イベントを覗き見ました
音楽聴きながら書くと執筆速度が上がります。
―――・・だからって・・・こと・・・
―――て・・おれ・・・・だと・・・
聞こえてきた声は距離が離れているせいか若干聞き取り辛いが片方は紫苑の声だ。その声はなんだか怒っているようにも聞こえる。
俺と及川は顔を見合わせた。
紫苑は活発だが意味もなく声を張り上げたりはしない。何かあったのだろうか?
「行ってみる?」
「そうだな。 あいつが声を張り上げるなんて珍しい」
及川と共に紫苑の声がした方へ向かうと徐々に声が大きくなってくる。
てかうるせえ。ここ図書館だぞ。静かにしろよ。
「誰かと言い争ってるみたいだ」
「まわりの人の迷惑になるからやめてもらわないと」
そして読書スペースが見えてきたところで紫苑を見つけた。
「お、いたな。 紫苑・・・と誰だ?」
紫苑の前にはいかにも我の強そうな大柄な男が立っていた。
どうやらあの男と紫苑は言い争っているらしい。
紫苑のやつ・・・我の強そうな奴とは真っ正面から言い争わず少し距離おいて嘲笑ったほうがいいって教えたのにまったく実践できてないな。
よく考えたら紫苑にそんな器用なことできるわけありませんよね。
「もしかしてあの人・・・生徒会長かも」
「生徒会長?」
まさか、と思い紫苑の目の前の男をよく観察する。
赤毛と特徴的な三つ編み。リーダーというよりガキ大将という言葉が似合いそうな顔・・・。
はい、どうみても攻略対象です。本当にありがとうございました。
たしか『赤海太陽』だったか。
このキャラに関しては俺も関わる気があまり起きない。
なにせ『赤海太陽』はゲームのファンの間でも信者とアンチにバッサリ分かれたキャラだからだ。
理事長の孫であり現生徒会長。これだけを見れば真面目そうな熱血生徒会長だと思えるが実際には違う。
『物語』初期の『赤海太陽』ははっきり言って問題児である。
理事長の孫という立場とそれを利用してなった生徒会長という地位に増長して好き勝手やっているのだ。
一応人を惹き付けるカリスマはあるのだがいかんせん空気読めない上に性格は俺様であり、まず人に好かれる要素がない。
そんな彼も紫苑と出会い徐々に改心していき最終的には紫苑に相応しい人間になるために不器用ながらも努力し一歩一歩進んでいく、というキャラになるのだがそれまでが辛い。
ぶっちゃけ初期のどこぞのかませみたいなキャラのせいで我が妹でさえ「一度でいいからこいつの鳩尾に抉り込むように掌底をぶちかましたい」と漏らすほどのウザさを誇っていたのだ。
ちなみにそのあまりのウザさに「製作途中にスタッフになんか嫌なことがあったんじゃね」説が囁かれていた。
真偽は不明である。
その俺的に友達になりたくないランキング『知り合いになるのもちょっと・・・』部門堂々第一位の男が紫苑の前にいる。
察するにこれも『イベント』なのだろうが何故よりによって第三者がいる時に起こるのだろうか。
基本的に『黒田純』以外の攻略対象との最初のイベントは紫苑と攻略対象が一対一の状況で起こる。
おそらくは紫苑と攻略対象双方がお互いを意識するきっかけになると同時にプレイヤーにそのキャラの印象を強く植えつけるためだろう。
つまりここで及川や俺が乱入すれば『イベント』が狂う可能性があるのだ。
いや青葉先輩という盛大にミスった前例があるんですけどね。
あ、あれはフォロー可能だし、というかフォローしたからそこまで問題はない・・・はず。
でも『赤海太陽』は違う。
キャラ的に俺がフォローできるような奴じゃないし、そもそも必要以上にお近づきになりたくない。
ついでに言えば『物語』では『赤海太陽』と『黒田純』に接点なんて欠片もないから知り合う必要はない。
と、まあ色々理由を並べて関わらないための言い訳をしてるわけなのですが・・・。
「はぁ!? もう一度言ってみろよ!」
「何度でも言わせてもらいますよ! 生徒会長なのに好き勝手してるのはどうかと思います!」
人として止めなきゃ駄目かな?これ・・・。
「てめえ・・・この俺様に指図するってのか!」
リアルで自分のことを俺様っていう人を見たのはは前世含めてあなたが初めてです。
「指図とかじゃなくて人としてどうかと思うって言ってるんです! 頭悪いんじゃないですか!?」
紫苑さんご意見が厳しいです。てか原作より口悪くなってない?
