第3話 約束
-20代-
「仕事はさ、やりたい事をお金にしたい」
腕組んでうんうんと頷く結菜に、龍登は目を丸めて言う。
「結菜はできてるじゃない」
「イラストレーターになったはいいけど、これだけじゃ食べていけないでしょ」
結菜の夢は叶った。
けれど、まだそれだけでは生計を立てられない。現実は厳しいものだ。
「それでも凄いことだよ。何もない俺からしてみればさ。はい、珈琲」
けれど、龍登はそれでも褒めた。
というより、素直な感想を伝えたというべきか。
夢を叶えられずに終わる人が何万、何十万、何百万といる世界だ。
それでも、結菜は、僅かながらでも夢を叶えたのだから。
「こーらー、そういうこと言わないの。
龍登だって、やりたいことくらいあるでしょ。珈琲、ありがと」
ちゃんとお礼を言う所に、笑みを浮かべる龍登。
「どうだろなぁ……」
思い当たる節があるのかないのか、龍登は流す様に答える。
「もう、すぐはぐらかす。
飲食店なら自分の店を持つとか、経営者になるとか、そのくらい大きな夢を持たないと!
夢を見るのはタダなんだし」
「確かになぁ……ちゃんと考えてみようかな」
「ふふ、よろしい……アチチ」
「はは、淹れたてだからね」
結菜の行動に、龍登は笑みを浮かべて、パックの紅茶を飲む。
インスタント珈琲を見つめる結菜は、ボソリと呟く。
「珈琲、淹れるのも上手いし、小さいお店からでもいいからやってみてほしい。
まだ若いし、色々諦めるのは早いよ」
「そうだよな。でも、その前にお金貯めないとさ。
プロポーズの言葉も実現させないと」
プロポーズという言葉に反応して、
結菜は小さな金色の四つ葉が装飾されたネックレスに触れる。
「ふふ、本当に実現しようとしてる?」
「あぁ、もちろんさ」
「なかなかに厳しい条件ですぞ」
じっと見つめてくる結菜に対して、龍登はゆっくりと言葉を発した。
「子供は2人、叶うなら息子と娘。家は少し大きな戸建てで、乗用車も。
仕事は自分のしたいことをする。はは、確かに厳しい条件だ」
ちらりと結菜とお揃いの指輪を見る。
控えめに輝く小さな小さな宝石のはめ込まれた指輪だ。
「あとは、結婚指輪も……新調したい」
「指輪は、これが、いいから、他はいらない!」
言葉を区切って、ダンダンダンダンと机を叩いて、大きな声で主張する。
龍登はそれでも少し不満気に呟く。
「でも、普通より安いし……偽物だし」
表情も、納得のいってない顔だ。
「お馬鹿。私が嬉しいかが大事なの。
シンプルで素敵なデザイン、私が望んだの」
「ごめんごめん、悪かったって」
ぐっと身を乗り出す結菜に、龍登は慌てて謝る。
にへらと笑って謝っていた龍登だが、顔つきが真剣な表情へと変わった。
「まあ、でもお金は必要だからさ。そのぶん、もっと頑張らないと。
何をやるにしても、まだ経験が足りてないから」
「ねぇ、本当に無理してない?」
結菜は眉を下げて、龍登の顔を見つめる。
隈が深く、顔がすこしコケているようだ。
前々から働いてた分の疲れが出ているような顔色と表情。
とても健康的だとは、お世辞にも言えない。
「大丈夫。体は動くし、元気だよ」
「なら、いいんだけどさ。
龍登が倒れるなんて、嫌よ、私」
「うん、そうならないようにする」
いつもの龍登の笑みではあるが、やはり覇気がない。
ハッと名案が浮かんだようにポンと手を叩く。
「いや、わたしがもっと頑張る!
イラストの依頼じゃんじゃん来るようないい女に!」
腰に手を当てて、よく分からない方向を指す。
「それは、凄く期待してる」
「へへ、任せたまえ!」
トンと、胸を叩いて、幸せそうな笑みを浮かべる結菜。
けれど、次に見せた表情は、どこか真剣さを帯びている。
「まぁ、ぶっちゃけさ、今のは叶ったらいいなってくらいの温度感なわけよ」
さすがに、そこまで現実は甘くないと思っているようだ。
「それよりも、重要なこと覚えてる?」
結菜は、じっと龍登を見つめる。
龍登は、プロポーズの言葉を思い出す。
「嘘はつかないこと、感謝を言葉にすること、不満はため込まないで正直に伝えること」
そして最後に、と言葉を付け加えて、ふんわりと笑みを浮かべる。
「君より先に死なないこと、でしょ」
龍登の言葉に、にっと満足そうな笑みを見せる結菜。
「だいせいかーい!
最後が一番重要なんだよ」
だからと、続けて、龍登の手を握る結菜。
龍登の顔色が悪いことが不安なのか、揺らいだ瞳で見つめる。
「絶対にこれ以上の無理はしないで。
わたしには、すでに龍登の限界が近いように感じてる」
龍登は結菜の目を見て、少し逸らした後で、微笑んだ。
「……大丈夫。約束は必ず守るから」
結菜は、じっと龍登から目線を外さない。
「絶対よ」
「絶対に」
指切りではない。
目と目を見つめ合いながらの誓いだ。
「よし、じゃあこの話はここまで。
龍登が大丈夫って言うなら、私は信じる」
「ありがとう、結菜」
感謝の言葉に、にっと笑う。
「どういたしまして!
じゃあ、早くあれ、食べよう」
「うん、ふんわり堂の」
「「クリーム入りのどら焼き」」
ふふと、二人は楽しげに笑う。
ふたりは、クリーム入りのどら焼きを食べながら会話する。
「長生きって、どうすればいいと思う?」
龍登が唐突に、そんなことを言う。
「えー、どうなんだろ。
よく食べて、よく寝て、よく遊ぶことかな」
まるで子供の成長に必要なことを言い始める結菜に、龍登は少しだけ虚を突かれた顔を見せた。
「子どもじゃないんだから」
「まぁ、でも、大事だと思うよ。
遊ぶはちょっとあれだったけど、食と睡眠は必須でしょ」
「たしかに……筋トレとか?
メンタルが強い人って、筋トレしてるイメージだ」
「あー、良さそうだけど……龍登が筋肉ムキムキなのは、想像つかないね」
今の龍登は、どちらかと言えば細身なほうだ。
この姿から、筋肉ムキムキの龍登の想像をする方が難しいだろう。
「マッチョな爺にでもなるか」
「ゴリラみたいなのは嫌かも」
「そこまでは、無理そう」
「全然太らないもんね。私のお肉、分けてあげようか?」
結菜はそういうと、自分の腹の肉を摘まんで言う。
「結菜は痩せてるでしょ」
「いやー、そんなことないよー。このへんとかさー」
「やせ過ぎはちょっと」
龍登は龍登で、痩せすぎる女性は苦手らしい。
「今のままでも、結菜も綺麗だよ」
龍登は何のためらいもなく言う。
「おふぁ」
「おふぁ?」
結菜が変な声を出す。
龍登は、結菜につられて同じことを繰り返す。
「いい男と結婚したな、わたし」
「それはよかった」
じーっと見つめてくる結菜。
こういうとき、結菜が求めている言葉がなにか、龍登は分かっていた。
「いい女と結婚したな、俺も」
「だよねー!」
ふたりの楽しげな声が、1LDKの一室に響いた。




