表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と、どら焼きが食べたくて。  作者: アトラモア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第11話 お別れ

 -50代-

 

「終わったわね」

「あぁ、終わったな」


 白髪と皺の増えたふたりが、肩を並べて寄り添い合う。


 ふたりが座っているのは仏壇前。


 仏壇には、結菜(ゆな)の父と母が笑みを浮かべた写真が飾られている。


「ママ、幸せそうに眠ってたわよね」

「あぁ、そうだね。理想の眠り方と言ってもいい」

「私もそう思う。私の両親も、龍登のご両親も、理想的な亡くなり方だった」

「あぁ」


 結菜はハンカチで涙を拭きながら、部屋の中を見渡した。


 家の中にはたくさんの思い出が飾られている。

結菜の幼少期の写真や、学校行事や、家族旅行、結婚式。また、学生時代に受賞したであろう本や、イラストの数々。


 つい最近、数年前に撮った家族親戚一同の写真。

本当に、たくさんの思い出が丁寧に飾り付けられて並んでいる。


「この家とも、お別れかぁ」


 すでに赤く染まっている目から、ちいさな雫が流れていく。


「寂しいよな、わかるよ」


 龍登(りゅうと)の両親は、すでにこの世にはいない。

龍登の実家は既に売却済みで、思い出だけが胸に残っている。


 結菜の母が亡くなり、結菜の兄が住むことになった。

実家は残る。けれど、もう父と母の家ではない。


 その事実を、まだ飲み込めないのかもしれないと龍登は思っていた。

自分がそうだったから、なんとなくだ。でも、なんとなく分かっているからこそ、龍登は結菜に寄り添うことができる。


 2人は夫婦なのだ。


 病める時も、健やかなる時も、仕事で苦悩した時も、家族を授かった時も、子育てで辛くなった時も。


 2人はいついかなる時も、ずっと一緒にいたのだから。


「ありがと、龍登」

「ああ」


 龍登に感謝して、結菜はまたじっと外を眺める。

小さな庭には、大小様々な花が並んでいた。特に目に入るのは、燦燦と咲いたひまわり。


 結菜はひまわりを見つめながら、ふうと呼吸を落ち着かせる。


「やっぱりさ、実家は特別なんだよ」

「そうだな」


 少し間を置いて、結菜は話す。


「でも、その特別はさ。パパとママがいるからであって。

兄さんだけじゃ足りないの。両親のいない家、かぁ……やっぱりキツイね」


 結菜は家を眺めながら、思い出に浸る。

龍登は何も言わずに、結菜の肩をさするだけ。


 しばらくして、結菜は少し移動して、長年愛用されたアンティークソファに身を鎮める。


 龍登も当然のように、結菜についていく。


「みんな、泣いてくれたね」

「そりゃそうさ。君のご両親は、とても優しくて温かかったから。みんな、好きになるのは当然だよ」

「そうだね……自慢の、両親だから」

「泣いていいさ。思う存分」


 顔を上げて涙を堪える結菜に、龍登はただ優しく言葉をかける。


 けれど、龍登の言葉に、結菜は首を静かに振った。


「ううん、もう平気。

お葬式でたくさん泣いたもの」

「そうか」

「うん」


 ふぅと、何度目か分からない呼吸を整える結菜に、龍登が話題を振る。


「そう言えば、みんな大往生だったな」


 その言葉に、結菜はハッと息を吐いて驚いたように笑う。


「たしかに!

