第21話 セイラム・ダンジョンの内部へ
――そうした犠牲に護られて、一行は〈セイラム・ダンジョン〉に到着した。
「〈セイラム・ダンジョン〉……」
一同は、その場に一旦馬を停止させる。
訓練所跡地なんていうが、そこは丘の上から見たときから変わらず何もなく、代わりに五メェトは超える巨大なオブジェがたたずんでいた。そこにまるで大口を開けるように、仄暗い虚空がぽっかり空いている。見ようによれば、そのオブジェは開口する魔獣の頭部のようでもあった。
これがダンジョン――――そして、入口と見て間違いないだろう。
残った護衛パーティーはロイド氏と、副リーダーのダリル・シェード氏のふたりのみ。攻略パーティーが全員無傷かつ、体力にも魔力にも十分余裕がある状態なのは、彼らのおかげである。〈ヘイト・フォーカス〉と〈ゴア・バースト〉を連発したことにより、入口付近の魔獣はすべて引き剥がされており、ノーガード状態であった。
「地図によると……入口は広めだけど、中は狭くなってるから、馬はここまでね」
皆その場で馬から降りた。アンナの言う通りここから先は徒歩となる。
ヴァルカ達攻略パーティーが入口に意識を向ける中、ロイド氏とダリル氏は周囲に意識を向けていた。
「……さっそく魔獣どもが来たな」
あれだけの献身があっても、魔獣達の意識を引き剥がせた時間はそう長くはなかった。すぐにも四方八方から、群勢のシルエットがこちらにまっすぐ迫っている。
「さて、最後の仕事だな。ここの足止めは任せてもらうぞ」
そうロイド氏が言うと、腰の剣を抜いた。ダリル氏も黙って大杖を両手で握り、迫る群れに集中している。
そんな彼らに残念そうな表情を浮かべるのは、アルフォンスだ。
「ここで……お別れなんだな」
「そう悲しい顔しなさんな。ワシらはこれで満足なのだから、むしろ笑顔で送ってくれ」
「ロイドさん……」
「ドリスさん、上級無属性治癒魔道〈グランヒール〉は使えますか?」
そのとき突然バロックがドリス博士に、問うた。質問を投げかけられた彼女は、意図がよくわからないままではあるものの、首を縦に振る。
「うむ、一応習得済みではあるが……」
その答えに満足したのか、バロックは口角を上げて皆に背を向けた。
「なら、私も、ここに残るとしよう」
「えっ、ちょっと、何言ってんだよ!? おっさん、攻略パーティーだろ!?」
驚いた顔でアルフォンスが駆け寄り、彼の肩に手をかけた。
「そうだが、さすがにここに残るのが、ふたりだけってのは無茶が過ぎる。回復役くらいいたほうがいいだろう」
そう言うバロックに、ダリル氏は鼻で笑う。
「フンッ、舐められたものだな。これでもA級……。我々だけでも数百体程度なら過去ふたりで片付けた過去がある。見くびるなよ」
「なら、私の回復があれば、千体はいけるか?」
軽口で返した彼に、愉快そうに笑ったのはロイド氏だった。
「ハハハハ! 言うじゃないか、若人。でも良いのか? こっちは地獄だぞ?」
「それは中に入っても同じでしょう」
ロイド氏は笑い声を上げた大口を閉じると、真面目な顔つきでバロックの瞳を見つめる。
「……なるほど、お主もここに決めたか」
「はい」
そのやり取りの意味がわからないほど、周囲の人間の察しは悪くなく、それに最初に反応したのがやはりアルフォンスだ。
彼は察していながらも、言葉をかけざるを得なかった。
「いやいや、何勝手に納得してんだよ! 確かにダンジョン攻略が楽とは言わないけど、ここにいたら……!」
それ以降は言わなくても皆理解しているが、やはり言語化しづらく口ごもってしまう。