「・・・流石に止めるべきか?」
判断がつかないため隣の及川に意見を求めてみる。
求めといてアレだけどGOサイン出されたら泣くかもしれない。
「や、やめといたほうがいいよ? 紫苑のことも心配だけど黒田君も目をつけられちゃうよ・・・」
だが及川は最悪の言葉を口にしなかったばかりか心の中で神風特攻隊の気持ちになって覚悟を決めていた俺の袖を引いて止めてくれた。
及川の優しさに俺の好感度が天井知らず。もう結婚してください。
だが冗談ばかりも言ってられない。
紫苑と生徒会長の言い争いはさらにヒートアップしてきていて生徒会長なんかは今にも殴りかかりそうだ。
というか相手が男だったら殴ってたんじゃないか?
「今の生徒会長ってすごく評判悪いの。 なんでも見ていただけでいちゃもん付けられた人もいるらしいし・・・殴られた人もいるって・・・」
それ生徒会長じゃなくて不良や。
やっぱり知識があるのと実際に見たり聞いたりするのじゃ印象が違うな。主に悪い方に。
「なら見つかるだけでもめんどくさそうだ。 こっちへ」
「あっ・・・」
及川の手を掴むと近くの本棚の影に隠れた。
ここなら本の隙間から一方的に様子を窺うことができる。
そして万が一生徒会長が紫苑に暴力を振るおうとしたらすぐに飛び出せるポジション。
流石に『物語』のために紫苑を犠牲にする気などないのだ。いやまあ『物語』だと暴力描写なかったから大丈夫だとは思うけどね。
「あ、あの・・・黒田くん?」
「ん? なんだ?」
「その・・・手・・・」
手?
視線を下げるとそこには及川の手を掴んだままの俺の手。
「・・・あ。 す、すまない」
咄嗟に手を離して冷静さを装ってみたが頭の中は軽くパニックである。
ていうかなにやってんだ俺!
『イベント』に気をとられていたとはいえなんてことを!
微妙に気まずい雰囲気になりつつも気を取り直して紫苑と生徒会長の方に意識を戻す。
二人はなんか未だに言い争いを続けている。双方疲れ始めてるみたいだがまだ言い争いが終わる気配はない。
というかここまでくるともはやただ単に終わらせるタイミングがわからなくなってるだけじゃね?って思えてくる。
「生意気なやつだな! 俺様はこの学園の理事長の孫だぞ」
「それがどうしたって言うのよ!? 私は生徒会長と話してるの! 理事長先生なんて関係ないわ!」
やだ、紫苑カッコイイ。
でも敬語がいつの間にかに取れてるあたり完全に頭に血が昇ってるな。
生徒会長の方はそんな紫苑のオーラに押され始めていてなんだか小物臭が漂ってきている。
それでいいのか乙女ゲームの攻略対象。
「紫苑が優勢か」
「すごいなぁ紫苑・・・私もあれくらいはっきり喋れたら・・・」
これが所謂主人公補正というやつなのか。なんだか紫苑が輝いて見える。
それと及川は今のままのあなたでいてください。
「チッ! おい、お前の名前はなんだ」
「名前なんて聞いてどうするつもり?」
「いいから答えろよ」
「紫苑。 私は高倉紫苑よ」
「俺は赤海太陽だ。 いいか紫苑! いつかお前を俺の前にひざまずかしてやる! それまで首洗って待ってやがれ!」
そう捨て台詞を吐くと生徒会長は足早にその場を去っていった。
去るときにこっちに近づいてきたので慌てて隠れたが見つからなかったようだ。
「紫苑、大丈夫だった?」
生徒会長が通り過ぎたことを確認すると及川が真っ先に紫苑に駆け寄った。
俺もその後についていく。
「あ、美羽。 いたんだ」
