第4話
「とりあえず、野営しましょうか。誰かテント持ってる?」
ガルスが去っていった道を睨み続けている俺を気遣ってか、ミリアがそう提案する。
「5人用のテントなら、僕が持っているよ。」
アークのその発言により、俺達はテントを張って野営することになった。
「ボクは、親に旅に出ることを伝えます。どうせテント張りは手伝えないので、その間に張っておいて下さい。」
タヒュが親に連絡をしている間に、俺達はテントを張り終える。
「しかし、いちいち野営しなければならないなんて魔人がいるパーティーってのは不便だね。でもまぁ冒険者の宿代が節約できると考えたら、一長一短か。」
冒険者の宿は依頼の仲介料や魔物の討伐報酬の一部の受け取りで儲けている代わりに、基本的に宿代は一人10G程度となっている。その他にも食事が安かったり、何らかのサービスが付属している宿すらある。たとえ冒険者でも都市間の移動は少なく、宿を変えることもあまりない。そのため冒険者の宿は信頼の要である冒険者にできるだけ多く定宿にしてもらう為には努力を惜しまないのだ。新米の冒険者を手厚く保護し、立派になったところで世話をした分搾取するのが宿の基本的なやり方だ。冒険者もそれがわかっているからか、文句を言う者は少ない。
結局のところ、見張りが必要な分野営には利が少なくアークの言った一長一短というのは短のほうが大きい。あの発言は明らかにミリアに遠慮して言ったのだろう。
「一時メンバーとは言え、俺達はパーティーだ。遠慮することはない。」
「いや、いいんだ。」
そんな話をしていると、タヒュが帰ってきた。
「はぁっ……はぁっ……OK、貰えました。強くなって帰ってきなさいって言われちゃいましたけど……」
「無理はしなくていいんだよ。タヒュにはタヒュのいいところがあるんだから。」
「アークさん、ありがとうございます。」
「そういえば、なぜアークのパーティーは解散したんだ?」
「ザインさん……」
「いいんだ、タヒュ。信頼のために前のパーティーが解散した理由が知りたいのは、リーダーとして当然じゃないかな。」
「俺がリーダーだったのか?」
「どう考えても、あなたがリーダーね。で、理由って?」
「クリンガーって魔物を知ってるかな。」
「クリンガー……砂漠の悪魔、か。」
クリンガーとは体長3mの巨大な蟻地獄だ。すり鉢状の穴を掘り、バッファロー等の獲物を捕まえる。
「知っているなら話は早い。僕らはクリンガーの巣に足を踏み入れちゃってね。僕とエルフのエイラを除いてその時の戦いで戦死したんだ。」
「なるほど。」
「あいつらはいい奴らだった。あんなところで死んでいい奴らじゃなかったんだ……ドワーフのガイジェン、マニアンのミスティカ、リザルのダグラス……クソッ!」
どうやらアークのパーティーは《大災害》以後一つだけ残ったこの大陸、ラス大陸の主要人類である人間が一人もいないパーティーだったようだ。
そもそも人類とは、大災害以前から繁栄していた人型生物にワードッグ、ワーキャット、ワーラビットの三種族を加えた種族の総称だ。
ではアークのパーティーに入っていたメンバーの種族を順に見ていく。
エルフ族は森に住み、森と生きるマナとの親和性が高い種族だ。器用なので、弓矢を使いこなすのも上手い。
ドワーフ族は山に住み、鍛冶などに秀でた背の低い種族だ。髭を伸ばす習慣があり、長い髭は憧れだとされている。冒険者になるものはもっぱら戦士を選ぶらしい。
マニアン族はマナの集合体であり、姿形を自由に変えられる希少な種族だ。魔法使いとしての才能はあらゆる種族を上回るとされている。
リザル族は硬い鱗を持つ、二足歩行するトカゲのような種族だ。強い力を持つ反面鱗の中は柔らかく、耐久力は低い。
「人間がいないなんて、変わったパーティーだったんだな」
「人間は他種族を迫害する傾向があるからさ。特に僕みたいな元魔人組はね……だから半端者どうしパーティーを組んでいたんだよ。」
「人間のボクやザインさんにはわからない苦労をしてきたんですよ、アークさんは。」
「そうか……」
「みんな、話をするのはいいけれど食事はどうするの? 私お腹空いたわ。」
「ボクが料理をしますよ、幸い昼間取ったファングウルフの肉がありますからシチューでもつくります。家からちゃんと材料を持ってきましたよ。」
「そういったところに気がつくのが、タヒュのいいところさ。きっとこのパーティーはタヒュがいなければ成り立たなくなるよ。」
「それじゃあタヒュ、シチューを作ってくれ。」
「わっかりました! 腕をふるいますよ!」
タヒュの作ったシチューは美味かった。そのまま俺達はミリアを見張りとして立て、寝ることにした。見張りは交代制で、ミリア、俺、タヒュ、アークの順になっている。
だが、俺は寝付けなかった。今日ミリアと会った時から感じている謎の違和感、特に強くなったのはガルスと出会った時だった。なぜだかは分からないが、俺は一目見た時からガルスを殺さなければならない気がしていたのだ。
「ザイン、寝付けないの?」
「ああ。今日お前を見た時から、胸がざわつくんだ。」
「それって……恋?……忘れて、今の発言は。」
「いや、恋じゃない。誰かに脳をいじられているような不快感を感じるだけだ。」
「それ、私も感じているわ。あなたに会った時から、あなたが気になったり、街に入りたくなったり、ガルスって男を殺したくなったり……」
「お前もか。一体どうなって……いや、考えても無駄か。俺は寝るぞ。」
「おやすみなさい。」
あの不快感の正体が気になるが、今日の所は寝ることにする。また明日以降、ゆっくり考えよう。
そして朝が来た。
俺達は朝市に向かい必要な物資を取り揃え、今いる都市ダルカスからガルスが向かったであろう隣の都市、アヘイズに向かうことにした。正直な話市場での買い物は俺の所持金では全く足りなかったので、アークとタヒュが大部分を出した。
本来別の街に向かう時は交易隊の護衛任務をこなしながら行くのがベストだが、交易隊が出るのは数ヶ月に一回だけな上、そもそもミリアの存在から俺達は極力他人との接触を避けなければならない。つくづく厄介なラミアだが、俺より腕が立つのだから、文句を言うのは酷だろう。
さて俺達パーティーがアヘイズに向かうことにした理由はもう一つある。ケオスの存在だ。この街はX字の大陸の南西端に位置している。となるとケオスが向かったのも自動的にアヘイズの街となっている。奴が山にでも潜伏していなければ、だが。
待っていろガルス、そしてケオス! 俺はお前たちを絶対に倒してみせる!