんがいつか聞いた言葉を紡ぐ。


 親なし。それは九尾先生も言っていた。

妖には両親がいる場合とそうでない場合があるらしい。

そして、チャコは親がいない妖なんだ。

だから、理事長から奨学金をもらっているし、他の事に関してもあまり知らないのかもしれない。


「あの、育ての親みたいな人はいたんです……ただ、妖について教えてもらったことはほんのちょっとで。」


 チャコがうーんと難しい顔をする。


「一緒に山で暮らしてたんですけど。私は遊びながら駆け回っていただけで、その日その日に起こった事を適当に話してただけなんですよねー。」


 チャコは妖として生まれて、ずっと山で暮らしてたんだ。

……その時に友孝先輩と会って、式神になったのかな。

 

「君を育ててくれた人も山にいたのかい? 」

「はい。一緒に暮らしてました。」


 当然、という感じでチャコが頷くと、友幸さんは口に手を当てて、ふむと少し考え込んだ。


「そうか……その妖も自我があった。けれど、山で暮らしていた。……君は知らなかっただろうけど、それはとても珍しいことなんだよ。」


 友幸さんの言葉にチャコははて? と首を傾げる。

何が珍しいかわからない、というように。


「この世界は人間がいないとやっていけない。妖はね、人間の文明に頼って生きている。」

「……山で生きている妖はいないって事ですか? 」

「ああ……。昔はたくさんいたんだろうけどね。私が生まれた頃が、ちょうど過渡期だったんだよ。妖がいた世界から人間の世界へと変わる、ね。」


 友幸さんが目に哀愁のような色を湛える。

それは過去を懐かしんでるような、しかし忌避しているような……不思議な色だ。


「人間の数が増え、自然が無くなっていく。文明が発達するのと反比例して、妖気は無くなっていった。」

「妖気が無くなる? 」

「ああ。昔はそこら中に妖気が漂っていてね、長く生きた猫が猫又になったり、大切にされてきた物が意志を持ったり。そういうことがよくあったんだ。……今はそういうことはない。」

「え? そうしたらもう、妖は生まれないんですか? 」


 チャコが目を丸くして、友幸さんを見る。


「自我の無い、低級な妖は今でも発生しているよ。ただ、自我のある力が強い妖が自然から発生するのは不可能だろうね。」

「……そうなんですか。」

「だから、君のような親のいない、自然に発生した自我のある妖は百年ぶりぐらいかな。」


 友幸さんの言葉にチャコが神妙に頷いている。

親なし、であるチャコ。

それってすごい事なんだ。


「今この学校にいる、自我のある力が強い妖は全員親がいるんだよ。自我のある妖同士が生殖すれば、同じように自我のある妖が生まれるからね。」

「なるほどー……。自我のある妖は人間世界に交じって生きている。自然発生した低級な妖は……。」

「……自我の無い妖は人間に害を成す。そして、陰陽師に滅されてしまうんだよ。」


 友幸さんは水色の目でどこか遠くを見ているように言葉を続ける。


「妖は滅びゆく種族なんだろう。とっくに覇権は人間に移っている。なんとか生き延びて行くためにこの学園を作ったんだよ。」


 友幸さんの言葉が不意に心臓をギュッと掴んだ。

妖が生き延びるために作られたこの学園。

その学園の理事長は友幸さんだ。


「……あの、この学園を作ったのって。」


 だとしたら、浮かび上がって来る答えは一つ。

ゆっくりと紡いだ言葉に、友幸さんが私を見る。


「私の母、先の妖雲の巫女と、私の父の妖だよ。」


 心臓がドクドクとうるさい。


 私は先代の巫女の事は知らない。

どんな事をしたのか、どんな人だったのか。

だけど。……私には先代の妖雲の巫女が願った事がわかる。


 きっと、先代の妖雲の巫女が生まれた時には時代は移り変わっていた。

友幸さんが二百歳を超えたぐらいだと言っていたから……江戸時代から明治時代?

