出だしは快調です
話の展開が速い?仕様です。
星原学園。
創立してまだそれほど経っていないのにもかかわらず進学校として名をはせる全寮制の学校だ。
広大な敷地内には様々な施設が建ち並び、その施設を最大限利用して部活動も盛んだ。「こんな土地どこにあったの?」と誰もが尋ねるような広さを誇るグラウンドでは放課後になると様々な運動部が練習に励んでいる。
すでに完璧ともいえる要素を取り揃えながらも未だ成長を続ける将来有望すぎる学園である。
無事入学式も終わりそれぞれの教室に案内された。俺のクラスは1-A。紫苑も同じクラスである。
ついでに言えば席は窓際の最後尾だった。うむ、かなりナイスな位置。
教室に着きしばらくすると周りの人たちが一人二人と自分の席の周りの人と喋りだした。それを皮切りに次々と教室が騒がしくなってくる。
黒板にはホームルーム開始が10時だと書かれているが現在の時刻は9時半。つまりこの時間を利用して周りの人と仲良くなっておけということだろう。
なかなか考えてある・・・と言いたいところだがこのやり方はボッチ属性の人には罰ゲームでしかないな。いや俺はボッチ違うけど。
だが今現在俺の前の席のクラスメートは他の人と喋り始めてるし、右隣の席にいたってはその席の主になるはずだった生徒が入学式中貧血になってぶっ倒れたため空っぽである。初日からなんという悲劇。
そのため俺は今暇である。つまるところボッチなのだ。別に泣いてない。
だがこれは大まかな『物語』を改めて確認するにはいい機会ではないだろうか。
そう、これはきっとこれから戦いにおもむく俺に神様が心の準備をする時間を与えてくれたのだ。やっぱり神様なんて嫌いだ。
この『物語』は主人公が星原学園へ入学するところから始まる。
それからたしか5月になるまでに主人公は攻略対象たちと出会っていく。ここまでが俗に言う共通ルートで選択肢とかも一切ない。
ここまではいい。問題はその後だ。
5月になると主人公に生徒会に入らないか?という誘いが来る。ここからが本編だと言ってもいいだろう。
この学園の生徒会は上級生のみで運営するのではなく各学年から選ばれた生徒が二人づつ、つまり六人で運営される。その選び方は単純。現生徒会のメンバーが有望そうな一年生を誘うのだ。
そしてお察しの通りその生徒会のメンバー達が攻略対象たちなのだが、ゲームでは二週目以降ここで生徒会に『入る』か『入らないか』という最初の選択肢がでる。
『入る』を選べば生徒会のメンバーとのラブストーリーが幕を開けるのであるが、もし生徒会に入らなかったとしてもそこで『物語』が終わるわけではない。
実を言うと『物語』では黒田純は生徒会には入らない。ぶっちゃけると一週目では攻略できないいわゆる隠しキャラなのである。
黒田純を攻略する方法は二週目以降に追加される生徒会に『入る』か『入らないか』という選択肢で『入らない』を選ぶことだ。
そうすることによって黒田純、およびサブキャラたちとの絡みが多いルートになる。あとは正規ルートと変わらない。目当てのキャラの好感度を上げていけばそのキャラとのEDを迎えられると言うわけだ。
つまり紫苑が生徒会に入りさえすれば黒田純のルートに入ることはない。なので俺の目標は『紫苑を生徒会に入らせる』こととなる。
それさえ達成できれば俺の勝利。ふふふ、俺は蚊帳の外から悠々と彼女達の恋愛模様を眺めることができるのである。
「なあお前、名前なんていうんだ?」
そんなことを考えてたら前の席の人が声をかけてきた。金髪を逆立てていること以外は見るからにスポーツマンらしい風貌の男だ。タンクトップとか似合いそう。
「黒田純。 君は?」
「俺は黄野大介! よろしくな、黒田!」
噴出しかけた。
この乙女ゲームの攻略対象は6人。それぞれが個性的で一見、というかどう見ても似ているところなど無いが唯一共通点がある。
それは全員苗字に色が入っていることだ。例えば俺の苗字の黒田のように赤、青、黄、緑、黒、白のどれかが入っている。
