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共に生きる幸せ

 目が覚めた。

また戻ってきてしまった。


 スマホを見なくてもわかる。

どうせ、入学式の朝に戻ってるんだろう。


 体を起こすのも嫌で、そのままごろりと横向きになった。

ベッドの上でギュッと膝を抱え、目を閉じる。


 どうせ何をしたってチャコは消えてしまうんだ。

なんで戻ってきてしまったんだろう。


 もう聞きたくないのに、頭にはチャコの言葉が繰り返される。


 ――消えたいんだ。


 その言葉がまた私の胸を握り潰した。


 私にはチャコを救えなかった。

解放してあげる事はできないんだ。


 知りたくなくて、ずっと見ないフリをしていた現実に涙が溢れてくる。

それが余計に胸を抉り、涙を止めるために枕に顔を押し付けた。


 どれぐらいそうしていただろう。


 何度も何度も。

思い出したくないのに、チャコの最後の言葉が頭をよぎる。

そうして、思い出しているうちに、ふとチャコの言葉の一つが私の胸に止まった。

枕に押し付けていた顔を上げる。


 チャコは私が勇晴君を選んだならそれでいい、って言ってた。


 その言葉の意味はわからない。

だけど……

もしかしたら。


「私が……何もしなければチャコは消えないかもしれない。」


 私が関わらなければ。

陰陽師派と妖派の争いも。

陰陽師派の内部抗争も。

何も起きなければ。


 チャコは消えずにいられるんだろうか。


 確証はない。

結局またダメなのかもしれない。


「私って……諦め悪い……。」


 ふっと鼻で笑う。

そして、また枕にボスンと顔を沈めた。


 私は何もしない。

何も選ばない。

誰とも関わらない。


 だから、チャコ。


 消えないで。





 そのまま結局、私は入学式には行かなかった。


 実家は学校から新幹線で2時間ぐらいの場所にある。

新生活のために両親は休みを取って、二日ほどホテルに泊まってくれていた。

一緒に家具を組み立てたり、食器を買ったりしたのが遠い過去に思える。

体調が悪い、と伝えたため、色々と食料品を買って、心配してくれたが、共働きの二人は仕事があるために実家に帰って行った。


 そうして一人になった部屋でただぼんやりと時を過ごす。

両親が色々と買ってきてくれたため、しばらくはどこにも行かずに済みそうだ。


 どれぐらいこうしていられるだろうか。

学校を休み続ければ、担任から両親に連絡が行くだろう。

ずっとこのままでいられるわけもない。

多分、両親に迷惑をかけることになる。

でも、もう私は学校に行く気はないのだ。


 学校にはチャコがいる。

鋼介君だって勇晴君だっている。

あのクラスに行けば、きっと何かを選んでしまう。

だからずっとこの部屋に一人でいたいんだ。


 何もしないのは退屈だったが、そのうちにぼんやり過ごすのにも慣れていった。



 学校を休んで三日後。ついに両親から電話が来た。

まだ体調が優れない、と言えば、今までマジメだったためか、すぐに信じてもらえた。

入学式は水曜日にあったため、電話があったのは土曜日だ。次の休みには両親がこちらへ様子を見に来る事が決まったけれど、とにかく後一週間は安泰である。


 それに一安心して、土日をぼんやりと過ごし、月曜日になった。

もちろん学校には行かない。

ただ、そろそろ食料品が無くなってきたため、買い物にも行かなくてはいけないのだが……。

私は一人の部屋ではぁと溜息をついた。


 外へ行きたくない。


 それは初めての感情だった。

たった一週間、人と関わらなかっただけだが、既に人と関わるのが億劫になっていた。

いや、億劫とは違うのかもしれない。


 怖いんだ。

人と関わるのが。


 一人で部屋にいると考え事をする時間だけはたくさんあった。

何も選ばない、誰とも関わらないと決めたけれど、よく考えれば、私の周りが全て不穏な物に思えたのだ。


 両親は私の事をどう思っているのか。

妖雲の巫女だと知っている? それとも知らない?

