共に生きる幸せ3
そして、私はすべてを話した。
チャコの事も、他のみんなの事も。
何も選ばない、誰とも関わらないって決めたのに、あっけなく話してしまった。
情けない。
情けなくて弱い自分。
でも、もういい。
もういいんだ。
冷静に話したいと思っていたが、話しているうちに涙が出る。
悲しみなのか悔しさなのかよくわからない。
感情のままに、支離滅裂になってしまう私の言葉を理事長は最後まで聞いてくれた。
そして、体の前で組んでいた手をグッと握ると、目を瞑って、ゆっくりと息を吐く。
まるで、何かに耐えるようにギュッと眉を顰めると、その水色の目で私を見つめた。
「私は……時を戻ることが悪いことだとは思わないよ。」
優しい声が私の心へ染み込んでいく。
……ああ。理事長は優しい人なんだな。
こんな情けなくて弱い私を認めてくれようとしているんだ。
でも違う。
違うんだ。
私は。
私は――
「いえ、時を遡るのは悪い事だったんです。この力は、そんなのに使うためにあったんじゃなかったんですよ。……チャコの言う通り。――初めにチャコが言ったように。」
トゥルーエンドだって、チャコが笑ってくれた。
『真実の終わり』
そうだ。
それでよかったんだ。
「鋼介君を復活させて、それで終わりにすればよかったんです。」
一度目の時。
もしあの時。
チャコの言う通り、鋼介君を復活させていたら。
「やり直せば、やり直すほど……嫌な女になっていくんです。」
こんなに情けなくて、嫌な女にならずに済んだんだ。
一度、堰を切った涙はとめどなく溢れてくる。
もう止める気なんてない。
「打算と計算で、友孝先輩に近づいて、自分とチャコを交換するような取引を持ち出して……。」
最低だ。
友孝先輩が苦しんでいるのを知ってた。
歪んでいる先輩。それを利用したんだ。
そして、チャコが消えると、すぐに時間を遡った。
苦しんでいる人を見ないふりをして。
「鋼介君や友孝先輩が悩んでるって知ってるのに、無視して、九尾先生に近づきました。チャコを好きになってもらおうって、何度もチャコをけしかけました。」
人の恋心を利用した。
「九尾先生が何かを残したがってるのをわかってて、それを利用してチャコを助けてもらおうとしました。」
先生とチャコがうまくいこうがどうしようがどっちでも良かった。
ただ『この世で一番強い妖』に助けてもらえればそれで良かったんだ。
でも、ダメだった。
だからまた時間を遡った。
「勇晴君に強くしてもらって、励ましてもらって……。勇晴君の強さに引っ張ってもらっただけなのに、自分が強くなったんだって己惚れて。チャコが苦しんでるのを見過ごして……。」
『最強の陰陽師』を利用して、助けられるって期待した。
私なら、私が強くなれば、チャコを助けられるんだって。
「やっと、助けられると思ったけど、チャコは手を取ってくれませんでした……。そうですよね。きっとチャコはこんな私とは生きてくれない。……こんな嫌な女とじゃ。」
チャコはもういいって言った。
もういいって言ったんだ。
そうだね。私みたいな嫌な女はチャコに相応しくない。
チャコの隣にはいられないよね。
「だからもう、がんばらないんです……。」
そうだよ。
がんばりたくなんかない。
もう嫌な女になりたくない。
「学校に行くのをやめて、人と関わるのをやめて……そうしたら、お父さんとお母さんにも迷惑がかかって……何やってるかわかんなくて……。」
家に引きこもって、チャコにも冷たく当たって。
両親にいっぱい心配かけて。
なのに、自分が何をやってるかわからない。
何してるんだろう。
私は何がしたいんだろう。
「自分が情けなくて、自分が嫌で……。」
そうして考えてたら、否が応にも思ってしまった事があった。
「こんな私になったのも、全部チャコに出会ったせいだって……チャコの事なんて無視して、自分の幸せを考えたらよかったって。」
そんな事を思ってしまった自分が。
一番嫌だった。
「チャコなんか嫌いです。」
私を悩ますだけ悩まして、結局消えちゃう。
「チャコなんて大嫌いなんです。」
私は全然満足してないのに、一人で満足して、笑って消えちゃう。
「もうがんばりたくない。もう嫌なんです。」
えへへって笑う顔も。
唯ちゃんといると楽しいよって悪戯っぽく言うセリフも。
チャコって呼ぶと嬉しそうに細まる目も。
全部。
全部。
「――それでも、諦められないんです。」
だから、あなたに託したい。
私を諦めさせて欲しい。
私を怒って下さい。
もうやめなさい、って言って下さい。
そうすればきっと私は諦められる。
諦めが悪くて、欲張りな私だけど、この人に怒ってもらえば、すべてをやめられる。
