第8話 苦労話
-60代・70代-
「結局、家族全員で華の面倒見てもらったのよ」
「そっかー、みんな支え合って生きてるんだね」
華は、自分だけではなかったことに、ひどく安堵した。
完璧に見える母にも、大変な時期はあったのだと。
「そうよ。あなたも大変だったら、いつでも私たちを頼りなさい」
「もう頼ってるよ、ね?」
華は、楓を見てにこやかに微笑んだ。
楓も華の目を見て頬を上げて、柔らかに微笑む。
「はい、いつもありがとうございます」
「家族なんだから、当然よ。
楓さんも、疲れたら帰ってきていいのよ。ここはもう、貴方の家でもあるんだから」
「……ありがとうございます」
少し涙ぐむ楓に、釣られて華も涙ぐむ。
「パパー、杏奈!」
「ん、どうした、優司」
「じいちゃんが呼んでる!」
おいでおいでと手招きする龍登。
楓は華と結菜を見てから軽く頭を下げて、席を立つ。
「外します」
「ええ、楽しんで」
「杏奈も、行こ!」
「うん! おばあちゃん、編み物、明日やろうね!」
「ええ、分かったわ」
ふんわりと笑う母を見て、思わず笑みを浮かべる華。
笑う姿は、まさしく親子であった。
「ママは、今幸せ?」
突然の娘の問いに、
結菜は少しだけ目を見開いたあと、優しい笑みで言う。
「幸せよ。龍登と結婚して、華と聡を授かって、2人も幸せそうに笑ってて。
これほど幸せなことはないわ」
「私も幸せ」
華はすぐに、同じ言葉を繰り返す。
結菜は笑みを絶やさず、マグカップを包み込む。
「なら、よかったわ。
家族の幸せが、今の私の幸せだもの」
「そっか」
少しだけ、遠くを見つめる華に、結菜は首を傾げる。
「何かあったの?」
「優司の学校でさ、ママ友会があるんだけど、みんな愚痴ばっか。
そりゃ、愚痴はあるだろうけど、私はそのノリについていけなくて」
華は幸せだ。
けれど、周りも同じかと言えば、そうではない。
だからって、自慢話をする空気でも、否定するわけにもいかなかった。
華は、その状況に何とも言えない寂しさを感じていたのだ。
「ふふ」
「どうしたの?」
「わたしも昔、同じこと経験したなと思ってね」
「そうなんだ」
ここでも、二人して同じ気苦労をしていたようだ。
「ママ友会と名乗る愚痴会の愚痴を、龍登に聞いてもらったの。
ふふ、すごく照れてて、面白かったわ」
愚痴会の愚痴ということは、龍登を褒めることに繋がる。
華はその様子が目に浮かぶ。きっと、母は龍登の良いところを挙げ続けたのだろうと。
そしてそれは、華にはない考えだった。
「たしかに……それはいいかも。
愚痴がないから愚痴なんて、おかしな話だけど。
それってようは、楓を褒めてることになるか」
「ふふ、そういうことね」
華はなるほどなるほどと、いたずらっ子の笑みを浮かべる。
まあでも、と言葉を続けた。
「そのおかげで、幸せ会っていうグループも発足できたわ」
「なあに、それは?」
「家族自慢ができる場所。みんなが幸せだってことを話す幸せ会」
「あら、素敵ね」
結菜の言葉に、華は得意気に胸を張る。
「でしょ。本当に幸せな会よ。なんて言ったって、みんなが幸せに話すんだから」
「それはいいことね。人に恵まれるっていうのは、大事なことよ」
華も、結菜も、龍登も、家族だけではなく、仕事も良縁に恵まれた。
だからこそこうして、自分の好きなことができている。
恵まれていることを自覚できるのも、結菜の素敵な一面だ。
「そうだね。私って、恵まれてたんだなーって思うよ」
「ええ、お互い運が良かったのよ。
運だけで片付けられないこともあったけど、それを乗り越えてきた絆もある」
「例えば?」
華は母の話に興味を示す様に、前のめりになる。
「お金と家族のこととかね。お互い、固定給がもらえる仕事ではなかったから。
けど、大丈夫だと思うことにしたのよ」
「そうなんだ。てっきり、そんな事ないかと」
「子どもに不安な姿を見せないのも、育児のうちよ」
「たしかに」
二人は楽しそうに笑う。
「休憩、休憩っと」
龍登が腰を叩いて、結菜の隣の椅子に座る。
すでに紅茶を持ってきているが、いつ入れたのだろう。
「あら、終わったの?」
「おう、大勝よ。まだまだ、現役だな」
ニヤリと笑ってから、紅茶を一口飲む。
「さすが、ゲーム配信者の息子を育てたパパ」
「なんだ突然。恥ずかしいからやめてね」
華は、照れる父の龍登から視線を外す。
三人の方を見てみれば、わいわいと盛り上がっていた。
「父さん、ボタン押して!」
「次のゲームはこうなるんだよ!」
「なるほど、これなら僕もできそう」
3人とも、楽しそうで何よりである。
「楓とゲームは、ほとんどできないから、はしゃいでるわ」
「2人も楽しそうに話してたろ」
「えー、よくゲームやりながら聞こえたわね」
「見てたからな。結菜が楽しそうにしてるの」
老夫婦になっても、ふたりは名前呼びだ。
なにより、龍登を見つめる結菜の目が優しいこと。
将来なりたい姿がここにある。
それもまた、恵まれているということだろうと、華は思った。
「愛妻家ね」
「ああ、愛してるからな」
「ふふ、ありがと」
恥ずかしげもなく愛の言葉を伝える龍登。距離の近いふたり。
子供の頃から、華が見ていた景色は、今も変わらずここにあった。
「二人はずっと仲良しね。喧嘩したことないの?」
「喧嘩というより、話し合いね。お互いが納得するまで話し合い」
「結菜は絶対折れなかったがな」
母は強し、ということだろう。
恐らく、年が逆転しても、同じことになっていただろう。
龍登の言葉に、結菜は当然のような態度を見せる。
「あら、やりたい事があるのに、仕事しかしない人生なんてダメに決まってるでしょ」
「まあ、そうだな。君がいなかったら、今の仕事には巡り合えてない。
ということは、華も生まれてないし、今の幸せな景色もなかった。結菜には足を向けて寝れないよ」
「それは、ママに大感謝だ」
華の言葉に、そうだなと龍登が深く頷くと、結菜が即座に付け加える。
「行動した龍登にもね」
ふたりは、ふたりだからこそ、幸せに暮らしているのだろう。
華は、目じりを下げて、ふたりに告げた。
「そうだね、ありがとう、パパ、ママ」
ふたりは、それはそれは嬉しいそうに笑顔を見せる。
「とはいえ、おかげで、28歳までギリギリの生活だったがな」
「そうね。でも、早くに花開いたからよかったの」
「えー、その話も聞きたい」
華は、食いついた。
「今日は、昔話が多いわね」
ふふと、結菜は笑みを浮かべる。
「そういう日があってもよくない?」
「それもそうね」
結菜が特に話す素振りを見せないからか、龍登が紅茶を置く。
「今は順風満帆だが、当時は不安しかなかったよ」
そうして、龍登はポツポツと語り始める。