ここで足止めをする場合、相手の数を考えると止めきることは不可能だ。入口から追ってくる魔獣達が、追いつく前にヴァルカ達がダンジョンを攻略する。その追いつくまでの時間を可能な限り引き延ばすことで、より攻略を確実にする。そのための時間稼ぎ要員でしかない。
つまり、いずれは突破される前提――すなわち、必死隊である。
アンナが冷静に、しかし強がりだとわかる程度には、動揺に震えた声で聞いた。
「ねえ、奥さんと子どもはどうするの? 貴方の帰りを待ってるんじゃないの?」
少なくとも攻略パーティー側にいれば、まだ死は確定しない。希望はある。
するとバロックは寂しそうに微笑んだ。
「……もういないんだ」
「え?」
「本当は国が滅んだとき、助けられなかった」
彼の紡いだ真実に、アンナは何も返せなかった。
「私は、兵士としても父親としても、本当は何も……何一つ救えないまま、自分だけ生き残ったんだ」
どこか自分と重なってしまうヴァルカは、その背中から視線を逸らして地面に落とした。
「だから、今こそ……兵士としても父親としてもダメだった私に、せめて討伐者として自分の選んだ戦いをさせてほしい」
〝自分の選んだ戦い〟。そんなことを言われてしまうと、アンナはこれ以上何も言えなくなってしまった。
その一瞬できた沈黙を、先に進めたのはヴァルカである。
「……私達の背中を、頼む」
「ヴァルカ……」
「バロックの想いは、私が〝背負う〟。心配はしなくていい」
そう言うと、ヴァルカはそれっきり意識をダンジョン入口へと向けるのだった。
「ああ……任された。そして、任せたぞ」
決意は変わらないと見たアルフォンスとアンナは、これ以上の問答を諦めた。
「……短い間だったけど、楽しかったぜ。あんたのこと、間違いなく英雄だと思ってる」
「アルフォンス……ありがとう」
「バロックさん、ヴァルカさんも言ってたけど、ダンジョンは私達が必ず攻略するわ。だから、安心しなさい」
「アンナも、ありがとう」
「やれやれ、回復役がひとり減ったとなると、ワシの仕事が増えるわい。その分の成果、期待しておるぞ」
「はい、ドリスさん」
「バロックさん、ご武運を」
「エステルさんも、ありがとう」
「……さて、別れの挨拶は済ませたか? じきにここも戦場となる。早く行かれよ」
そう言ったロイド氏と、相棒のダリル氏はすでに臨戦態勢だった。
これよりここに一秒でも長く残るのは、彼らの仕事の邪魔にしかならない。
ヴァルカは宣告する。
「攻略パーティー、ダンジョンへ突入する!!」
「「了解!!」」
バロックを除いた攻略パーティー五人が呼応。そのまま〈セイラム・ダンジョン〉の中へと駆け込んでいった。
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それを背中で感じ取ると同時に、ロイドは剣を上段に構える。
「上級火属性付与魔道〈フランベルジュ〉」
そう静かに唱えると、その剣の刃が赤く煌めく炎をまといはじめた。これぞかつて数百の魔獣を斬ったロイドの奥の手だ。そのときの戦果はダリルとの共同ではあるものの、その内訳はほとんどがこの炎の剣によるもの。先ほど道中ドリス博士にかけてもらった上級無属性強化魔道もあって、今の彼は人の身でありながらその領域を超えんとしていた。
「参ろう、〝副団長〟ダリル・〝フォン〟・シェードよ。最後のお役目だ」
「はい、〝団長〟殿。貴方の逝く道に、どこまでもお供しましょう」
「〝プリムス王国騎士団・団長〟ロイド・〝フォン〟・ガーランド。おめおめと晒した生き恥、今こそ雪ごうぞ!!」
そうして振り下ろされた剣からは、光線のごとく炎が伸びる。その灼熱は遠くの魔獣達に、まったく勢い衰えぬままあっという間に届き、一気に何十体も飲み込んだのだった。