妖雲の巫女の子供で、この学園の理事長で二百年も生きているこの人なら。
この人が止めてくれれば。
私は怒られたくて。
もうやめなさいって、私を止めてほしくて、言葉を続けた。
けれど、理事長から漏れた言葉はそのどちらでもなかった。
「すまなかった。」
優しい声に苦渋をにじませて、謝罪を述べる。
私は何に謝られたのかわからなくて、眉をギュッと顰めた。
「私は傍観者でいたかったんだ。」
不思議な響きの言葉に濡れた目のまま、理事長を見る。
理事長は苦しそうに、それでも柔らかくこちらを見ていた。
「君が苦しんでいるのに、私がそれに気づいてあげられるただ一人の者なのに……。」
もう一度言うよ、と優しい水色の目が私を映す。
「私は、時を戻ることが悪いことだとは思わないよ。――ただ、それでは君の心が疲れてしまうだろう? 」
その言葉が心に優しく響く。
「何度願っても叶わない。君はそれをずっと続けているんだから。」
理事長の言葉に、これまでしてきた事を思い返した。
私はもう四年間も同じ時で足踏みをしている。
何度願っても叶わない。
最後には本人に拒否された。
私は何のためにこんなことをしてるんだろう。
「……誰も、私を覚えていないんです。あんなに楽しかったのに、いっぱい話したのに。」
どんなに仲良くなっても、時を遡れば、もう終わり。
笑い合った記憶も、向かい合って話した記憶も、もう戻ってこない。
「鋼介君とたくさん話した放課後も友孝先輩の無邪気な笑顔も。九尾先生の温かい手も勇晴君のきらきら光る黒い瞳も。――私は知ってるのに、覚えてるのに。……でも、今はもう誰も私の事を知らないんです。」
一度話し始めると、自分でも気づかなかった思いが言葉として出てくる。
……そっか。私、疲れてたんだ。
「私が……自分で選んだ事だけど……。」
誰に頼まれたわけでもない。
私は自分で決めて、時を遡ってる。
みんなが私の事を忘れることなんてわかってた。
わかってるけど……。
「チャコが時々メールをしてくれるんです。クラスマッチの事とか、中間テストの事とか。それだけが私とみんなを繋いでる……。返信する事もできない、そのメールだけが。」
なんて細い繋がりだろう。
「……それってやっぱり、ちょっと、辛いです。」
口に出すと余計に胸を締め付けた。
一人は辛かった。
寂しかったよ。
「みんなが私の事を知らないなんて……。誰も私とがんばった事を覚えていないなんて。」
涙と共に心に浮かぶ言葉を口にする。
私の言葉なんて理事長には迷惑でしかないだろうけど、その優しい目で最後まで聞いてくれた。
そして、私を包み込んでくれる。
「……私は知っているよ。」
水色の目が私を見る。
「君はがんばっている。そうだろう? 」
……うん。
私、がんばってる。
がんばってるよ。
「今も……ずっと、がんばっているよ。」
「っ……はい。はいっ……。」
情けない自分。
自分で決めて、自分でやってるくせに、誰かに知って欲しかった。
がんばってる自分がいるんだって事を。
「君はもう学校には来たくないかもしれない。ただ、君を他の学校に行かせてあげる事はできないんだ。妖雲の巫女を守るために、力をここへ集めているから。」
「……はい。」
理事長は、ボロボロと泣いて情けない私を気遣うように言葉をかけてくれる。
「これまで休んだ日々は取り戻せないけれど、幸い夏休み前だ。夏休みに補習を受ければ、通常通りに進級できる。」
理事長は登校拒否をして引きこもった私がもう一度、普通の生活に戻れるように色々と考えてくれたんだろう。
進級の事なんか考えてもいなかった私に道を示してくれる。
「クラスに行くのは辛いだろうから、ここへ通えばいい。」
「ここに? 」
「ああ。保健室登校みたいな感じだよ。出席扱いにするから安心していい。……授業は受けなくてもいいよ。君はもう理解しているだろうからね。」
「……そうですね。もう五回目ですから。」
「ああ、そうだね。ではまずは中間テストを受けよう。」
一学期の中間テスト。
もう問題も答えも覚えてしまっている。
あ、でも、追試用だろうから、今までとはちょっと違うのかな。
「二年になれば、君とあの三人のクラスを離してあげる事ができる。」
「……はい。」
「そうすれば、普通に学校へ通えるだろう。新しいクラスで、新しく友達を見つけて、学校生活を送ればいい。」
……甘えてしまっていいのだろうか。
私だけ普通の生活を送ってしまっていいのだろうか。
私は今からでもやり直すことができるんだろうか。
理事長の言葉に心が動く。
「みんなはどうなりますか? 」
それでも、やはりその事は気になる。
もう私にはどうする事もできないけれど……。
鋼介君は? 友孝先輩は? 九尾先生と勇晴君は?
