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最強の陰陽師

 目が覚めた。


 前と違い、頬に流れる涙はない。

チャコが拭ってくれたからだ。


 見慣れた部屋の見慣れたスマフォを手に取り、日付を確認する。

ちゃんと入学式の朝に戻っていた。


 ……またダメだった。


 チャコは先生の体で生きる事を良しとはせず、自らの意思で先生の奥で眠る事を選んでしまった。

消える事はなかったが、それは私が望んでいる事じゃない。


 でも――ダメな事ばかりではなかった。


 先生を頼り、妖雲の巫女として、新しい力の使い方を知る事ができた。

力を与えるだけじゃない。抑える事もできるんだ。

きっと他にも何かできるはず。


 そう、少しだけ希望も見えたのだ。


 チャコは先生の中にいてもチャコのまま。

チャコはチャコとして話していたが、友孝先輩との契約は終わっていた。

どちらかが消えるまで終わらない、と言っていた式神の契約が終わっていたんだ。


 もしかしたらやれるかもしれない。

それにはもっと力が必要だ。


 最後に私を助けてくれた安倍君。

『最強の陰陽師』である彼なら、この力の使い方を教えてくれるはずだ。





 四度目の入学式も終わり、教室でのHRも終わった。

既に教室に残る人はまばらになっている。

これまでは、一つ前の席に座るチャコに声をかけて一緒に帰っていた。

だけど今回は違う。

私は席を立ち、廊下側の一番前の席へと向かった。


「安倍君。」


 私が机の横に立ち、声をかけると安倍君は顔を上げこちらを見る。

眼鏡の奥の黒い目が私を映した。


「話があるんです。二人で話がしたい。」


 声を潜め、じっとその目をのぞき込む。

安倍君からしたら、初対面の人に突然声をかけられた事になるはずだ。

当然、不審な顔をされるかと思ったが、安倍君の目は面白そうに細まった。


「いいぜ。ついて来い。」


 そう言って、安倍君は席を立ち、廊下へと歩みを進める。

なんで? やどうして? と聞かれるとばかり思っていたが、安倍君は理由も聞かず、私と話してくれるつもりらしい。

これまで、何度もやり直しているが、安倍君とはあまり話したことがなかった。

だから、どういう人なのかよくわからない。

とにかく、私は安倍君に強くしてもらわなければならないんだ。

多少、強引でも……と思っていたが、こうして何も聞かずに話を聞いてくれるなら好都合だ。


 私は安倍君に続いて、教室の扉を出た。

背中に痛いほどの視線を感じる。

きっと、チャコが私を見てる。びっくりしてるかもしれない。


 チャコ。

私強くなるからね。


 私は振り返る事なく、安倍君の背中を追った。



 廊下を進み、渡り廊下を通る。

そして、旧校舎に入ると四階へと上がった。

安倍君はどこに行くのだろうか?

