第6話 家族
「ママは楽しい努力で、パパは死ぬ気って感じだね」
「そうね。可能性があるからって、必死だったわ」
「でも、それ以降倒れてないなら、やっぱりやってよかったんだよ」
「そうよね」
華が時間を確認すると、すでに15時。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもんだなと思った。
(そろそろだと思うんだけど)
華はスマホを見る。
【仕事、やっと終わったよ。これから行くね】
「楓さんは、まだお仕事?」
「そうよ。そろそろ帰ってくるみたい。
どうしても、外せないんだって。静かに凄い怒ってたよ」
「あら、大変ね」
「本人がやりたいことだからって言うけど、あんまり無理しないでほしいよね」
「間違いないわね」
結菜は龍登が倒れたことがあるからか、華の言葉にうんうんと力強く頷いている。
「家事しなくていいっていってるのに、朝起きたら終わってる。優秀だけど、倒れないか心配」
「そこは、華次第よ。
なるべく偏らないように、調整してあげたほうがいいわ。あとで、後悔したくないでしょ」
「そうだね」
「にしても、私もあなたも自分の父親みたいな人と結婚したのね」
「え、おじいちゃんもそうだったの?」
華は初耳だったのか、びっくりしたような顔を見せる。
「そうよ」
「母娘だね、私たち」
「そうね」
ふふと、大人の女性二人が笑いあう。
華は自分の子供と遊んでいる父親である龍登を見る。
「まぁ、実際パパ見てたらさ、パパみたいな人が良いよね。なんか、今はマッチョだけど」
「かっこいいでしょ」
この年齢で夫を褒める結菜。
相変わらずの夫婦仲だなと思いながら、微笑む。
「まぁ、今くらいならね」
2人でゆっくり飲んでいると、テレビの方から賑やかな声が響く。
「ふははは!またおじいちゃんのかちー!」
ガチのガッツポーズ。
精神年齢が子供と変わらない龍登。
「ぬあー、また負けた!」
「次、あんなの番!」
「よっしゃ、こいやー!」
「やー!」
「やっちまえ、あんな!
じいちゃんのキャラ、超雑魚だぞ!」
「ふふ、じいちゃんが強いから関係ないぞ!」
キャッキャキャッキャ
華の子供と華の父親が、本気ではしゃいでいる。
元気だ。いつもは少し大人しい長男が、すこぶる元気。
それに引っ張られてか、娘である杏奈の口角も上がりっぱなし。
「ねぇ、パパ貸してくれない?」
「ダメに決まってるでしょ。私の旦那だもの」
「だよねえー」
華がいじけて顔を机にくっつける。
その頭を優しく撫でてくる結菜。ちょっぴり恥ずかしさを覚えて、華はすぐに顔を上げる。
「ねぇ、ちょっとー。
あたしもう42歳なんですけど」
「娘はいつまで経っても、娘よ」
「まぁ、そうだけどさぁ」
それから華は、母に甘えるように、ぽつりぽつりと呟く。
「子ども産んでから、毎日慌ただしくて大変よ。
まぁ、アタシの旦那の楓は超がつくほど優秀だから、家事まで手伝ってくれるわけだけど」
家事は分担で家庭はうまくいっているようだ。
華自身も、愚痴を吐いてはいけないくらいにうまくいってると思っている。
それでも疲れてしまうのが人間という生き物だ。
楽しそうにはしゃぐ華の娘と息子を見て、思わずため息が落ちた。
「なんか、家にいる時より、子どもたちが楽しそうに見える。
おじいちゃん、おばあちゃんの家って、普通退屈じゃないの?」
「たまにだから、そう見えるだけよ。あとはそうね、あの人も子供だから」
「そうかなぁ」
華は、母である結菜を眺めだす。
71歳とは思えないほど綺麗で、歳を重ねた人にしかない気品がある。
そんな人が愛する人にしか向けない視線で、旦那である龍登を見つめていた。
仲睦まじい二人のことを、華は心から尊敬している。
そんな、ふたりの子供に生まれた華は、振り返るように家を見渡す。
(今更ながら、立派な家よねー)
子供の頃は何とも思わなかった。
