3-1
―――3―――
「やっちまったぁ……」
返ってきたテストの回答を見て、わたしは硬直した。
100点、97点、99点、100点、97点。
自分のものとは思えない点数に心臓が早鐘をうつ。
何なんだ、この超人的な点数は?
「あずぅー。どうだった?」
「あ……うん。結構よかったかな? 真唯ちゃんは? どうだった?」
「うーん。まぁ思ったほど悪かなかったけどね。それにしてもヤバイわ」
溜め息をつく真唯ちゃん。わたしは持っていた答案を裏返して、机の中に突っ込む。隠すことでもないような気がするけれど、反射的に体が動いてしまった。
「ねぇ、今日派閥体験行かない? 良平先輩も、最初は派閥に入ってた方がいいって言ってたじゃん?」
良平先輩、だって。いい子だなあ、真唯ちゃんは。松本良平のことをきちんと名前で呼んでやっているんだ。
わたしは胸中で呟きながら、松本良平の顔を思い浮かべた。苦手なタイプではないけれど、どうにも好きになれない性格なのだ。
松本良平の派閥には入らないぞと強く誓う。
「真唯ちゃんは、どこか行きたい派閥とかあるの?」
問うと、真唯ちゃんは少し恥ずかしそうに目をふせた。
「うん。……良平先輩のとこ、行ってもいいかな?」
―――……マジですか。
わたしは自分の顔が引きつるのを感じた。
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二年三組。
敵は間違いなくこの中にいる。一瞬の隙が命取りになる、過酷な試練になるだろう。何としてでも、生き延びねばならない。
―――なんて。わたしは心なしか嬉しそうな真唯ちゃんを見ながら息をついた。
松本良平の態度が気に入らなかったからと言って、毛嫌するほどでもないのだ。あちらが、わたしに害意を抱いているわけでもない。きっと、周りが知らない人ばかりだから、ちょっとばっかし過敏になっているに違いない。
「失礼しまーす」
教室の中には、十数人の生徒がいた。昼休みだというせいもあってか、その人たちは学年関係なく楽しそうに会話している。
「おー、体験者だ!」
そう言って男子生徒がこちらに歩いてくる。わたしは真唯ちゃんと顔を見合わせた。なぜって、その生徒は松本良平の部下の、『波』と呼ばれていた人だったから。
「あれ? 君たち一年五組の子だよね?」
『波』がわたしと真唯ちゃんの顔を見比べて言う。
「あ、はい」
「わぁー来てくれたんだぁ。ありがとう!」
『波』は笑顔になる。何だか、可愛い人だ。
「御家老ーっ。一年五組の人きたよー」
『波』は黒板の前にいる女子のグループに手を振った。女子生徒の一人がこちらに歩いてくる。
「御家老?」
わたしと真唯ちゃんは顔を見合わせた。分かる? と目で問いかけられる。わたしは首を横に振った。
「あぁ、御家老ってのは派閥の中で二番目に偉い人を言うんだ。うちの御家老は、北篠美紀。ちなみにオレは、勉学主席の川中波。派閥の中でいちばん頭いいんだぜ」
言うと、波先輩は御家老を振り返り、
「ねーっ」と同意を求めた。
「ええっと、水野さんと……」
御家老は波先輩の言葉をすっきり無視して、わたしと真唯ちゃんを見比べる。
「西城真唯です」
真唯ちゃんが応える。
「水野さんと西城さん、ようこそ。――今、殿は会議に行っていていないんだけど……すぐ戻ってくると思うよ。中に入って待ってる?」
美紀先輩が微笑む。わたしと真唯ちゃんは素直に頷いた。
「おっ、水野梓! 体験に来てたのか」
その時廊下の向こう側から声がする。見ると、そこに立っていたのは紛れもなく―――松本良平だった。真唯ちゃんが笑顔になったのに対し、わたしは思わず後ずさる。
「殿、お帰りなさいませ」
「良平ー、会議どうだったぁー?」
会釈する美紀先輩と、手を振る波先輩。『殿』だからといって、必ずしも礼儀正しくしなくてはならないわけではないようだ。
「おう。波を勉学主席から引きずり落とすやつが出るかもしれん」
松本良平は不敵に笑いながら言った。
「まっさかぁ。オレを引きずり下ろせるのは常にテストで480以上取ってるやつだけだよ? うちの学年には、480以上取ったことあるやつなんてオレしかいないじゃん?」
「一年にいるんだよ。―――なぁ、天才少女」
松本良平がわたしの方を見て笑う。波先輩と真唯ちゃんが驚愕の声を上げて振り返った。美紀先輩は拍手している。
わたしは―――頭の中が真っ白になった。突然話を振ってきた松本良平は、わたしの点数を知っているのだろうか? 誰にも言ってないのに? と、言うか知っているはずがない。松本良平は変なやつだけれど、超能力者ではないんだから。
わたしは自分で自分に言い聞かせた。
「……そう、なんですか? しりませんでした」
しらばっくれてやる。
松本良平は一瞬きょとんとしたけれど、すぐに笑顔になった。
「それならば教えてしんぜよう。今回493点を取った者の名を!」
「493!?」
波先輩と真唯ちゃんがすっとんきょうな声を揃える。この二人、相性ぴったりみたいだ。でも、わたしはそれどころじゃない。松本良平は、わたしの点数を本当に知っているようだ。わたしはまた、頭の中が真っ白になる。
「そいつは、み――――」
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