不思議に思いながらもついて行くと、安倍君は一つの部屋へと入って行った。


「ようこそ、オカルト研究部へ。」


 振り返り、両手を広げてこちらを見る。

なんだかマンガのような、その行動にちょっと笑ってしまった。


「オカルト研究部? 」

「そ。まあ、俺しかいないけどな。」

「陰陽師が……オカルト研究? 」

「ああ。楽しいんだよ、これが。」

「入学式なのに、なんで入部してるの? 」

「色々とやることがあって、春休みにはこの学校にいたからな。」


 安倍君は私にイスを進めながら、自分は私の向かいのイスへと座った。

ククッと笑うその目は妖しく光っている。


「で、俺に話したい事って? 」


 射抜くような視線で私を見た。

私はその視線を受けて、ゆっくりと深呼吸をする。

そして、その眼鏡の奥の目をじっと見つめた。


「私の……やっている事について。」


 きっと、安倍君は信じてくれる。

全てを話そう。

私は強くなるんだ。


 そうして、私はこれまでの事について全てを話した。


 普通とは違うチャコという妖について。

そして、チャコと友孝先輩の関係。


 鋼介君に力を与えて、暴走させてしまった事。

友孝先輩に力を与えて、友孝先輩と先生が戦う事になった事。

先生の力を抑えて、先生の体にチャコと先生の二つの意思が入ってしまった事。


 私が時を遡っている事。

必ず、チャコは消えてしまうという事。


 安倍君は楽しそうに、興味深そうにすべての話を聞いてくれた。

色々と考えているらしく、その目は妖しく光り続けている。


「――つまり、お前はその変わった妖を助けるために、何度もこの一年をやり直している。そういうことか? 」

「うん……。」

「今日で何度目だ? 」

「四度目。」


 ははっと安倍君は声を上げて笑った。


「いいな、いい! すごいなお前! 」

「……いや、すごくはないと思う。」


 だって三回もダメだったって事なんだから。


「時を遡りながら、情報を集め、答えを探しているんだろう? いいじゃないか! 燃えるな! 」

「でも、まだ答えは見つかってないから……。」


 安倍君は私の言葉を信じてくれたのだろう。

オカルト研究部に入っているだけあって、そういう不思議現象が好きなのかもしれない。

ちょっとテンションの高めな安倍君に乗り切れず、私は、はぁと小さく溜息をついた。

あまり燃えていない私を見て、少し冷静になったのか、安倍君は少し考える素振りをする。


「ふむ。でも三回も消えてしまうのか……なにか、運命っていうのがあるのかもしれないな。」


 ――運命。


 安倍君の何気ない言葉が胸にズクッと突き刺さった。


「……ッ。そんな事ってある? チャコはっ、チャコは消えなきゃいけない運命だって言うの? 」


 聞きたくなかった言葉に声が荒くなる。


 いやだ。

そんな運命なんて知らない。

私はそんな運命なんて認めない。


「あー、わりぃ。そんなつもりで言ったんじゃない。」


 立ち上がり、身を乗り出した私に安倍君は申し訳なさそうに、自分の頭を掻いた。


「運命、だとしても、お前は変えたい、そうなんだろ? 」


 そして、眼鏡の奥の黒い瞳で私を見つめる。

私は荒れる心をそのままに鼻息荒く、うん、と頷いた。


「私は強くなりたい。この力でチャコを救いたい。」


 そうだ。運命だとしても。

私が強くなればいい。

私がチャコを助ける。

私は妖雲の巫女なんだから。


「安倍君、私を強くして欲しい。」


 私を見上げていた安倍君の口の端がニッと上がった。


「いいぜ。俺が強くしてやる。『最強の陰陽師』の俺がライバルだと思えるぐらいまでな。」


 挑戦的なその言葉。

私はゆっくりと頷いた。


 『最強の陰陽師』のライバル。

いいよ。なってみせる。


「じゃあ、その『安倍君』って呼び方をやめるか。」

「なんで? 」

「どうも苗字って言うのは好きになれない。俺は安倍家の坊ちゃんだからな。そう呼ばれてる感じでイラッとするんだよ。」


 はっと鼻で笑う安倍君になるほど、と何度か頷く。

そういえば友孝先輩も生徒会に入ると、『賀茂先輩』って呼ばれるのを嫌がっていた。

同じような気持ちだったのかもしれない。


「じゃあ、勇晴君、でいいかな? 」

「ああ、そっちで。」

「じゃあ。改めて。勇晴君、私をあなたのライバルにしてください。」

「いいぜ。せいぜい気張れ。」


 勇晴君が満足気に笑う。

柔らかな日差しの元、勇晴君の目が楽しそうに私を見ていた。





 そうして私は勇晴君に弟子入りしたのだけど……。


 もう、本当にきつい。

スパルタな日々だ。


 勇晴君の指導の元、自分の力について、全てを考える。

