5-3 ドキドキ、大人の男性
③
生まれてこの方、男の人と手を繋いだこともない私草間のばなは今、生まれて初めてダンスに誘われてしまいました。
しかも顔面が崩壊した悪魔たちにではなく、イケメン魔王さまにだ。どうしよう。
「えーと、あっいやいや、他にも魔王さまに誘われたい人はいっぱい居るだろうし、そっちを誘ってあげなよ。お母さんが見ててあげるから」
「のばなちゃんは僕の母親じゃないよね?」
慌て過ぎてつい、いつものノリでお断りしてしまった。恥ずかしさのあまり口が勝手に動いてしまう。
「あーはは。私はいいよ本当に。デザートも食べたいし、踊っている間に無くなってたりしたら怒り狂っちゃうだろうし。・・・・・それに何よりかなり恥ずかしいし・・・」
「・・・・・」
「魔王さま?」
愛想笑いでお断りしていたが、急に魔王さまが何も言わなくなってしまった。もしかして怒らせてしまったのだろうか、それとも断られたことがないから対処に困っているとか?いやいや、顔はイケメンであっても魔王さまはプレイボーイではないからそれはない。
それ以外の理由が見つからず不安げに魔王さまの顔を覗き見た。が、いつものへらへらした顔ではなく無表情だった。
「あーの・・・どうしたの?ごめん、私ダンスって苦手だし、魔王さまが近いのも耐えられそうにないし。だから」
「のばなちゃん」
「ひゃい!!って・・・・え?」
急に名前を呼ばれたため驚いた。しかも驚きはそれだけではなく、なんと魔王さまは私の手首を掴んでダンスの輪に入ろうとしていた。
「え?え?」
私が混乱している間にダンス集団の真ん中に到着していた。周りを見渡してみると仲良さげに踊っている、悪魔たちが。
その輪に二人して入ると、突然魔王さまが目の前で跪いた。これには私も含め周りも驚いている。
「ちょっ!?魔王さまっ」
そして混乱する私の手を取りこう言った。
「私と踊っていただけませんか?姫」
会場一帯が静かになった気がする。いや、本当は音楽も鳴っているし周りもにぎやかなのだけど、何故か私の周りだけ時が止まっている気がした。
呆然として目の前を見つめた。そこに居たのはいつものヘタレた魔王さまではなく、大人な顔つきをした男の人だった。
その魔王さまは恭しく私の手を取り、静かに返事を待っている。
「あ・・・・・あの・・」
どうしよう、ものすごく恥ずかしい。何を言ったらいいのかわからない。いつものように『なんでやねーん』とツッコめるような状況ではないのは私でもわかる。それほどに今の魔王さまの顔は真剣だった。
何故こんなにもドキドキするのだろう。周りにこんな男の人など居なかったからなのかもしれない。
それか、こんなことをされたことがないから寒すぎて体が拒否反応を起こしているのかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない。だって手が震えだしているし。
「うう、うん。うん。きっとそうだ・・・」
「うん?それって良いってことなのかな?」
「へ?」
いつの間にか声に出していたらしい私の言葉をオーケーだと勘違いした魔王さま。嬉しそうに立ち上がると、腰に手を当てて密着してきた。
「いぃぃ、いや、ちがうっ」
「さ、踊ろうのばなちゃん。大丈夫、きっと踊り出すと楽しくなってくるよ」
人の話を聞く気がない魔王さまは、私の言い分を無視して勝手に足を踏み出していた。
魔王さまが動いているため、私の体も勝手に動きだした。それにぶすくれながら上を見上げると、魔王さまの顔が間近にあった。
また心臓がドキドキしている気がする。
しかし、顔つきはいつもののほほんとした魔王さまに戻っていたため、何故かホッとしている自分がいた。やはり先ほどのドキドキは体の拒否反応だったのだろう。
「ははっ楽しいね、のばなちゃん」
煌びやかなホールに幻想的な音楽。
目の前には暖かな笑顔を向けてくる男性。そして足元には・・・・・・・鈍い痛み。
「そうだね。魔王さまが私の足を踏んでなかったらもっと楽しかったんだろうけどね~」
「わあ!?ごめんね~っ」