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君と、どら焼きが食べたくて。  作者: アトラモア


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第2話 どら焼き

-60・70代-


「ただいまー」


 胸ポケットに夫婦の刺繍入りの黒いロングコートと、

茶色のスーツを見事に着こなす、ハットを被った白髪の老人が玄関で声を上げる。


 シックな木の杖と、お土産の紙袋を置いて、靴を脱ぐ。


「あら、おかえりなさい、龍登(りゅうと)

「ただいま、結菜(ゆな)


 皺の入った顔で、2人は皺を寄せ合いながら、にっこりと笑う。


「カワさんとモリさんとの遊びはどうだったの?」

「ボードゲームやってから、少しだけな。いわゆる、昼飲みというやつだ」


 手をクイっと軽く上げた。

お酒も飲んできたのだろう。恐らく、嗜む程度に。


 龍登はラックにハットと、コートをかける。

白に染まった美しい髪の結菜が、楽しそうに珈琲を飲む。


「ふふ、アナタは相変わらず帰りが早いのね」


 時刻は夕方。

老人が遊びに出かけて帰るまで、ちょうどいい時間ではある。


 ただ、どうやら彼の帰りは何時も早いらしい。


「昔からの付き合いだ。

家族間同士の付き合いもあるし、老人3人集まっても、体力がなー」


 そう呟きながら、彼はゆっくりと部屋着に着替えていく。

背筋が伸びて、体の動きもしっかりとしている。筋肉もついているし、杖なんて必要ないくらいには健康そうな体つきだ。


 体力がなーとは、どの口がいっているのかと言いたくはなる。

夫婦の刺繡入りの部屋着に着替えると、龍登はぐっと背筋を伸ばした。


 そんな龍登を見ながら、結菜は言う。


「まだ、69歳でしょ。杖なんかいらないのに、杖までして」

「杖はおしゃれアイテムだよ。にしても、もう69と言わないところが君らしい」

「わたしはほら、71歳ですから」

「それを言われたら敵わんな」


 龍登は不敵に笑って頬をかく。


「ん?」


 ふと、何かの違和感を感じた。

皺の濃い手のひらを見れば、紐のあとがくっきりとついている。


「いけないいけない」

「あら、どうしたの?」


 彼は言葉だけは慌ただしい口調で、ゆっくりと廊下を歩く。

玄関に置き忘れた紙袋を持って、再びリビングへと戻る。


「いやはや、これを廊下に置き忘れていたよ」


 龍登は、あははと照れくさそうに頭をかいて、

傷だらけで年季の入った焦げ茶色の四人掛けのテーブルに置いた。


「あら、その紙袋」


 【ふんわり堂】とプリントされた紙袋。

それを見たとき、彼女は「あらあら」と声を出して微笑む。


「いいわね。珈琲、淹れ直そうかしら」

「あぁ、俺がやるよ。君は座ってて」

「ふふ、ありがとう」


 慣れた手つきで準備を始めた。

紅茶はパックではなく茶葉。数種類の茶葉をブレンドしたオリジナルだ。


 容器を温めてから茶葉を適切な量を入れて蒸らす。


 珈琲は豆から挽いて、専用の器具を使い丁寧にドリップ。

その間に紅茶が出来上がるので、茶葉だけを捨てて専用の容器に入れて、冷めないように布を被せる。


 ドリップを待ちながら、どら焼きを半分に切って、お皿に乗せた。


 何度かドリップを繰り返して、適量淹れたら終わり。

丁寧に淹れた珈琲と紅茶の香りが、2人で住むには少しばかり広すぎる部屋に広がっていく。


「はい、君の」

「ありがとう。これ、半分こよね」

「ああ、ありがとうな」


 2人はゆっくりとクリーム入りのどら焼きを食べ進める。

若者であれば、どら焼き半分など1分あれば食べ終わりそうだが、2人は5分かけて食べ終えた。


 もちろん、飲み物を飲むことも忘れずに。


「ふう、満足満足」


 龍登はふぅと一息ついて、紅茶を嗜む。

ダンディな見た目の彼は紅茶派のようである。


 柔らかな笑みを浮かべる彼女はキリッと苦い珈琲派。


 ゆっくりと穏やかな時間が流れる。


「これはうまいが、流石にクリームと餡子は重たいな」

「分かってても、2個買っちゃうのね」

「おやつと、夜のデザートさ」


 龍登がすました顔で言うと、結菜は肩を揺らして小さく笑う。


「では、デザートに備えて、夕飯でも作りましょうか」

「そうだな」


 そして、結菜が席を立つと、龍登も席を立ち、一緒にキッチンへと立つ。

フックからお気に入りのエプロンを2人で掛けて。胸ポケットに、妻夫の刺繍が付いているエプロン。


 トントン、ジュージュー、グツグツ


 腹を刺激する音が、キッチンから響いていく。


「明日は、華が帰ってくるんだろ?」

「ええ、そうよ。孫を引き連れてね。

冬休みだから、のんびりしたいみたい」

「そうか。なら、どのくらい強くなってるか試さないとな」


 龍登の顔は、明らかに喜んでいる。


「また、優ちゃんとゲームかしら」

「ゲームはいいぞ。ボケ防止だ。

それに、まだまだ現役、負けておられん」


 わっはっはと、高らかに笑う。

その様子を隣で見つめる彼女もまた、笑みを浮かべた。


「もう、優ちゃんは10歳なのね。

杏ちゃんも7歳。時が過ぎるのはあっという間だわ」

「たしかに、早いな。

(はな)(さとし)の育児が終わったと思えば、いつの間にか孫がいた感じだ」

「ふふ、そうね」


 時の流れは速い。

けれど、二人には不満の表情はなかった。


「華と聡は、反抗期がなかったから心配したが、ちゃんと育ったな」

「最近の子は、そういうのないのよきっと」

「そうか」


 結菜の言葉に、龍登もまた懐かしむように過去を思い返しながら、言葉を紡ぐ。


「子供は2人、娘と息子。

4人家族で、庭付きの少し大きな家と車。仕事は、自分たちのやりたいこと。

ははは、運良く叶えられたな」


 料理の手を止めて、結菜を見つめる。


「たしかに運もあるけど、わたしとあなたが力を合わせた結果よ」

「それもそうか。大変なこともあったが、楽しかったが勝つしな」


 そうしてまた、龍登は調理に戻る。

結菜とふたりで、慣れた手つきで、次々と調理していく。


「ええ、そう思える家族ができてよかったわ」

「ああ、そうだな」


 トントンと静かに、充実した日常の音が木霊する。



読んでいただきありがとうございます!

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