時代の流れに逆らう事はできなくて。

失われていく妖気と自然。


 きっと、妖雲の巫女の力を持ってしても、人間から妖の世界を取り戻す事はできなかったんだ。

だから、願った。

人間の世界でも、妖が……大好きな者が生きていける場所を。


「私は両親からそれを受け継ぎ、それが機能するように見守っているという所かな。」


 私が先代の妖雲の巫女に思いを馳せていると、水色の目が私に優しく微笑む。


 ああ……友幸さんが、その願いを守ろうと、ずっとがんばってきたんだ。

だから、私がここにいて、みんながここにいて……チャコがここにいる。


「自我のある妖は少ない。ただ長生きではあるから、なんとか一年で三十ぐらいは生まれている。それを一定年齢になったらこの学園に集めて、人間社会への適合と妖同士の出会いの場にしているんだよ。」

「この学校にそんな意味があったんですね……。まあ、一年でそれだけしか生まれないならほっといたら絶滅しちゃいますもんねー。」


 チャコがまるで他人事のようにははぁと頷いた。


「陰陽師も自我のある妖と触れる事によって、自分に近しい者だと感じて欲しいんだ。そうすれば、自我のある妖に理解が生まれて、生き易くなるからね。」

「なるほどー。そうだ。今更だけど、勇ちゃんは妖が嫌いだったりしないの? 」

「あー、俺はここの入学するのが楽しみだったぜ。自我があって力のある妖が勢ぞろいだからな。……ゾクゾクする。」

「あ、なんかそれ、すごいイヤ。」


 勇晴君が黒い瞳を光らせて、楽しそうにチャコを見る。

チャコはそれを嫌そうな顔で見返した。

友幸さんはそんな二人を仕方なさそうに見ると、話を続ける。


「この学園の三分の一が妖、更に三分の一が陰陽師。そして後の三分の一はね、財界や政界を牛耳る者の子供たちだよ。」

「ああ、なんか普通の人っぽいのもいるなーっと思ったら、お金持ちの人だったんですねー。」

「なんでそんな人たちの子供がこの学校に? 」


 妖と陰陽師はわかる。

けれど、そんな偉い人たちの子供がこの学園にわざわざ来る必要があるのだろうか。

もっと名前の通った、名門って所に行くんだと思ってたけど。


 私の疑問に、友幸さんが話を続けてくれる。


「人間はね、妖を自分の味方につけようとしているんだよ。」

「味方? 」

「ああ、妖が一人いればそれだけでボディーガードとしては完璧だしね。更に、裏の仕事や汚れ仕事。なんでもさせられる。」


 なんだかその都合のいい駒みたいな扱いにギュッと眉を顰めてしまった。

それに友幸さんが苦笑をする。


「妖にとっても上の人間と繋がるのは悪い事じゃないんだよ。生気を得る事が簡単になるし、お金ももらえるからね。」

「……はい。」

「妖が生きていくには権力やお金も必要なんだよ。……それに、どの人間につくかを選ぶのは妖の方だから。式神のような一生を縛られる物でもない。」


 ……友幸さんの言う事はわかる。

だけど、やっぱりなんか嫌だ。


 納得しきれないままにチャコを見ると、チャコは理解した! と顔を輝かせていた。


「わかりました。……パンダみたいな感じなんですね! 」

「……パンダ? 」


 あまりにかわいらしい言葉の響きに、え? と首を傾げてしまう。

そんな私を見てもチャコはえへへと朗らかに笑って言葉を続けた。


「唯ちゃん、妖はパンダなんだよ。で、この学校はパンダの保護施設。」

「保護施設……。」

「そうそう。偉い人やお金のある人にパンダのかわいさを見せつけて、寄付を募るんだよ。で、自然界では出会えないであろうパンダ同士を会わせて、子供を増やそう! みたいな。」