知識や制御の実地についてはもちろんのこと、体力の底上げや護身術など、色々と教え込まれた。

そうして、必死について行くと、私はみるみる変わって行った。


 自分の体を流れる力を感じ、制御することができる。

体力も飛躍的に上がり、クラスマッチのリレーは一位だった。

毎回、黒歴史になっていたはずなのに、一人抜いてからバトンを渡すことができたのだ。

自分にそんな力があったなんて驚いた。

そして、放課後は勇晴君と妖退治にでかけ、かなりのレベルに来たと思う。


「名波はチートだな。」

「チート? 」

「ああ、本来は不正とかズルとかそういう感じだが……。」

「不正!? 」

「あー、わりぃそういう意味じゃなくて……まぁ、規格外ですげーって事だ。」


 よくわからない言葉を勇晴君が教えてくれる。

規格外。

確かにそうかもしれない。

正直、一か月やそこらで運動能力が上がり、指先一つで妖を退治できるようになるなんて、一度目の私では考えられなかった。


「じゃあ、勇晴君もチートなの? 」

「ああ、そうだな。俺ほどのチートもいないな。」


 勇晴君が自信満々に笑う。

なんだかそれがおかしくって私も声をあげて笑っていた。


 勇晴君といると楽しい。

自分の力がどんどんと上がっていくのがわかる。


 チャコ、私どんどん強くなってるよ。

きっとチャコを助ける力も手に入れてみせる。


「名波、『妖雲の巫女』ってどういう意味かわかるか? 」

「……ごめん、わからない。」


 唐突に聞かれた勇晴君の言葉に、目が泳いだ。

まずい。勇晴君はそういう甘えは許さない。

私は私自身の事をあまり知りたくなくて見ないフリをしている事が多いんだ。

『妖雲の巫女』。

ただの名称だと言い聞かせて、調べようとしなかったのが、勇晴君にはバレてしまったのかもしれない。


 勇晴君は私の返答に小さく息を吐いた。


「いいか、名波。強くなりたいなら自分がなんなのか知らなきゃいけない。わかるな? 」

「うん……。」

「妖雲っていうのは不吉な前兆だ。こう、妖しい雲がな、空に出て、なんか嫌な感じがする。」

「……うん。」


 『妖雲』。不吉な前兆。

じゃあ、私は不吉な前兆を持ってくる巫女だということなの?


「俺と修行して、お前も自分の力がなんかすげーって事はわかってるだろ? チートなんだよ。時を遡る事までできてしまう。」

「そうだね……うん。今まで何も考えずに生きてこれたのが不思議だね。」

「ああ。まあ、それは俺とか賀茂とかが裏でこそこそしてたからだけどな。」

「っ……やっぱり。」


 自分の力を知り、なんとなくわかってた事だった。

私が普通に暮らすにはこの力は大きすぎる。

小さい頃、妖に襲われる事が多かった。不思議と怖い目にあった記憶がないのは、誰かが私を守ってくれていたからだ。


「賀茂先輩や勇晴君がずっと守ってくれてたの? 」

「あー、まあ、小さい頃は俺たち以外の陰陽師だろうな。ここ最近は俺たちだ。」

「……ごめんね。」


 ずっと何も気づかず、暮らしていた。

自分の不甲斐なさが情けない。

どれだけいろんな人が私を守ってくれていたのだろうか。


 何も知ろうとしなかった自分に目を伏せる。

すると、勇晴君はいらだったように、頭を掻いた。


「あー、わりぃ、こういう話をするつもりじゃなくってだな。あー、だから! 『妖雲の巫女』についてな。」


 そして、また話を戻す。


「だからな、名波の力はとにかくすげーんだよ。」

「……うん。」

「不吉な前兆っていうのは、多分、陰陽師や妖が『巫女』を巡って、争いを起こすせいだろう。陰陽師は妖を滅ぼしたいし、妖は人間から世界を奪いたいだろうからな。」

「……今もあるのかな。」

「あー、まあ、やっぱり色々ときな臭いのはきな臭いな。」


 勇晴君は思い当たる節があるのか、目を鋭くした。

その顔を見て、私はゆっくりと頷く。

私はやはり私の事を正しく認識する必要があるんだ。


「……わかった。教えてくれてありがとう。」


 今までなら、私にそんな力はないって一笑して終わっただろう。

だけど、今ならわかる。

修行すればするほど強くなるこの力は異常だ。

私が大きな事を望めば、きっと叶う。


 不吉な前兆。

争いの元。


 それが私。

それが『妖雲の巫女』。


「あー、でも、俺はな、そんなに心配してない。」

「……なんで? 」


 自分の存在が酷く悪い物に思えたが、勇晴君はククッと目を細めた。

よくわからない話に眉を顰めながら、勇晴君を見上げる。


「俺や賀茂辺りの陰陽師と組めば、この世の妖の全てを消すこともできる。九尾兄辺りと組めば、この世の人間すべてを殺す事もできる。――そんなお前が望んでるのはなんだ? 」


