お菓子を作りましょう
最近暑いですね。
この暑さでぐったりしがちですがそれでも頑張りたいと思います。
6月。
この時期はいわゆる梅雨である。
そのため雨が多くなるので運動部の黄野にとっては憂鬱な時期であろう。
しかしながら俺にとってはまったくの逆。
雨が降っているということは部屋に引きこもって本を読んでいても何も言われないということだ。
これを気にもう一度及川おすすめの本を読み返してみようと思う。
読書というものは二度、三度繰り返し読んでこそより楽しめるものなのだと俺は思っている。
まず一度目はまっさらな気持ちで先の見えぬ展開を楽しむ。
二度目はどの描写がのちの伏線となっていたのかを探しながら物語を楽しむ。
三度目は本筋にかかわりのない些細な描写を楽しむ。
最低でもそれだけ楽しめるのだ。
読書中毒者の手にかかれば6,7回は軽く読める。特に気に入った作品ならばそれ以上の回数楽しめる。
読書とはかめばかむほど楽しめるスルメのようなものであるのだ。
そして今日は休日で生徒会の仕事もない。
そういうわけで今日はぐったり本でも読もうと思っていたのだがその目論みはまたしても阻まれることとなった。
「純! お願いがあるんだけど!」
「・・・なんだ?」
最近俺読書しようとするたびに阻止されてるんだけど。どういうことなの?
「久しぶりにお菓子作ってくれない?」
「そりゃまた久しぶりだな。 いったいどうしたんだ?」
「あはは・・・最近お小遣いの減りが激しくて・・・」
ああ・・・お前甘いものやたら食うもんな。
もう半額セールはやってないし、出費が嵩むなそら。
原材料買ってお菓子作ったほうが安上がりになるから頼みに来たのだろう。
「ったく、これから及川から借りた本でも読もうと思っていたのに・・・」
「・・・なんか最近純って美羽と仲良いよねー」
「そりゃ同じ読書趣味持ちだからな」
地味に読書好きな人って少ないんだよな。
書類の趣味の欄に読書って書く人もただ本をよく読むだけで内容について語れるような人は驚くほど少ないのだ。
なお、求めるハードルが高すぎるのでは?という疑問は受け付けてない。
「ふーん・・・そうなんだ」
なんだというのだろうか。
「まあいいや! とにかくお菓子作りの件よろしくね!」
「いやお前も手伝えよ。 それにその前にまずやるべきことがある」
「それって?」
おいおい、なんの準備もなしにできるわけがないだろう。そこはわかれよ。
「買い物だ」
そして午後、家庭科室には4人の生徒の姿があった。
まずは紫苑。
今回のコレの発案者である。
ちなみに発言こそ他力本願気味だったがちゃんとお菓子作りは出来たりする。
次に及川。
なんでも多少お菓子作りの心得があるらしいので今回参加する運びとなった。
続いて小鳥遊先輩。
相変わらず緑川先輩にプレゼントするためのお菓子作りの練習を続けていたので声をかけてみたのだ。
そして最後に俺だ。
しかしある程度予想してたけど男の参加者が俺しかいないな。
一応全員に声かけたんだが生徒会の男衆は誰一人として参加しなかった。
うーん、やっぱり男が料理、というかお菓子作りができるというの珍しいのだろうか。
なお、このメンバーに共通する特徴としてみんなお菓子作りは出来ても(一人除く)料理ができないことがあげられる。なんでや。
なんでみんなそんな似たり寄ったりな実力しかないのだろうか。
ちなみにお菓子作りの腕は俺、紫苑、及川、小鳥遊先輩の順で実力がある。
これはこの場におけるカースト制度としても表すことが出来る。
しかしながら実をいうと俺と紫苑はお菓子作りだけでなく一応料理も作れる。
なぜ作れないと言ったのかというと俺と紫苑共同ならばという条件があるからだ。
単独でやると何故かうまく出来ないのである。