ついでに言えば名前に入っている色と髪の色が同じという特徴がある。ちなみに俺は黒だが、紫苑は髪の色が紫、ということはなく普通に茶髪である。
話を戻すが、黄野という名前。そして黄色だとも言えるであろう金髪。
つまり目の前の男は『物語』の登場人物であり攻略対象であるということだ。あれ?接触早過ぎないか?主人公より早く出会ってしまったんだが。
なんとか挨拶を返すと目の前の男、黄野は満面の笑みを浮かべていろいろ質問してきた。
「どこ中出身?」とか「なんでこの学校選んだんだ?」やらの割と適当に質問に答えながら考えを巡らせる。
たしか黄野は熱血系スポーツマンだったけか?これは見たまんまだな。
性格のほうも見た目どおり真っ直ぐな奴で好感度が上位二位以内に入っていた場合恋敵に対して真っ向から宣戦布告するイベントがあったはずだ。
それでいて主人公が他の男とくっついた場合も笑顔で祝福するというこのゲーム最大の良心だという逸話がある。
それなら仲良くなって損はない。むしろ他の根暗ボッチやドヤ顔眼鏡や俺様系KY(すべて純による偏見)に比べれば遥かにいい奴だ。
「黄野は何か部活入るのか?」
「へへっ、あったりまえだ! よし、ここで問題だ! 俺は何部に入るつもりでしょう?!」
「サッカー」
「即答っ!? しかも正解だし!」
すげー、と騒ぐ黄野を見てこいつとならうまくやっていけそうだと思う。
その時である。
「じゅーん! 暇だからなにか話そうよ!」
・・・いやなんで?
「紫苑、自分の席の周りの人と友好を深めたりしないのか?」
「もう済ませてきたよ? 心配しなくてもちゃーんと周りの人とは友達になれたんだから!」
「まだ時間はたんまりあるのに友達放置か」
「う・・・。 い、いーじゃん、私は純がさみしがってないかなーって思ってきたの」
お前たった今暇だからって言ってなかったか?
「それなら心配無用。 俺はたった今、前の席のクラスメートと親睦を深めていたところだからな」
そう言って黄野のほうをみると彼は紫苑を見つめたままフリーズしていた。
ほほう、これはもしかして・・・。ニヤリと笑みを浮かべる。
「紫苑、紹介しよう。 ついさっき友達になった黄野大介だ」
「ど、どうも! き、黄野大介っす!」
「黄野君だね? 私は高倉紫苑! これからよろしくね!」
「は、はい! 光栄っす!」
あれ?黄野ってそんなキャラだったっけか?そのキャラじゃ後輩キャラと間違われるぞ?
紫苑は明らかに様子おかしい黄野を尻目に「じゃあ邪魔しちゃなんだし私席戻るねー」と言うと自分の席に戻ってしまった。
後に残されたのはキャラ崩壊した黄野。黄野は紫苑が去ると俺の机に突っ伏した。おい、邪魔だどけ。
「なあ、黒田・・・」
「なんだ」
黄野が顔を上げる。その顔は赤い。まさかほんとに一目惚れするとは・・・。
『物語』でもたしか一目惚れから始まって、紫苑の内面を知っていくうちに心の底から本気で惚れるんだったよな、たしか。
「お前はいいよなぁ・・・あんな可愛い恋人がいて・・・」
「何を勘違いしてるのかは知らんが紫苑はただの幼馴染だぞ?」
「マジか!? じゃあ俺にもチャンスはあるってことか!?」
「それは知らん」
その後ホームルームが始まるまでの時間いっぱいまで紫苑に関する質問をされたのでプライバシーに触れない範囲で答えた。
とりあえず本当にフラグ立ったか確かめたかったので「惚れたのか?」と聞いたら真っ赤な顔で「うるせー!」と怒られた。何故だ。
それから特に変なイベントも起こる事無くホームルームも終わったので、黄野と一緒に寮へ向かう。
寮は当然のことながら男性、女性に分かれており許可なく寮を行き来することは禁じられている。
その代わり、男性寮と女性寮の間に大きめの食堂があり、ここで朝食、夕食を取るほかにも男女間での交流が行えるようになっているのだ。
「部屋一緒だといいな!」
「確かにお前となら退屈はしなさそうだな」
俺たちが今向かっているのは部屋割りが書かれた掲示板がある大広間である。