――チャコは?
チャコは消えずに済むだろうか。
私の不安を読み取ったのか、理事長は大丈夫だよ、と微笑んだ。
その笑顔は優しくて。
すべてを投げ出してしまいたくなる。
「君が気にしているのは、友永茶子……あの子だよね。」
「はい……。」
「私が君といたとしても、妖と陰陽師の争いも陰陽師派の内部抗争も起きないだろう。今までは手を抜いていたけれど、方々を見張るようにしよう……それでも予想外の事と言うのは起きないとは言い切れない。だから、何度も消えてしまったのなら、今回も注意を払っていた方がいいだろうね。」
私が理事長を選んだとして。
理事長は本当に中立派として存在しているんだろう。
そして、力もある。
ただ、それでも何かが起きないとは限らない。
そして、その事が原因でチャコが消えないとも言い切れないのだ。
私の不安を取り除くように、理事長はゆっくりと頷いた。
そして、思ってもみなかった言葉を口にする。
「友孝に見張らせればいい。」
「先輩に? 」
思わず声が大きくなってしまった。
だって、友孝先輩は……。
そもそもの原因が友孝先輩にあると言っても過言ではないのに。
「ああ。友孝はかなり執着しているようだからね。私が友孝にあの子への執着を理解させよう。そして、友孝が悪い方向へ行かないように気を付ければ、友孝はあの子が消えないように努力すると思うよ。」
私の困惑をなだめるように、理事長は言葉を続ける。
「でも……先輩は四度目の時、チャコの自我を無くさせてまで強くなろうとしていました。今は良くても、結局はチャコを苦しめる事にはなりませんか? 」
そうだ。
高校の間はいいかもしれない。
けれど、チャコが友孝先輩の式神である限り、いつだって自我を崩壊させる可能性があるんじゃないだろうか。
私は理事長の提案が信じられなくて、眉を顰める。
「確かに友孝は少し歪んでいるようだけど、そこまでして自分の力を強くする事にこだわっているようには思えないんだよ。……もしかしたら、時を繰り返す影響は他の子たちへも出ているのかもしれない。」
「時を繰り返す影響? 」
理事長が少し考えながらも言葉を発した。
私はその言葉に驚き、目を瞠る。
「ああ。……鋼介は一度目の時は弱い自分が嫌で、君に力を求めたんだよね? 」
「はい。」
明るかった鋼介君がどんどん塞ぎこんでいった。
そして、強くして欲しいと言われて、力を与えたんだ。
「それ以降、君に力を求めた事はあったかい? 」
「……いいえ。」
そうだ。
鋼介君は一度目以降、私の力に頼ろうとしたことはない。
二度目の時は仲が良かったが、チャコのおかげかいつもの明るい鋼介君だった。
三度目と四度目はそもそも仲良くしていないので、それが原因だと思っていたんだけれど……。
「自分が力を求めて何が起こったのかを覚えているわけではないのだろう。ただ、本能的に何かを感じ取っているんじゃないか、と私は思うんだよ。」
「……そうなんでしょうか。」
時を遡る事で鋼介君に与えた影響。
そんな事があるのだろうか。
わからない。
ただ、それがないとは言い切れない。
「それと同じ事が友孝に起こっているんじゃないかと思うんだ。」
「先輩に? 」
「ああ。友孝はあの子に執着している。二度目で君が友孝の心を少し開いたんだろう。そして、三度目は? 」
「三度目は……。九尾先生が……友孝先輩からチャコを奪いました。式神の契約を終わらせて、自分の体を与えて……。」
閉じ込めた。
「死ぬまで一緒だと思っていた式神の契約を解除されて……友孝はかなり衝撃を受けたんだと思うよ。そして、四度目の時、それが悪い方向へ出てしまったんじゃないかと思うんだ。」
もし……もし、先輩が覚えていないとしても、それを深層意識で感じ取れたとしたら。
何度も消えてしまうチャコ。
そして、ついには契約が終わって、先生の中に閉じ込められたチャコを知ったとしたら。
友孝先輩なら、チャコを手元に置いておくために非道な事もするかもしれない。
「四度目の時、あの子が消えた後、友孝がどんな風だったか覚えているかい? 」
「チャコが消えた後……。」
あの時、先輩はどんなだっただろうか。
思い出そうとしてみるけれど、まったくわからない。
私はあの時、チャコに、もういいって言われてそれで頭がいっぱいだったから。
