第2週 5-1
―――5―――
「失礼します」
軽い会釈だけをして生徒会室に入ると、其処にいたのは生徒会長・春日井廉士ただ一人だった。彼は窓枠に腰をかけ、中学生の、それも男子とは思えないほどの優雅さを全身から醸し出して読書をしている。
いい気なもんだと心中で皮肉を言うことも忘れ、見惚れてしまった。
「どうしたの? 入ってきていいよ」
優しい声音で促した彼は、自身も窓枠から離れ、机の上に置いてあった紙袋を手にこちらへ近づいてきた。
思わずあとずさってしまったことを気にもかけずに春日井はその紙袋を私の目の前に差し出すと、笑みを見せた。
「あの……?」
「生徒会室の前に落し物を入れる箱があるのは知っている? そこに入っていたんだよ」
彼の言葉、袋の中を見れば、征辰の制服が入っている。慌てて取り出したブレザーの右胸には、
「1年5組 水野梓」の文字が刻まれた、ネームプレートがついていた。
「ずいぶんと大きな落し物だね?」
「あ、あの、有り難うございますっ」
「礼なら僕ではなくて拾ってくれた人に。―――と言っても、それが誰なのかが分からないのだけどね」
肩をすくめてみせる春日井は、思っていたよりずっと親しみやすく『いい人』なのかもしれない。
「そういえば、リボンだけど」
「はい?」
「リボンだけ、一緒に入っていなかったんだ。無いと不便だろうから、生徒会室にあったのを入れておいたよ。……役員用のだから一般生徒のものとは色が違ってしまうけれど、我慢してね」
この学校では生徒会役員、つまり武将達はそれぞれ青いネクタイとリボンをつけることになっているようだ。ちなみに一般生徒はえんじである。
後々リボンが見つかるとも思えず、ゲームに参加していると見られるのも癪だったけれど、そうも言っていられない。
「リボンが見つかり次第必ずお返しします」
「返さなくても良いよ。それ、在庫だし」
にこりと笑まれるが、はいそうですかと聞くわけにもいくまい。いかにもクセのありそうな武将たちを抑えて、生徒会長の座に君臨している男だ。きっとこの柔らかスマイルの下では色々と悪どいことを考えているに違いない。
私は丁重にお断りして、生徒会室を出ようと会釈をした。
「ねえ、梓ちゃん」
「はい?」
「君は体育祭、何に出るの?」
「障害物競走、ですけど」
「何レース目?」
「3レース目、だったと思いますけど……。それが何か?」
突拍子もない質問に首を傾げると、何でもないよと爽やかに答え、春日井は私に手を差し出した。
「頑張ってね。応援しているよ」
つられて握手を交わすと、春日井はこれまで以上の笑顔になる。その無敵スマイルと彼の手のひんやりとした感触に思わず赤面してしまったのを誤魔化すように、私も曖昧にはにかんだ。
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