第3話
薬草を採って帰った俺達は、ミリアを街の外に置いていき冒険者の宿に着いた。店内は冒険から帰ってきた冒険者でごった返している。やはり冒険者の宿は好きになれない。俺はそう感じた。
タヒュは店内を軽く見回すと、一人のワードッグ族らしき男に声をかけた。金髪の好青年といった感じの外見で、年は20を少し過ぎたあたりか。見た目は弱そうだが、着ている光沢のあるコートは外見は普通だが体の動きをサポートする高価なもので、着ている本人はというと武術経験者特有のオーラを漂わせている。
ちなみにワードッグ族と言うのは、頭の上に犬の耳がついた魔人だ。この種族は魔人だが人類に対して敵対的でなく、義に厚いという特徴を持つため、人類として扱われている。似た種族にワーキャット族、ワーラビット族がいる。ワーキャット族は自由奔放で、ワーラビット族は天然だ。
「あ、アークさんじゃないですか!」
「おお、タヒュか。そっちの男はお友達かい?」
「そうなんです、ザインさん、この人はアークさんって言います。アークさん、この方はザインさんです。あ、僕らパーティーを組むことになったんですよ、アークさんも入りません? 予想外のメンバーに、きっと驚きますよ!」
「タヒュの勧めなら入らないでもないが……僕の実力には、釣り合う奴らなのかい?」
「そりゃもちろん!」
「おいおい……何勝手に話を進めてるんだか。俺や、他のメンバーと相談してメンツを決めるのが筋じゃないか?」
「だそうだよ、タヒュ。まぁとりあえずタヒュが認めるんだから、弱いわけではないだろう。僕で良ければパーティーに誘ってくれ。前のパーティーが解散しちゃってね、タヒュはその時落ち込んでた僕を励ましてくれたんだ。それ以降無二の友として付き合わせてもらっているよ。年は少し離れているがね。それでタヒュ、君は戦闘には参加する予定はあるのかい?」
「ありません……」
「それは良かった。言っちゃあ悪いけど、タヒュが戦いに出たら死ぬ未来しか見えないからね。」
「アークさん……今のは心にきますよ。」
「はっはっはっ……」
「とりあえず、さっさと依頼の報酬を受け取って街を出るぞ。」
「アークさんは?」
「腕は確かなのか?」
「もちろん!アークさんは冒険者の中でもかなり上位の魔闘術の使い手ですよ!」
この世界の武術の根底にはマナで体を強化する魔武術の技術があり、その上に剣技の魔剣術、斧術の魔斧術、杖術の魔杖術、槍術の魔槍術、格闘技の魔闘術がある。魔闘術は硬い装甲の相手にもよく効き、熟達すれば技により相手の内部を破壊することが可能だ。ミリアが修めている魔剣術は、技術を必要とするが鋭い切れ味を誇る。魔剣士と魔闘士の相性は良く、柔らかい相手には魔剣士が、硬い相手には魔闘士が対応することで、お互いの弱点をカバーすることができるため、アークがパーティーに加われば前衛の穴を埋めることが出来るだろう。
では理想のパーティー構成とは、何だろうか。パーティーの前衛は基本的に2、3人で、後衛もまた2、3人が理想と言われている。回復魔法の使い手が1、2人いるのも必須条件だ。今の俺達には前衛が1人、後衛が1人足りず、回復魔法の使い手も足りない。
「ほう……とりあえず、一時メンバーとして加わらないか?」
「喜んで、加わらせてもらうよ。でも僕の理想と違うようだったら、すぐ抜けるからね。」
「勝手にしろ。」
俺は受付に並び、薬草採りの報酬の100Gとファングウルフの討伐報酬の10Gを受け取る。定食屋の一食が5G、自炊なら3から2G、パーティーメンバーが3人だったから、毎日自炊するとしたら5日分ほどか。やはり冒険者は危険が伴うだけあって、かなり儲かるようだ。
そして俺達が宿を出ると、俺とタヒュはふと路地が気になった。そしてそちらを見ると黒い甲冑の男が目に入る。相手もこちらが目に入ったようで、声を掛けてきた。
「お前達、ケオスという男を知らないか?赤い髪に三白眼の……知っているわけがないか。忘れてくれ。」
忘れる訳がない。その名前、外見。昨日、俺の両親を奪った、あの男のことを!