不意に思い出した事に、またしても心がギュッと痛んだ。
「すいません、友孝先輩の事はよく覚えていなくて……。」
「いや、謝ることはない。……あの子が消えた後、友孝は何を思っただろうね。自分の執着が暴走した結果がどうなるか、きちんと受け止めていればいいんだけど。」
先輩はチャコの自我を崩壊させて、手元に置いていた。
それはどんな日々だっただろう。
「あの子には苦しい思いをさせたけれど、友孝にはそれも必要な事だったんだと私は思う。ただ……十分な反省が必要だけどね。」
水色の目がキラリと光った。
「とにかく、友孝がそうならないように私も気を付けていくから、心配ない。あの子に余計な干渉をしないように、とくと言い含めておくよ。」
何か楽しい事でも見つけたみたいにニヤっと口角が上がる。
理事長にかかれば友孝先輩もただの悪戯が過ぎる子供のような扱いで、なんだか不思議な気分になった。
ぼんやりと理事長を見つめていると、理事長がまた優しい目で私を見る。
「君がやって来た事は無駄じゃない。きっと他の者の心に何かを残しているはずだ。」
そうなんだろうか。
その所為で友孝先輩がチャコの自我を崩壊させたというのなら、あんまりだと思うけれど。
それも必要だったと理事長が言ってくれるなら、そうなのかもしれない。
「君が何度もがんばったから、私も君がやっている事に気づくことができた。……いいや、本当はもっと早く、君と話をするべきだったんだ。」
理事長は何度でも私を認めてくれる。
こんない弱い私でも。
嫌な女で、情けない私も。
「鉄平は確かに生きる時は短いかもしれない。けれど、それも普通の人間で考えれば、少し早く亡くなるぐらいだよ。志半ばで死ぬ人間などいくらでもいる。それと変わらない。」
そして、私の重荷を降ろしてくれる。
「鉄平が暴走しても、幸い勇晴がいる。勇晴なら鉄平を滅する事ができるだろう。妖と陰陽師の全面戦争になることはない。他の人間が巻き込まれて亡くなることもない。」
そうなんだね。
勇晴君は九尾先生を滅しないといけないんだね。
いつか自分を滅する人がいて、滅しないといけない妖がいて。
一緒の学校へ通う。
それってどんな気持ちなんだろう。
「勇晴は幼いころから、鉄平の事を知っている。二人はいつかは戦うんだろうけれど、きちんと向かい合って生きている、大丈夫だよ。」
ああ、そうだね。私が心配することなんてない。
勇晴君は強い人だから。
きっと大丈夫なんだろう。
「鋼介も今は出来損ないの狐だって言われる事もあるかもしれないが、あれは鉄平の後を継ぐ者だ。鉄平は長くない。だから、妖のトップとして鋼介は十分に期待されているよ。そして、鋼介は妖や陰陽師の枠に囚われず、人の心を掴む術も持っている。きっとうまくやれると私は思っているよ。」
なんだ、鋼介君。
全然、出来損ないじゃないんだね。
鋼介君が知らないだけで、みんな期待してるんだってさ。
九尾先生の後継ぎなんだってさ。
ふっと笑いが漏れてしまう。
なんだ。私が何もしなくたって大丈夫なんだ。
みんな生きていく。
悩みは解決するかわからないけれど、暗いだけの未来じゃないのかもしれない。
「何も心配しなくていい。私が守るよ。」
理事長が優しく私を見つめる。
ああ、もういいか。
思ってたのとは違うけど、理事長は諦めさせてくれる。
私ががんばらなくてもいい未来を見せてくれてるんだ。
みんなはそれぞれの悩みと向き合って生きていく。
解決したり、解決しなかったり。
だけど、生きていくんだ。
――その中に私がいないだけ。
そう。
たったそれだけ。
「じゃあ……少しだけ聞いてもいいですか? 」
最後に少しだけ。
そうしたら、本当に諦めるから……。
「理事長は運命ってあると思いますか? 」
「……そうだね。もしかしたら、運命という物があるのかもしれない。」
「時を遡ってみて、思ったことがあったんです。……私が、何かを選ぶとチャコが消えてしまう。そんな運命があるのかもしれないって。」
きっと、今、私が選んだのは理事長だ。
何も選ばない、誰とも関わらない。
その決意は敗れてしまったけど、でも、理事長が言ったような未来になるのなら、理事長を選んで良かったんだと思う。
