1-2 お礼という名の生贄
②
「はーはーはー、ごほっ」
ここまで全力疾走をしたのは初めてじゃないだろうか。いや、運動会のリレーは全力だから違うか。
口から咳と息を吐き出し、体からは絞り出せるだけの汗をふき出していた。
「さ、再放送・・の前に5分でお風呂に入ろう。汚いや」
さすがの私でもここまで汗だくの状態で、テレビにかじりつくことはできない。というか母からお叱りを受けてしまう。
湯船につかる暇もないため仕方なくシャワーで入る。
「は~生き返る。これで湯船に浸かれたら文句ないんだけど、再放送のためだ。仕方ない・・ん?」
気のせいか、蓋の閉まった浴槽から音がしたような気がする。確かめるためにゆっくりと蓋を開けた。
すると、
『はーっ気絶するかと思いましたよ!さすがのわたくしでも空気が薄いのは得意ではありませんからね』
そこには先ほど撒いたはずのピンクペンギンがいた。ペンギンは出てきて早々に早口で話しながら蓋の上に飛び乗った。
『ふぅ。おや?失敬バスタイムでしたか。まあわたくしほどの年齢になりますと幼児体型にはまったく興味ありませんので大丈夫ですね。』
「出てきて早々に超失礼!!」
確かに幼児体型だが、幼児もびっくりのまな板体型だけども。ペンギンに指摘されるいわれはない。
むかつきを表すためにとりあえず手に持っていたシャワー(熱湯)をぶっかけてあげた。
『ぴええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
「ふははははは、私をバカにすると怖いんだからね!ほらほら」
『きゅー』
調子に乗って2~3分ほどかけ続けると、ピークが過ぎたのか白目をむいて気絶してしまった。
少し罪悪感を感じたため仕方なく、本当に仕方なくペンギンを自室のベッドに寝かせてあげた。
「私って親切かも~」
『ん、あれ・・ここは?』
「・・」
『あなた・・確かわたくしはバスルームにいたはず、ああ運んでくださったのですね。ありがとうございます。いや~あなたは今時珍しいほどに良い人なんですね~。しょうがないですから道端で助けなかった分は帳消しにいたしましょうって・・・聞いてます?』
「うっうっ、ええ話や。よかったなメミコさん」
『ちょっとわたくしを無視しないでくださいまし!!せっかく帳消しにして差し上げたというのに。あ、そういえば熱湯をかけられたのでした!本当に熱かったのですよ!?・・・ってだから人の話を聞きなさい!』
人がメミコさんで感動している時にうるさいやつだ。黙って聞いていたら永遠に話すんじゃないかと思うくらいにべらべらと話し出すペンギン。
「ちょっとうるさいよ。もう少しで終わるから静かにしてて!」
『・・・』
それから約15分程、私はペンギンと共にメミコさんの勇士を見ていた。
ちなみにメミコさんとは、私が楽しみにしているドラマのヒロインの名前だ。
「は~来週が気になる終わり方したなー。あの後どうなるんだろう」
『それよりもあの男は大丈夫なのでしょうか。交通事故で記憶喪失、更には声まで失うとは・・あれでよく生きようと思えるものです』
「それはメミコさんの看病のおかげだよ!毎日付きっきりで看病してるんだよ?彼女でもないのに」
『あのメミコさんは相当にお人よしなのですか?彼氏でもなく真っ赤な他人の、しかも嫌悪されている相手によく毎日会おうと思えるものです』
「むふふ、それは前の回を見てないから言えるんだよ!どんだけメミコさんが頑張ったか」
『なんと!それはぜひわたくしも見たいです!』
「うんうん見た方がいいよ~。・・・・・・・・・それよりもペンギン君は何しに来たの?」
ペンギンは一瞬黙り込み、次の瞬間には目が取れるんじゃないかと思うほどにかっぴらいていた。
『こ、こんなことをしている場合ではなかったのです!!・・仕方ありません。あなた、お名前は?』
「え、草間のばなだけど」
『のばな様良いお名前ですね。ゴホン、わたくしホロケリィゴデスを助けていただいたお礼に我が主の屋敷にご招待いたしましょう』
「はい?」
ペンギンは優雅に羽(手?)を差し出してきた。が、さっぱり意味がわからない。
お風呂での一件なら確実にこいつが悪いが、わたしがしたことといえばペンギンの濡れた体を拭いてベッドに放置していただけだ。
「いやいや、いいよ。なんかめんどくさいし、浦島太郎並みに嫌な予感がするし」
『うらしま?どなたかは存じませんが、わたくしの主をぜひとも紹介したいと思いまして。軽く夕食のディナーもご用意致しますので』
その言葉にピクリと反応する私。ディナーとな?普通の一般家庭では使わない言葉だ。
もしかしてかなりのお金持ちなのだろうか。それなら、少しぐらい行ってみようかな。
・・豪華な夕食のために。
「ねえ、ペンギン君の家ってどこにあるの?」
『ふむ、そうですね。ここから遙か遠くの異国の地とでも申しましょうか』
「ご遠慮させていただきます」
「!な、なぜですか!?」
心底驚いたような顔をしているが、こちらの方が驚きだ。
「普通、異国とか言われておいそれと行けるわけないでしょ。もう少し近場かと思ったよ!あ、もしかしてお仕えする主ってペンギン!?」
『失礼ですねあなたも。主は残念ながらペンギンではありません。さ、時間がないので行きますよ』
「いや、だから行くとか言ってないって有難迷惑だよ。はっきり言って」
『本当にはっきり言いますね。怒りました、強硬手段です。レレ、ペペ、レレレのペ~』
突然ペンギンが頭の悪そうなことをしだした。羽を胸の前でクルクルと回し、意味不明な呪文を唱え出した。・・・中二病?
「ちょっと人の家で気味の悪いことしないでよ。ってちょっとおぉぉぉ!!?」
『開きました。さ、のばな様参りましょう』
私の目の前にはピンクペンギン。そして足元には大きなブラックフォールが出来ていた。まさかの死亡フラグ?
思考が停止しようとしている中、私とペンギンは勢いよく穴に落ちて行った。