「いたんだ、じゃないでしょ!? 怒鳴り声が聞こえたから来てみれば紫苑と生徒会長が言い争ってるんだもの。 びっくりしたわ」
「近くに来てたなら声かけてくれても・・・」
「あの言い争いに割って入れっていうのは酷だろ」
何気に難易度高い要求をしている紫苑に俺も声をかけた。
「純もいたんだ。 でもそれって酷くない?」
「口論で男が女に勝てる道理なんてないだろ? それに万が一暴力沙汰になるようだったら割り込むつもりだったしな」
「もう!」
多少とはいえ怒っているポーズをとっているということはやはり生徒会長とのやり取りは気持ちのよいものではなかったらしい。
ここはご機嫌取りをしておくか。
「詫びにデザート奢ってやるからそう怒るな」
「ほんと!?」
ちょろい。
とはいえ紫苑は甘味ならいくらでも食うので今財布に入っている分は犠牲になることを覚悟しとかなければならない。
だがこういう時に備えて俺は財布に二日分の金しか入れてないので被害は最小限におさえられるのだ。
「じゃあ購買行こう! ほら、美羽も行こっ!」
「私、今そんなにお金持ってないよ?」
「大丈夫大丈夫! 純に奢らせるから!」
「ええっ!?」
おい待てや。
そんなわけで購買に来たのだが一つ言わせてもらおう。
―――まだ半額セール続いててよかった・・・。
結局及川にも奢ることになったのだが及川は両手一杯にデザートを買い漁った紫苑と違ってプリンを一つ買うだけで済ませてくれた。
あなたはどれだけ俺の好感度を上げれば気が済むんですか?
そして紫苑は自重しろ。
なんで半額セールなのにお会計が2000円越えてんだよ。
「ん~っ、おいしっ! 嫌なことがあった後はやっぱり甘いものよね!」
目の前の大量のデザートを紫苑が満面の笑みを浮かべて消費していく。
夕飯前だというのによく食うなこいつ。
それでなお夕飯もしっかり食う気でいるのだから『女性には別腹は存在する』という話が眉唾物では無い気がしてくる。
「相変わらずバカ食いしやがって・・・こっちの財布のことも配慮しろよ」
「む、むしろなんであんなに食べれるの?」
紫苑の食いっぷりに及川が若干引いていた。
そんな及川はプリンをちびちびと食べている。なんだこの差は?
女子力二桁ぐらい差があるんじゃないか?
「紫苑大丈夫なの? ・・・その、体重とか」
「大丈夫だよ。 私太りにくい体質だしね!」
実際には紫苑は太りにくいというより太らないと言ったほうが正しい。
生来の甘い物好きで昔から甘いものばかり食べているが体型が崩れたことは一度もない。チートか。
しかも別に消化器官に問題があるわけではなく、ただ肉が付きにくいというだけらしい。
もしくは栄養が全部胸に行ってるかだ。
「・・・ず、ずるい!」
「えー、でも美羽だって腰とか細いじゃない。 うらやましいよ。 ね、純」
「俺に話振るなよ」
正直よくわからんし、男に振る話題でもないだろ。
それから夕飯までの時間、デザートを食べ続ける紫苑を及川と眺めながら過ごすのだった。
■赤海太陽 あかうみ たいよう
とある乙女ゲームの主要キャラ。
『物語』初期はかませ。それが原因でファンの間では『ねーよ』派と『いやこれはこれで有かもしれん』派の二つに分かれ争いが起こった。
髪型は少し長めの髪を三つ編みにしている。
■黒田純 くろだ じゅん
財布の中身が壊滅した。
■高倉紫苑 たかくら しおん
スタイルは平均以上だったりする。
■及川美羽 おいかわ みう
黒田のフラグを立てた。
■黄野大介 きの だいすけ
致命的に間が悪い。