紫苑は持ち前のうっかりで砂糖と小麦粉を間違えたあたりで、俺はビーフシチューを作ろうとして何故かボルシチができたあたりで単独で料理をするのは諦めた。
つか紫苑のミスについてはわかるが俺がどこでミスしてああなったのかがよくわからない。
一番現実的である疑惑はレシピそのものを間違えていたのではという説である。
「たまにはこういうので集まるのも悪くないわね」
そう言って笑う及川は本当に楽しそうだ。
部活を設立したりと妙にアクティブなところがある及川もなんやかんやでおとなしい性格なのでこんな風にみんなでお菓子作りなんて経験はなかったのだろう。
「それで黒田さん、本日は何を作るんですの?」
小鳥遊先輩もやる気満々だ。
最初連れてきた時は知らない人が二人もいるということでオロオロしてたっぽいが紫苑や及川と自己紹介を済ませてからはすぐに仲良くなったらしい。
うむ、善きかな善きかな。
実をいうと今回小鳥遊先輩を誘った理由は彼女のお菓子作りの腕を見るほかにも紫苑と仲良くさせるためだったりする。
いやどうやら紫苑ってばいまいち緑川先輩との関わりが薄いみたいでね。
それだったらいっそのこと小鳥遊先輩と引き合わせてみようと思ったのだ。
まあ、ぶっちゃけファンクラブ対策である。味方は多いほうがいいしね。
「今日はアップルパイでも作ろうかと思ってます」
「パイ? 難しくないんですの?」
「パイシート使えば簡単にできますよ」
俺にパイを一から作れるような技術はない。
できたとしてもめんどくさいのでやらないと思うけども。
パイシートさえあればアップルパイを作るのは非常に容易なものとなるのだ。
材料はすべて午前中に買ってきてあるので準備は万端である。
用意したものはリンゴ、パイシート、砂糖、バター、卵黄。
たったこれだけの材料で作れるので難易度的にはイージーだろう。誰かさんがうっかりをしないかぎりは。
その辺が不安だったので及川には紫苑のフォローを任せておく。
俺自身は小鳥遊先輩にかかりっきりになるだろうから妥当な判断だと思う。
そうすると必然的に二組に別れたのでそれぞれ俺と小鳥遊先輩で二個、紫苑と及川で一個作ることにした。
「ではお願いしますわ」
「はい。 じゃあまずはリンゴを切りましょうか」
小鳥遊先輩への見本としてリンゴをある程度細かく切っていく。
あんまり大きすぎても小さすぎても面倒なので大体三センチほどの大きさに切るのがベストだと俺は思っている。
それとここで注意するべきことは
「痛っ!」
・・・必要以上にリンゴの鉄分を豊富にしないことである。
早速本日一枚目の絆創膏が消費されたことを嘆きつつ作業を続ける。
というか包丁って初心者がおっかなびっくり扱う時は割りと怪我をしないものだけどある程度なれてくる頃が一番怪我をしやすいよね。
そう、紫苑。おまえのことだからな。気をつけやがりなさい。
三分の一切ったあたりで小鳥遊先輩に交代。
小鳥遊先輩は拙い手つきでリンゴを切っていくが危なっかしい手つきは見ていて非常にスリリングだ。
それでも紫苑のように手を切らない分マシか。
奴は危なげない手つきの割に突然負傷するので心臓に悪い。
さて、小鳥遊先輩がリンゴを切り終わったので次の段階に進もう。
「次は切ったリンゴを鍋に入れて煮ます」
「ええと、煮るなら水を・・・」
「必要ありませんよ。 水分ならリンゴに嫌ってほど含まれてますので」
さらに水なんて加えたら収拾がつかなくなる。
切ったリンゴを鍋に入れ、いっしょにバターと砂糖も投入してから火をかける。
これをかき混ぜながらリンゴが飴色になるまで煮込めばいい。
「ところで黒田さんは何故お菓子作りを?」
「昔から紫苑はたくさんお菓子を食べる奴でしたからね。 その消費量にうんざりした紫苑の母親が材料で買ってきたのがすべての始まりでした」
小学3年生ぐらいの時だったかな?