「貴様……なぜその名を! 何を知っている! 言え!」
「偶然にも、当たりを引き当てたってわけかい……吐くのはお前だよ。さあ、俺と勝負しな。負けたら洗いざらい吐くか、死ぬか、吐いて死ぬかだ。選べるだけ、マシだぜ?」
「まぁまぁ二人共、落ち着いて。」
間に入ってきたのは、アークだ。
「「これが落ち着いていられるか!!」」
「ここで決闘すると、衛兵が来るよ。街の外でやろうか。」
「アークさん、止めないんですか!?」
「彼らには因縁があるみたいだ。これを止めるのは難しいよ。」
こうして俺と黒甲冑は決闘することになった。あいつの正体は何なんだ? ケオスについての手がかりは得られるのか?
お互いを牽制しながら街の外に出ると、ミリアが驚いた様子で声を掛けてきた。
「ザイン、そっちの二人は?」
魔人の出現に、アークは一瞬面食らったようだが、俺のことを呼んだ事から敵だとは認識していないようだ。黒甲冑は少し驚いたが、魔人を見慣れているのかそれはかなり小さな驚きだった。
「黒い奴は敵で、ワードッグは今は味方だ。」
「なるほど……驚きのパーティーメンバーってのは魔人か。確かに驚くな。どうも、お嬢さん。俺はアーク、新しいパーティーメンバーだ。」
「よろしく。私はミリアよ、取って食べたりしないから安心して。で、敵ってどういうこと?」
「俺と黒甲冑はこれから決闘をするってことだ。手を出すなよ。」
「決闘って……そっちの奴は、槍を持ってるじゃない! あなたが圧倒的に不利よ! 殺されるわ!」
基本俺のような元素魔法使いは後衛から攻撃する物で、前線に出ることはない。マナとの親和性を上げるために金属鎧を着ないからだ。
「殺しはしないさ。こいつから情報を聞き出すまではな。」
「私が代わりに決闘するわ。」
「やめておけ。お前に利は無いし、これは俺とあいつの問題だ。」
「……死なないで、それだけ約束して。」
「会って一日の奴に言う台詞じゃないだろう、それは。」
「三文芝居はそれまで。さぁ、お前の知っていることを全部吐いてもらうよ。」
「上等だ!」
そして俺と黒甲冑は決闘を開始した。互いの距離は約40m。近づいてくる前に魔法を浴びせて倒さなければ勝機はない。
「まず俺から行かせてもらう!」
そう叫び黒甲冑は俺の方へ近づいてくる。
「ワテル、シュオト、コマンド、ブート!」
「やはり魔法使い!」
俺のウォーターショットはギリギリの所で躱され、奴は迫ってくる。
「……ウィンド、ダルト、コマンド、ブート!」
俺の切り札である、下級元素魔法ウィンドダートが黒甲冑に迫る! だが!
「甘い!」
黒甲冑はウィンドダートすら難なく躱し、俺の首元に槍を突きつけた!
「ザイン!」
ミリアは叫んだ。
「お前の、負けだよ。」
「ぐっ……」
「さぁ、ケオスについて知っていることを全部言えよ。言えば殺しはしないさ。」
「あいつは……俺の父と母を殺した。俺は絶対にあいつを殺して見せる! ……知っているのは、それだけだ。」
「ふぅーん、本当にそれだけかい?」
「それだけだ。」
「嘘をついている目ではないね。」
そう言って黒甲冑は槍を手元に戻した。じりじりと、背筋が焼ける感覚がする。あいつを殺せと心が泣き叫んでいるかのようだ。
「まったく……時間の無駄だった。俺は行くよ、じゃあね。」
「待て、名くらい名乗っていけ!」
「俺の名前はガルス。ケオスを殺す者だよ。」
そう言ってガルスは立ち去った。いつの日か、あいつを倒す。俺の倒すべき相手は、二人に増えたのだった。