きっとこの未来ならチャコは消えないって信じたい。
運命が少し変わったと思いたい。
「そうか……。君は、君が何かを選ぶからあの子が消えてしまう、とそう思っているんだね。」
「はい……。」
私のよくわからない言葉にも理事長は真摯に答えてくれる。
そして、その水色の目で私を見つめた。
「……君は確かに何かを選んでいるのかもしれない。けれど、あの子が消えるという運命を選んでいるのは君じゃない。友永茶子、あの子自身なんじゃないかな。」
「……チャコが? 」
思っても見ない言葉に目を瞠る。
私が選んでるんじゃない。
チャコが。
チャコが自ら、消える運命を選んでいるのだろうか。
「ああ。あの子が消える事で何かを成そうとするから、いつも消えてしまうんじゃないのかい? 」
……そうなのかもしれない。
チャコはこの世界に残りたいと思っていない。
消えたいのかもしれないって思った。
だけど……。
チャコは消える事でこの世界に残りたいのかもしれない。
自分が消えることで、この世界に何かを成そうとしているんだ。
唐突に思いついた考えに、目に映る景色がサッと色を変える。
チャコは消えたいんじゃない。
――何かを成し遂げようとしているんだ。
消えるのは過程であって結果じゃない。
チャコは消える事で願いを叶えようとしているんだ。
チャコの願いはなんだろう。
チャコはいつも何を思って、生きていた?
話したい。
チャコと。
ああ……どうしよう。
諦めたい、諦めようって思ったのに……。
諦められないよ。
「理事長……、私……。」
ゆっくり息を吸い、理事長をまっすぐ見つめる。
水色の目は柔らかく、優しく私を見ていた。
こんな情けない私の話を聞いてくれた。
情けない私のままで生きていく道を見せてくれた。
何も気にせず、普通に生きる未来を教えてくれた。
「私と話してくれてありがとうございました。」
理事長に守ってもらう未来は魅力的だったけど。
でも、私、まだやりたい事があるんです。
やり残したことがある。
「君の望みはなんだい? 」
理事長の口許が優しく弧を描く。
私は右手でゴシゴシと両目を擦った。
――私の望みは
「みんなと一緒にいたい。」
一人は嫌だ。
「みんなで笑い合いたい。」
みんなが私を覚えていないなんて嫌だ。
「私も、みんなの中にいたい。」
他の誰かが解決する悩みなら……。
私が解決したい。
私がみんなの役に立ちたい。
そうだ。私は欲張りだ。
私以外の誰かに譲る気なんてないんだ。
自分が欲張りだってわかったからこそ、見えてきた望みがある。
ずっと見ないふりをしてた。
そんな強欲な自分が嫌だったから。
でも、わかってしまった。
私は陰からこっそり見守るなんてできないんだ。
幸せを祈って、潔く身を引くなんて……そんなのできない。
「チャコの隣にいるのは……私がいい。」
チャコに消えてほしくない、なんて。
チャコを解放したい、なんて。
そんなの欺瞞だ。
チャコのためって誤魔化してたけど、全部、全部私のためだ。
ただ、私が。
私が、チャコの隣にいたかっただけ。
なんて自分勝手な望みだろう。
チャコの気持ちなんて一切考えてない。
それでも、それが私の望みなんだ。
まっすぐに放ったその言葉に、理事長はおかしそうに笑った。
そして、優しく呟く。
「あの子の事を一番見てきて、一番知っているのは君だから。」
うん。
私以上にチャコを見ている人なんていない。
「きっと、あの子を変えられるのも君だけだ。」
……変えられるだろうか、私に。
でも、変えたい、と思う。
それがチャコの隣に立てる条件なのだろうから。
「辛い時はここにおいで。休みも必要だよ。」
「……ありがとうございます。」
理事長が優しすぎて、勝手に顔が笑ってしまう。
がんばってるって言ってくれて嬉しかったです。
だから、こうして、またがんばろうって思えました。
こんな弱い私でも。
嫌な女で情けなくて。
欲張りで諦めの悪い私でも。
「さあ、行っておいで。」
「はい。」
私は私のために。
すべてを手に入れてみせる。
「行ってきます。」
あの朝へ。
最後に。
『共に生きる幸せ』賀茂友幸 ルート分岐
『すべてを手に入れる』 ルート開放します
活動報告に『最強の陰陽師』の友孝side小話upしました。