「なるほど。確かに特異性や個体数なんかはパンダが近いかもしれないな。」


 チャコのパンダ理論に勇晴君が乗っかる。

そこで、チャコが楽しそうに笑った。


「で、私は珍しい野生で生まれたパンダ! 」


 えへん、と胸を張る。

さっきまで妖と人間の関係を聞いて、眉を顰めていたのに、そんなチャコがおかしくて、ふふっと笑ってしまった。


「なにそれ、チャコ。パンダだったの? 」

「うん。貴重なんだよ。」

「いや、パンダより珍しいよ。自然界では絶滅したと思われた生物がもう一度発見されたようなものだからね。」


 私が笑いながら、話すとチャコはうんうん、と頷きながら答えてくれる。

友幸さんはそんな私達をおかしそうに見ながら、チャコの希少性をよりアピールした。


「そうなんですねー。野生のパンダより貴重なのかー。」

「ああ、絶滅したニホンオオカミがまた山林で見つかるような……そういうものだよ。」


 友幸さんの言葉にチャコが目を瞠る。


「……なんか、私って本当に貴重なんですねー。」


 そして、しみじみと呟いた。

そんなチャコを勇晴君が楽しそうに見る。


「ああ。俺はすごくお前を解剖したい。」

「やめてよー。その瞳、すごいイヤだー。」


 キラリと光る黒い瞳を見て、チャコが思う存分、嫌な顔をした。

チャコは、この話終わり! と切り上げる。


「とにかく! 授業をサボりたくなったらここに来ればOKということはわかりました。」

「いや、チャコ、それは違うと思うよ。」

「だって、理事長はみんなの味方だからねー。」


 えへへとチャコが朗らかに笑う。

その笑顔を見て、隣に座る友幸さんと顔を見合わせると、困ったように笑っていた。


「仕方ない子だね。」

「……はい。」


 チャコの方を見ると、チャコは勇晴君と何かを話している。

けれど、私の視線を感じたらしく、こちらを見て、ん? と首を傾けた。

この場所で、友幸さんの家で四人で話している今が嬉しくて……。


「私……がんばります。」

「……知っているよ。」


 独り言みたいに小さく呟いたそれに、友幸さんが優しく笑って答えてくれた。


 