 楽しそうに笑う勇晴君。


 ああ。そうだ。

私は妖を滅ぼすことも、人間の頂点に立つ事も望んでない。

私が望んでる事はただ一つ。


「チャコにずっと笑ってて欲しい。」


 そう。

私が自分の力を使うのはただそれだけのため。


 私の答えに、勇晴君はブホッと噴き出した。


「だろ? そうだろ? お前、すごいいいよ! 変わった妖一匹を助けるためだけに、その力を使おうっていうんだからな。」


 あははっと勇晴君が笑う。

その笑顔を見ると、大丈夫なんだ、と思えた。

私は不吉な前兆を持つ巫女だけど、争いを生もうとは思ってない。


「勇晴君もいいの? 陰陽師として妖を滅したいんじゃないの? 」

「あー、まあ、それは仕事だからな。俺個人としては、あんなに面白い生き物をこの世から無くすなんて馬鹿げてると思うね。」

「……勇晴君も妖が好きなんだね。」

「好きっていうか、興味があるっていうヤツだな。」


 勇晴君の眼鏡の奥の瞳がキラッと光った。

いつも言っている、解剖したい、ってヤツだ。

私はその目を見てふふっと笑った。

勇晴君も友孝先輩と一緒なんだから。


「で、名波が言ってた、体と意思との関係だけどな。」


 私が笑っていると、勇晴君の目が真剣な物に変わった。

それは、私が勇晴君に調べてほしいとお願いした事だ。

笑いをひっこめて、うん、と頷き、先を促す。


「普通は体と意思っていうのはがっちり繋がっているから、分離する事などできない。だけど、友永はその結びつきが弱いのかもしれない。そして、意思が他に取り込まれにくい異質な者なんだろう。」

「そっか。だから先生の体に入っても取り込まれず、別個としていれたんだね。」

「ああ。まあ、名波が力を使って九尾兄の力を縛ってた事も関係してるだろうがな。」


 なるほど。

チャコは体と意思が分離し易い。

そして、他の妖とは違い、混ざり合ったりしない意思を持っていた。

私が先生の力を抑えるために、想像したヴェールのような物。

それが更に先生とチャコとの意思を切り離し、一つの体に二つの意思という不思議な状態になっていたんだ。


「そして、更におもしろい事に、賀茂との契約は体が消えさえすれば終わるんだ。」

「体が消えれば、契約が終わる? 」

「ああ。九尾兄が友永の事を聞いて、考えたんだろうな。一般的に式神の契約は陰陽師の血と妖の依代とで契約される。陰陽師の血に力がなくなる……まあつまり、死ぬって事だな、そうなるか、妖の依代がなくなれば契約終了だ。でも友永には依代が無い。じゃあ賀茂は友永の何と契約したのか。――それは体の瘴気だ。あれがなくなれば契約は終わりだ、と。」


 勇晴君の眼鏡の奥の黒い瞳がキラッと輝く。


「九尾兄の予想は正しかった。さすがこの世で一番強い妖だけあって、友永を縛る契約の力を見つけたのかもしれない。体を消し、意思だけ残せば友永は自由な妖に戻れるんだ。」


 勇晴君の言葉を聞きながら、私は心が沸き立つのを抑えきれなかった。

そこに、すぐそこにチャコを救う方法がある。


「九尾兄は自分の体を友永の新しい体として差し出した。友永は親しい者の代わりに生きる事はできなかったんだろう。じゃあ、何か他の物ならどうだ? 」

「チャコのために新しい体を作って、そこにチャコの意思を入れられたら……! 」

「ああ。式神の契約は終わる。友永も消えることはない。」


 やっと見つけた。

チャコを救う答えだ。


「……ッ! すごい! 」

「あー、でも、まだ問題がある。意思のない体っていうのをどうやって作るかが。」

「そうだね。チャコが受け入れられる体が必要なんだね。」

「ああ。まあ、友永が消えるまで、まだ時間があるんだろ? 」

「うん。いつもバレンタインデーだから。」

「よし。じゃあ、修行しながら、それについてもっと考えていくぞ。」


 勇晴君が次の目標に向かって、走り始める。

本当にすごい人だ。

楽しい事に貪欲で、知識を増やす事も体を鍛える事も面白がりながらやってる。


 一緒にいると楽しい。

この人のライバルになれるなんて、最高だ。


 私はのめりこむように日々を修行に費やした。

私は自分が強くなっていく事に陶酔していたのかもしれない。


 夏休みは勇晴君と合宿をした。

本当に血反吐を吐きながらの修業だった。

苦しかったし、つらかったが、それが全てチャコを救う事に繋がると思えば、どんな修行にだって耐えられたんだ。


 けれど、スパルタな夏休みを終えると――


 ――そこにチャコの姿はなかった。

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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