3-2
「水野梓はいるかぁぁぁっ」
怒号。
わたしは声のする方を慌てて振り返った。
―――そんな大声で呼ばれてしまうようなことをしたっけ?
思わず自分に問う。……でも、そんなことしているはずがない。まだ入学して3日だ。小学校のころは男子とけんかして泣かせたこともあったけれど、入学してからはまだ誰かに危害を加えるようなことはしていない。
立っていたのは、多分校則破りの茶髪をした男子生徒。いかにも『不良』しているお兄さんだ。
「大翔ォ。うるさいぞ。一年がおびえる」
「るせっ。水野梓がてめえのところにいるって聞いたぞ! 出せやコラァ」
松本良平になぐりかかりそうな勢いでその不良は言う。乱れた服装のわりにちゃんとネームプレートを胸につけている。ネームプレートには、『朝霞大翔』とあった。
「あ……あの……、水野梓はわたしですけど」
おずおずと手を挙げて言うと、朝霞はずんずんとこちらに歩いてきた。わたしより1、20センチメートル高い長身で、思いきりわたしを見下ろす朝霞。……いや、見下ろすというよりは見下されている感がある。
「おぅ、お前か。ちょっとついてこい」
「……な……何ですか?」
わたしは思わず後ずさる。――かなり怖い。
「朝霞ぁぁぁっここで会ったが百年目だぁっ!!」
波先輩が突然、手近にあった机を投げつける。机の中の教科書がおちた。
可哀想に、誰の机だろう……なんて、それどころじゃない。
波先輩が机を投げつけた相手はもちろん朝霞大翔だ。ということは、朝霞のすぐ隣に立つわたしも危険というわけだ。
「きゃあっ」
思わず目を閉じる。でも、机はわたしまで届かなかった。かわりにバーン、ガシャーンッと派手な音が響く。
恐る恐る目を開けると、教室の窓に突き刺さった机が目に入る。朝霞が蹴り飛ばしたらしい。
「サッカー部のキック力なめんなよ、川中ァ。てめえうざい。消えろ。死ね」
突然机を投げつける波先輩も波先輩だけど、朝霞も朝霞だ。窓ガラスをどうするのだろう。いやそれよりも、わたしの存在をまるきり無視してけんかするのはやめてほしい。心臓ではまだ大太鼓が鳴っていた。
「あーもう、仕事増えた。オレは責任持たんぞ。レンにはお前らで説明しろい」
松本良平がさじを投げる。美紀先輩は松本良平に従うようだ。
「いや、今のは全面的に川中が悪いだろ。つーことで水野梓は借りてくぞ」
「なっ、そんな、勝手に……!」
わたしが言ったけれど、朝霞は聞く耳持たない。わたしの腕を引っ張って歩き出した。
「水野ォーこの子はこっちで預かっておくぞ」
松本良平が手を振る。真唯ちゃんは何故か笑顔で松本良平を見つめている。
いい気なものだ。
わたしは朝霞大翔に腕を掴まれたままどこかに連行されていくというのに。
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