家は家だし、特別も何もない。超大金持ちってわけじゃないけど、お金関連で申し訳ないと思ったことがない位には裕福だったんだと思い知る。
大きな庭付きの戸建て。
帰ってくれば必ず両親がいて、ある日を境に、学校行事もふたり揃って欠かさずに来てくれた。
それが当たり前じゃないと知ったとき、華は初めて、自分が恵まれているなと感じたのだ。
仕事も家事育児も互いにこなしていた両親。喧嘩もなく、いつも笑顔のふたり。
華の自慢の1つだ。
子供が長い休みの日には帰ってきてしまうくらいに。
両親の家の近くに家を建ててしまうくらい。
そんな素晴らしいふたり。
両親のおじいちゃんとおばあちゃんも仲良しだったのは、うろ覚えだが、そうだった気もしていた。
話の中で、結菜と龍登も、自分たちも両親のようになるんだと言っていたこと思い出す。
「おじゃましまーす」
「あ、きた」
「パパー!」
玄関から華の旦那の声が聞こえる。
娘の杏奈が、一目散に玄関までお出迎えしていく。
「抱っこして!」
そんな声が、リビングまで響いた。
かわいい天使だと、華は思う。
杏奈を抱っこして、華の夫である楓が姿を見せる。
「おじゃまします、お義母さん」
「はい、おかえりなさい。飲み物、淹れましょうかね」
結菜は必ずおかえりなさいという。
もう、家族なのだからと。楓は未だに慣れないようだ。
人それぞれだから、強制はしない。
結菜は、そう言っていた。きっと、似たような経験があるのだろう。
「ありがとうございます、お義母さん。
華、ありがとね。子供たちのこと」
「ううん、いいのよ」
メガネを掛けた痩せ型の旦那。
笑みが柔らかく、かっこいいよりは、可愛いが勝つ。
頼りがいというよりは、支え愛といったところか。
「食らえ、じぃアッパー!」
「うわ、じいちゃんマジか!」
優司と龍登は、まだゲームに夢中だ。
そんな二人のもとに、杏奈を抱っこしたまま連れて行く華の旦那の楓。
腕が震えてる。
楓にも筋トレさせるべきかと悩む妻の華であった。
「先生」
「パパ、おじいちゃんは先生じゃないよ」
杏奈がツッコミを入れる。
「あ」
先生と呼ぶのはクセなのだろう。
楓は、編集者だ。癖のないノベル作家の優しい龍登には、いつも新人の編集者がつく。
当時、新人編集者として連れてこられた楓が、龍登の家に来た。
仕事やプライベートでも、楓が家に来ることが多くなる。
少しずつ、交流を重ねた結果。
華は楓に惚れて、恋の大穴に真っ逆さまに落ちたのだ。
だいぶゴリ押したが、結婚までが遠かったことを思い出す。
お互いにやることがあり、仕事が忙しかったのもある。今ではいい思い出たと、華はお酒を一口飲んだ。
先生というのは、担当編集の癖が抜けないのだろう。
他の作家に、クセのつよい人がいて、先生と言わないと機嫌を損ねるのだとか。
可哀想な華の旦那の楓であった。
「おじゃましてます、お義父さん」
「おお、おかえり、楓くん」
龍登は、柔らかい笑みで返す。
今こそ面影はないが、若い頃の龍登に似ていると結菜は言う。
龍登ができ過ぎる男のせいで、華には世の男が全員クソガキにしか見えなかった。
華より6個上の旦那。ここに落ち着くのは必然と言える。
(あ、でも、ママは年下とパパと結婚したのか)
昔の人のほうが、年下にも頼りがいがあったのかもしれない。
華はそんなことを思うのであった。
「隙あり!」
「甘い!」
「うえー、みてないのに!」
「じいちゃんには、未来が見える。
先を見通す力と、実行できる力をな」
龍登はどや顔で、優司にそう言い放った。
「じいちゃんかっけー!」
優司はキラキラとした尊敬の眼差しで、龍登を見つめている。
優司は、龍登が大好きであった。ゲームの相手もしてくれるし、いつだって本気で相手をしてくれるから。
(友達との約束も断って今日ここに来たくらいだし)
優司は、自分がしたいことをしてる。
芯のある男に成れと、龍登が言うから影響されているようだ。