いや、この学校を勧めたのは両親だ。知らないという事はないだろう。

では、私が知らないだけで、陰陽師なのかもしれない。あるいはどこかで妖と関係があるのかもしれない。

そうなれば、私は両親に関わってはいけないのだ。

私が両親に相談すれば、何かを選ぶ事になるのかもしれない。

チャコが消えてしまうかもしれない。


 担任は陰陽師だ。

この人にも相談できない。

関わればまたチャコが消えてしまう可能性がある。


 それだけじゃない。

考えれば考えるほど、すべての人が怪しく思えた。


 コンビニの店員も実は陰陽師や妖なのかもしれない。

いつも行っていたスーパーの店員は?

すれ違う事の多かったお兄さんは?

隣に住む大学生のお姉さんは?


 皆、私が妖雲の巫女だと知っていて、何かをしているのかもしれない。


 怖い。


 誰と関わってもチャコが消えてしまいそうだ。


 誰とも関わらずに生きていく。

誰も信じない。

そうすればチャコは消えない。


 必死にそれを言い聞かせて、一人で部屋に閉じこもっている。

結局その日も外には出ず、夕方までスマホで適当に遊びながら、時を過ごした。


 ピーピー


 一人きりの部屋に無機質な音が響く。

突然のその音にベッドに転がっていた体がビクッとはねた。


 これはインターフォンの音だ。

このマンションはオートロックなので、エントランスから誰かがこの部屋番号を押したのだろう。


 久しぶりの人との関わりに胸の鼓動が早くなる。

誰だろう……。

両親がやっぱり来たのだろうか?

それとも担任か。


 無視するわけにもいかず、ドキドキしながらインターフォンの機械へと向かった。

カメラ付きのインターフォン。

液晶に映っていたのは長い黒髪の女の子だった。


「チャコ……っ。」


 驚き、声が漏れる。

チャコがキョロキョロと目線を彷徨わしながらも、そこにいた。


 どうして。

会いたくないのに。


 唇をギュッと噛み締める。

無視をしてしまおうかと思ったけれど、キョロキョロと目線を彷徨わしているチャコに申し訳なくなって、通話のボタンを押した。


「……はい。」

『あ、すいません。名波唯さんのお宅で合ってますか? 』

「……はい。」


 チャコの声がインターフォン越しに届く。

それだけで泣きそうになってしまう自分を抑えるためにグッと手を握りしめた。


 何しに来たの?