 その後、少し話してから、友幸さんの家を後にした。

妖と学校の事を知り、チャコとも勇晴君とも仲良くなれた。

幸先はいいと思う。


 勇晴君は少し残って話すと言っていたので、今は私とチャコの二人だけだ。

チャコと並んで歩く帰り道は嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。


「今日はいきなりごめんね。」

「ううんー、いいよ。なんか私も知らない事ばっかりだったから、色々知れて良かったよ。」


 歩道に落ちた桜の花びらを踏みながら歩く。

春の陽気は温かくて、心までポカポカだ。


「私ね、ここに来るまで妖の事とか陰陽師の事とか知らなかったんだ。」

「えー、そうなんだ。妖雲の巫女とか知ってたから、すごい詳しいのかと思ってた。」

「ううん。それを知ったのも本当に最近なんだ。」

「そっかー……それじゃあ、びっくりしたんじゃない? 」


 チャコが気遣わしげにこちらを見る。


「いきなり妖雲の巫女だーとか力があるんだーとか言われても困らない? 」

「……そうだね、最初は困ったというか、よくわかってなかったかも。」


 そう。自分の事なんて何もわからなかった。

たくさん失敗した。


「よくわかんないままだったから、いっぱい失敗したんだ。」


 もっと初めから上手くやれれば良かったって。

たくさんした失敗をなかった事にしたいって思う。


「でも、その失敗をしたから今があるんだろうなって思う。この力をきちんと使いたいって。」


 たくさんの失敗を抱えて。

それでも、またがんばろうって思うから。


 春風を頬に受けながら、チャコの方へ顔を向ける。

チャコはそんな私を困った様な笑顔で見つめていた。


「どうしよ。唯ちゃんが立派すぎて、泣けてくる。」

「なにそれ。」


 チャコの親みたいな言葉にあははと笑う。

そして、春風に舞うチャコの髪に手を伸ばした。


「……妖の子ってさ、ここでボディーガードにつく子を探したり、人間社会でやりたい仕事探したりして生きていくんだね。」

「私、妖の事をさっぱりわかってなかったから、そういうのも全然知らなかったよー。」


 黒い髪は私の手に少しだけ触れたけれど、風に舞って、すぐに手から離れてしまう。


「……チャコは、将来どうするの? 」


 手を降ろして、じっとチャコのブルーの目を覗きこむ。

チャコは私の目を少しだけ、見返して、そっと目線を上にあげた。


「唯ちゃんはどうする? 」


 私の質問には答えず、チャコは質問で返してきた。


 ……また自分の気持ちを隠してるんだろうな。


 桜の花びらの道を二人で歩いている。隣を歩くチャコとの距離はほんの数cm。

なのに、チャコはどこか遠い。


 でも。


「……私は、陰陽師になろうと思う。」


 ゆっくりと告げた言葉。

桜の花びらが風に舞って行く。


「陰陽師? 」

「うん。勇晴君から聞いたんだけどね、陰陽師はね、国家公務員みたいな感じなんだって。」

「そうなの? 」

「うん。人間同士の諍いは警察が。妖による事件は陰陽師が。そんな感じらしいよ。」

「そうなんだー。」


 知らなかったーとチャコが目を瞠った。

私はそれにふふっと笑って返すと、言葉を続ける。


「勇晴君たちは、国からの仕事をもう請け負っているみたいなんだ。私も修行をして強くなったら、陰陽師として仕事をしたい。……でもね、妖を滅したいわけじゃないんだ。」


 少し前から考えていた。

そして、今日、友幸さんの話を聞いて、やりたい事が胸に芽生えたから。


「友幸さんは自然には妖はいないって言ってた。でも、チャコもいたし、チャコの育ての親だっていた。だから、そういう子を探して、上手く生きられるように話を聞いたり、自我を失ってしまった妖の力を抑えて、元の生活に戻したり……。そうやって妖と人間が共存できるための一助になればいいなって……。」


 まだ私に何ができるかはわからない。

けれど、私は妖雲の巫女だから。

二つの種族が生きていける道を探したい。


「……かっこいいね。」


 桜の花びらの道を進みながら、チャコが泣きそうな顔で私を見る。


「……全部、自分のためだから。」


 チャコのそんな顔を見ていられなくて……。

でも、目を逸らさないで、チャコのブルーの目に瞳を凝らす。


 チャコ。

私はやりたい事がわかったよ。


「チャコはどうするの? 」


 もう一度、ゆっくりと言葉を告げる。

チャコの目が一瞬揺らいだけれど。

だけど、それも一瞬で。

すぐにいつもの朗らかな笑みを浮かべる。


「んー……。全然決めてないや。今が楽しければそれでいいかなーって。」


 チャコがえへへって笑う。

私はその笑顔を見て、困った人だなぁって笑った。


「そうだね、まずは楽しい事をいっぱいしよう。」

「うん! そういえば、今日ってまだ入学式だよー。あまりにも色々あって、すごい日数が経った気がする。」

「まだまだこれからだよ、チャコ。」


 私がふふって笑うと、チャコがえ、と顔を強張らせた。


 そうだよチャコ。

まだ一日目だからね。もっともっと色々やらなきゃいけないんだよ?


「あー、なんかすごい学校生活になる気がしてきたー……。」

「お楽しみに。」

「……唯ちゃんとなら、それもいっか。」


 チャコが桜の花びらの道で柔らかく笑う。

この笑顔を離したりしない。


 私がやりたい事。


 妖と人間が共存できる世界を守りたい。

今よりも妖が自由でいられる世界を作りたい。



 チャコがずっとこの世界で生きていられるように。



 チャコの隣に私がいられるように。

活動報告にチャコside小話upしました。

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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