自分の父に気付かないくらい、優司は龍登のことが好きである。
「優司、ただいま」
「あ、おかえり、父さん」
ゲームが一段落すると、旦那が優司に声をかけた。
父親に気付かず、おじいちゃんとは、父親の楓が若干不憫である。
「どーん!」
とはいえ、楓のことも好きみたいで、体で愛情を表現している。
「おっと、危ないから優司」
「えー、じいちゃんなら耐えるのに」
「う」
(楓はあれだけ落ち着いてるのに、優司はいったい誰に似たのか)
「どうだい、楓くん。一緒に筋トレでも」
まぁ、間違いなく筋肉爺の血だろうと、華は思った。
楓は顔を少し強張らせて、必死の笑顔を見せる。
「そ、それは一旦置いておきます。
それより優司、あんまりお義父さんの迷惑かけないようにね」
「迷惑じゃないさ。私が相手にしてもらってるからね」
楓と龍登のいつもの声がけ。
よくもまぁ、飽きないものであると、華は眺めている。
「ありがとうございます、お義父さん」
楓の家庭環境はあまり良くなく、絶縁関係。
龍登と結菜、ふたりの仲の良さに、楓が思わず羨ましいと呟いたことが、華の耳に飛び込んできた。
その言葉は、華の枯れかけていた恋心を動かすのに十分な言葉。
(あの頃、恋愛は当分いいとさえ思っていたのにねー)
華にとって、同級生は子供すぎた。
それに、華がいいかもと思った男は、老夫婦が手を繋いでるところを見て誂う男だった。
男を見る目がないのだと思ったが、楓に出会うための順番だっただけだと納得している。
「僕たちもいいかな」
楓は、杏奈と一緒に戻ってきた。
「あれ、もうおしまい?」
「ああ、すぐにゲームに戻ってしまったよ」
「ぱぱ」
「ん?」
「おろして、おばあちゃんのとこ行く」
「あ、ああ」
楓は頬を引きつかせて、杏奈を降ろした。
その顔は、ものすごくショックを受けている。
華はあまりにも不憫で、思わず旦那の背中をさすった。
「優司も杏奈も、いつもより楽しそうだ。僕が構ってあげられないせいかな」
「そんなことないよ。まぁ、私も少し自信なくなるけど」
どうにか一緒に頑張ってるけど、まだまだ精進が必要そうだと、二人は笑いあう。
「はいこれ、お茶」
「ありがとうございます」
余裕のあるふたりを見て、華は思わず本音が漏れる。
「私たちもママたちみたいになれるかなぁ」
「なによ、いきなり。はい、お待たせ杏奈ちゃん」
「へへ、うん!」
つい出てしまった言葉。
華は、出てしまったものは仕方がないと、楓に向き合う。
「ふたりって、なんていうか完璧って感じしない?」
「そうだね。理想の夫婦、理想の家庭って感じがするよ」
楓も同じことを思っていたらしい。
華と楓、二人とも同じ感性を持つようだ。
「ふふ、そんな事ないわよ。
言ってないだけで、大変なこともそれなりにあったわよ」
とてもそんなことがあったとは思えない余裕の表情を見せる結菜。
「おばあちゃん、これ、あみものやりたい!」
「ええ、いいわよ」
あみものを7歳児と笑顔でやる母。
そんな余裕な振る舞いのせいで、華は、口を尖らせて不満気だ。
「えー、聞いたことなーい。
私なんか、育児と家事だけでも大変だって、泣いて帰ってきたこともあるのに」
「う……ごめん」
楓がすぐに謝る。
華は、瞬きをして、楓をバシバシ叩いた。
「いやだ、やめてよ。
私が勝手に1人で背負い込んだだけなんだから」
華は、わっはっはと豪快に笑う。
(楓は気にしすぎるところがあるけど……そこも素敵なのよね)
心でそう呟く。
華と楓の様子を眺めていた結菜は、にっこりと笑う。
「じゃあ、同じようなものよ。
私も、一人で勝手に頑張って疲れた時期があったもの」
「へー、そうなんだ。聞かせてよ」
「いやよ、恥ずかし」
「えー、いいじゃーん」
駄々をこねる娘の華に、結菜は呟く。
「しょうがないわね……ちょっとだけね」
そうしてまた、結菜たちは思い出話に花を咲かせる。
あみもので一生懸命になる杏奈を見守りながら。