そこは普段は憩いの場所として開放されているらしく部屋に篭るよりもここで友人との雑談に興じる学生が多いのだそうだ。
掲示板の前に着いた俺たちは二手に分かれて自分達の名前を探すことにした。黄野が右側から、俺が左側からだ。
黄野の名前はすぐに見つかった。残念ながらルームメイトにはなれなかったが話したいことがあるなら部屋を訪ねるか大広間に行けばいいのだから特に問題はない。
その後すぐに黄野が俺の名前を見つけたのだがどういうわけか、俺にはルームメイトがいなかった。
そういえば『物語』でも黒田純は一人部屋だった気がする。あー、ルームメイトとか楽しみにしてただけに残念だ。
「そんな気を落とすなよ。 俺も荷解き終わったら遊びに行くからさ」
「・・・ありがとよ」
慰めてくれた黄野と別れ、自分に割り振られた部屋に向かう。
俺の部屋は二階の一番端っこの部屋だった。部屋の中に入るとすでに俺の荷物が運び込まれていたがここは元々二人部屋。そのため俺の荷物があることを踏まえても部屋はガランとしていた。
今日必要になる物とお気に入りの本を何冊か荷物から出すと残りは明日にまわすことにして部屋の反対側に荷物を寄せた。
明日、明後日は学校は休み。その間に荷物を解いてしまえということなのだろう。なので今やる必要はないのだ。
部屋に備え付けのベッドにダイブする。思ったよりもベッドはふかふかでなんだか得した気分になった。
しばらくは本をパラパラと読んでいたがふと、この『物語』の終わりについて考えた。
この『物語』の終わりの数は多い。バッドEDがないのが救いだがメインキャラとのEDのほかにもサブキャラとの友情EDもある。
正直言うと俺もすべてのEDを把握しているわけではない。ただ確実なのは『物語』の期間は最大で一年だということだ。
なぜ最大でなのかというと夏休み中のイベントでルートが確定するからだ。
サブキャラEDならすぐに終わる。メインキャラと違ってシリアスなイベントもなく一番胃にやさしいルートだ。
だがリスクがでかい。この場合俺にとってのリスクだが。
サブキャラEDを迎えるには紫苑が生徒会に『入らない』ことが第一条件である。
そう、これは俺こと『黒田純』の攻略条件と見事に被っているのだ。なのでできれば避けたい。
「やはり黄野か?」
誰に聞かせるでもなく呟く。
あれほどの好青年は探してもなかなかいないだろう。すでに紫苑に惚れているようだし彼なら紫苑を幸せにできるはずだ。
いや、まだ他の4人の攻略対象とはまだ会ってすらいないのだ。結論を急ぐ必要はない。
それに本来これは俺ではなく紫苑の問題だ。俺がいくら誰かを推そうが最終的に決めるのは紫苑なのだからそこまで難しく考えることはない。
第一そのことばかりを考えてせっかくの青春を楽しめないのはいやだ。黄野という良き友人を得られたのだし『物語』のこととかそういう考えは関係なしに仲良くなりたい。
―――とにかくだ。
まず第一に優先するのは自分自身のこと。そして要所要所で幼馴染のフォローをしていけばいい。
やるのはそれだけだ。あまり首を突っ込むのも良くないだろうし、下手をすればイベントに巻き込まれる可能性だってある。
そんなことを考えているとノックの音と黄野の声が聞こえた。
窓を見ればすでに暗くなり始めている。どうやら夕飯の時間らしい。
ベッドから立ち上がり決意を新たにしてドアを開ける。
そう、俺は幼馴染達が繰り広げる恋物語を片隅で眺めながらお茶でも飲んでいるのが一番良いのだ。
簡易キャラ紹介
■黒田純
とある乙女ゲームの主要キャラの一人。
転生者。『物語』に対してはあくまで本筋には関わらない傍観者であることを望んでいる。
髪型は黒髪のボサボサ頭。
■高倉紫苑
とある乙女ゲームの主人公。
少し強気で活発な性格の美少女。
髪型は茶髪のセミロング。
■黄野大介
とある乙女ゲームの主要キャラの一人。
熱血系スポーツマンで竹を割ったような性格をしている。
髪型は金髪を軽く逆立てている。