涙目でお菓子の材料を抱えている紫苑を見たときは何事かと思ったものだ。
しかもその挙げ句「お菓子作って」って頼み込んできたからな。
結局母の手助けを受けながらいっしょに作ってあげましたよ。
「それからですね。 たまに紫苑の母親がおやつに原材料買ってくるようになったのは」
「く、苦労されているのですね」
おい紫苑、ドン引きされてるじゃないか。
そんな話をしていたら紫苑たちのほうがどうなっているのか気になったので混ぜるのを小鳥遊先輩に任せて様子を見に行く。
紫苑たちもリンゴを煮込むところまで進んでおり及川が鍋をかき混ぜていた。
「順調か?」
「うん、今のところは大丈夫!」
「また紫苑が怪我しちゃわないかドキドキしたけどね」
つまりいつも通りということか。
「ところで黒田君・・・あれ大丈夫?」
「あれ?」
及川が指差した方をみると鍋を勢いよくかき混ぜる小鳥遊先輩の姿が!
はりきっているのは構わないのだがそのはりきりが少々空回ってる。
「小鳥遊先輩、勢いよく混ぜすぎです。 もっとゆっくり」
とりあえずリンゴを生クリーム作る勢いで混ぜるのはやめてください。
それじゃジャムのようななにかになってしまう。
「あら、これじゃいけませんの?」
「ゆっくりでお願いします」
こんな感じの些細なアクシデントがあったが特に問題なく鍋の中のリンゴは飴色になったので次の段階へ。
といっても次の段階とは冷めるまでリンゴを放置することである。
パイシートの解凍は終わっているのでそっちの下ごしらえを先にしておこう。
といってもパイシートに切れ目を入れるだけなので大したことではない。
しかしパイにこれ以上の鉄分の混入は頂けないので包丁で切れ目を入れるのは俺と及川でやってしまう。
あとは冷めたリンゴを生地に押し込み、オーブンで焼けば完成である。
おっと、表面に卵黄を塗っておくのも忘れてはいけない。
こうすることによりいい感じに照りがでるのだ。
そういうわけで最後にオーブンで焼く。
なんでも途中で温度を変えて焼くといいらしいので温度を変えて二度焼く。
ちなみにどこがどうよくなるのかは知らない。
でも一手間加えたのだからきっとなにかが変わっているのだと信じたい。
「よし、これで完成っと!」
焼きあがったパイをオーブンから取り出し皿にのせれば完成である。
てか匂いがすごいな。あとで換気しとかないと。
作り終わったのなら早速実食タイムである。
程よく焼きあがった生地の香ばしい匂いと煮詰めたリンゴの強い香りが食欲を刺激する。
味は甘さを控えておりくどくないのでいくらでも食べられる。
「ん! おいしーい!」
「自分の作ったものはなんだか普段食べてるものよりおいしく感じますわね」
料理ができることの最大のメリットは料理を自分好みの味で作れることだろう。
自分好みの味だから食が進みまくる。女性にとっては体重計が怖くなるような現象だ。
だというのに紫苑食いすぎだろう。女子力の低下が著しいからほどほどにしておきなさい。
お前が食いすぎるせいで余分に作って生徒会メンバーに配ろうと思っていたのにこれではどうも余りそうにない。
まあ材料費のほとんどを出したのは紫苑だから文句は言わないけど。
「またこのような機会があればぜひ参加させて欲しいですわ」
「ええ、声をかけますよ」
結局作ったアップルパイはその場で食べつくされることとなった。もちろん生徒会メンバーに配る分など残っていない。
まあ、小鳥遊先輩と紫苑を会わせるという当初の目標は果したのだし別にいいか。
黄野あたりが紫苑の手作りが食えなかったと嘆くにしても参加しなかったほうが悪いのだ。
さて次は誰の話にするかね?