 ああ……友孝先輩に言われたのか。

様子を見て来いって言われたんだね。


『突然ごめんね、あの小夜学園の一年一組の友永茶子って言います。名波さんとは同じクラスでね、出席番号が一つ前なんだ。』

「……はい。」


 知ってるよ。

全部知ってる。

友孝先輩に私と仲良くしろって言われてるんだよね。


『入学式からずっと欠席してるから大丈夫かなって担任が心配しててね。聞いてみたら、私が家も近くだったし、同じ一人暮らしだし、何か力になれるかなって思って。』

「……。」

『体調悪いんだよね? 今は大丈夫? 』


 心配そうにこちらを見るブルーの目。

カメラ越しでも、そのキレイな色は変わらない。


「……はい。」


 その目を見ていられなくて、ギュッと目を閉じた。

口からは冷たい声音が漏れる。


「大丈夫なんで、ほっといてもらっていいですか。」


 これでいい。


『そっか、突然ごめんね。』


 私の冷たい声音にチャコは申し訳なさそうに謝った。

その声に胸に湧き上がる衝動を必死に抑える。


「いえ。それでは。」

『あ、買い出しとかさ、なんか困った事あった言ってね。』


 なんでなの、チャコ。


「大丈夫ですから。」

『あ、ポストに手紙入れとくから見てみて。』


 勝手に納得して、勝手に消えちゃうくせに。


『良かったら、一緒に学校行こう? 』


 私の手を取ってくれないくせに。


「……さよなら。」


 なんでそんなに優しいの。


『……うん。また。バイバイ。』


 一生懸命に冷たい声色を出したけれど、目からは勝手に涙が出てくる。


 チャコって声をかけたい。

上がって行ってって言いたい。

ありがとう、って。

優しいチャコが大好きだよって、手を掴みたい。


「……。」


 心に湧き上がって来る思いに蓋をして、目を開ける。

そして、インターフォンの機械の通話ボタンをもう一度押した。

液晶画面がブツッと暗くなる。

そして、その場にへたりと座り込んだ。


 大丈夫。

これでいい。

これでいい。


 インターフォンのついた壁を背にして、膝を抱える。

目を膝に当て、ゆっくりと何度か深呼吸した。


 心が痛い。


 こういうのもがんばってるって言うのかな。


 自分の頭に浮かんだ考えにふっと笑いが漏れる。


 違うよね。

こういうのはがんばってるって言わない。

逃げてるって言うんだよね。


 情けない自分。

みんなに合わせる顔がない。


 はー、と大きく息を吐いた。

夕焼けの部屋に一人でぼんやりと座っていると、頭にいろんな人の顔がよぎっっていく。


 鋼介君は今も出来損ないだって、自分を責めているんだろうか。

友孝先輩も周囲のプレッシャーに耐えながら、完璧にならなきゃって自分を厳しく律している?

九尾先生は自分の終わりを見つめ、寂しそうに笑い、勇晴君は今も一人でがんばっているんだろう。

そして、チャコは自分の運命を受け入れて、日々を生きているんだ。


 みんな悩みがあって、それを抱えてがんばってる。

それなのに、私はここで、ずっと閉じこもっていていいんだろうか。


 何かをしたい。

みんなの助けになりたい。


 がんばろうよ、と私の心が囁く。


 でも、がんばるって何をしたらいいの?

私が何かをするとチャコが消えてしまうんだよ。


 何もしたくない。

がんばりたくないんだ。

私ががんばった結果、チャコが消えてしまうのをもう見たくないんだ。


 うん。ここにいよう。

チャコが消えさえしなければ、きっと時間が解決してくれる。

私以外の誰かがみんなの悩みを解決してくれるよ。


 みんなの中に私はいられないけれど、もういいんだ。

私はやるだけやったんだ。

もういい。

もういいんだ。


 グッと奥歯を噛み締めて、膝を抱え直す。

一人の部屋はシンとしていて、時計の音だけが響いた。


 一人の部屋で座り込む。


 しばらくそうしていたが、部屋が暗くなった事に気づいて、電気を点けた。

そして、マンションのエントランスまで行き、チャコからの手紙を持って帰る。

なんだかよくわからない動物の便箋。

変なその絵柄にチャコのセンスをちょっと笑った。


 手紙は学校の出来事と私の体調を心配する内容。

そして、スマホの番号とメールアプリのIDが書いてあった。

無視をしようかとも思ったが、アプリを起動してチャコを友だちに追加する。

そしてメールを送った。


『名波です。私の事は気にしないでください。』


 簡潔に。

スタンプも使わない。

そんなメールにもチャコはすぐに返してくれる。


『あー、担任がね、家に行こうかなって言ってたよ。』

『わかりました。』 

『また学校で何かあったらメールするね! 』


 たったこれだけのメール。

チャコからの最後のメールには返信さえしなかった。


 これでいい。

私とチャコは他人。

私はチャコと笑い合う事はできないけど、これでいい。


「……送らなければ良かったかな。」


 本当は手紙なんて無視して、何も送らない方がよかったかもしれない。

それでも、送ってしまったのはきっと……。


「私って……。」


 諦め悪い。


 チャコのスマホに『名波唯』って入る。

いつか、『誰だったっけ? 』って消されてしまうんだろうけど。

がんばらず、逃げている私はチャコと友達になる資格なんてないんだろうけど。


 それでも。

ほんの少しだけでいいから、チャコとつながっていたかったんだ。


 スマホをリビングテーブルに置き、私はベッドへと体を沈めた。

ボスッと枕に顔を埋める。


 私は一人でここにいるから。


 チャコ消えないで。


 消えないでよ。

活動報告にチャコside小話upしました

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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