やっぱり悲しむよりも、お祝いしたほうがいいわよね」


 うんうんと一人で頷いて、納得する。


「みーんな、大往生なんて、凄いことよね。悲しむより、お祝いよ、お祝い!」


 結菜は立ち上がって、リビングへとズンズン向かう。

無理に元気を出そうとする結菜を、龍登は止めずに見守った。


 結菜が見えなくなると、もう一度仏壇に向かう。

そして、仏壇に飾られた結菜の両親に向かって頭を下げる。


「結菜には、もう悲しい思いはさせません。

プロポーズの時、彼女よりも先に死なないと誓いましたから」


 ぎゅっと真剣な顔で、結菜の両親に誓いを立てるように呟く。


「お義父さん、お義母さん。

どうか、末永く安心して、天国でお待ちいただければと思います」


 そしてまた、頭を下げた。


「じゃーん、持ってきました」

「あ、それ」

「生クリームカスタードたい焼き」


 綺麗に半分に切ってあるたい焼き。

それを仏壇の横において、お供え物とした。


「私たち家族、これが大好きでさー。って知ってるよね」

「うん。お義父さんに、よくいただいたからね」

「パパ、顔は怖いけど、根は優しいの。

あんまり喋らないけど、龍登のことも好きだったのよ」


 龍登は、静かに頷く。


「分かってるさ。表情では判断できない事もあったけど、とても丁寧に色々な事を教えてくれたから」

「そっか。ちゃんと伝わってたならよかった」


 そうしてまた、龍登に寄りかかる結菜。

ふたりはじっと、結菜の両親のことを眺めていた。


「パパね、受験の時も、夢を追うって決めた時も、華たちを預けた時も、支えてくれた」

「うん」


「ママもそう。いっつも応援してくれて、いつでも味方でいてくれた。

ぶきっちょなパパの代わりに言葉をくれた」

「うん」


 両親との思い出。

結菜の言葉が、龍登の脳内で再現される。


 結菜と出会っていないころの記憶だが、情景が浮かぶ。


「ママはパパが誰よりも好きでね。

本当はもっと早くパパの所にいきたかったと思うの」

「うん」


 仲の良い夫婦だった。

言葉の数は少なくても、そこに愛がある。


 仕草や表情、行動が、物語っていたから。


「でも、私たちのことも心配だったんだと思う。

だから、ママは、3年も待ってくれた」

「ああ」

「ママは最後まで、私のママでいてくれた」


 結菜はスッと背筋を正した。


「優しくて、温かくて、気品があって、常に感謝を忘れない」


 そして、龍登の顔を見つめる。


「私、ママみたいに、なれてるかな」

「なれてるさ。そこは、俺が保証するよ」


 龍登は瞬時に答えた。

なんの余白もなく、考える余地すら必要ない、と言わんばかりに。


 龍登の勢いが凄すぎて、結菜は笑みを浮かべる。

その目は、とても満足そうで、幸せそうに頬を緩ませていた。


「龍登が保証してくれるなら、きっとそうなんだね」

「あぁ、絶対そうだ」


 一口、お気に入りのたい焼きを食べる。

カスタードと生クリーム、そしてたい焼きの生地。冷たいのに、たしかな温もりを感じる。


「このたい焼き屋、閉店するんだって」

「そう、なんだ」

「うん、だから、これも最後」


 慎重に、大切に味わう2人。




「思い出の味も、時が経てば無くなることもある。永遠なんて、あり得ない」


 だからこそ、この瞬間、瞬間を生きなければならない。


 結菜は、そう思った。


「ねぇ、龍登」

「ん?」


 間をおいて、結菜はゆっくりと話す。


「私たち、私たちの両親みたいに、いきたいね。

怪我も病気もないまま、ボケもせずにさ、静かに眠るの」


 それは理想だった。

歳を取れば、体のあちこちが弱っていく。


 筋肉、骨、臓器、脳。

健康体でいられる方が、稀と言ってもいいかもしれない。


「そうだね。ぜひとも、現実にしたい」


 龍登もまた、結菜の言葉にゆっくりと頷いた。


「でしょ。

眠るように息を引き取って、みんなに惜しまれながら死んでいくの」


 自分たちの両親がそうであったように。


 自分たちもそうでありたいという願い。


「きっとなれるさ。

俺たちは、掲げた夢を叶えてきたんだ。


ならきっと、最後まで、思い描いた未来になるよ」


 今までが、そうだったように。

これからも願いは叶うと龍登は言った。


 それは、確信とも思わせるような口ぶりだ。

きっと、それは、今まで培ってきた経験が、龍登に語りかけてきたのかもしれない。


「たしかに。わたしたち、ふたりなら、きっと大丈夫だよね。

ううん、龍登と私なら、かな」

「そうだね」


 いつか、お別れが来る。

それを示唆するような発言。


 けれど、龍登もまた納得したように頷く。


 そして、顔を上げて、背筋を伸ばす。


「そのためにも、まずは、いい親、いい爺と婆でいないとな」

「ふふ、そうだね」


 惜しまれるなら、まずはできることから始めようと、龍登は告げる。


 結菜も、龍登の言葉に笑顔で頷いた。


 しばらく、無音の時間が続く。


「……ねぇ、龍登」

「なんだい」


 まっすぐ、龍登の瞳を見つめる結菜。


「私より、先にいかないでね」

「あぁ、約束するよ」


 龍登もまた、まっすぐと見つめて、すぐに言葉を返す。


「ありがと、龍登」

「当然さ。プロポーズの誓いだからね」

「ふふ、そうだね」


 結菜は龍登の胸にすっぽりと収まるように抱きついた。


「龍登、愛してるわ」

「あぁ、俺も愛してるよ、結菜」


 30年分の想いが詰まった愛の言葉。

病める時も、健やかなる時も、ふたりは共に道を歩んできた。


 その愛の告白を、誰が茶化せようか。


 56歳と54歳。


 約30年の愛を育んできたのだ。


 愛とは、相手を想い続けた時間の長さ。


 愛とは、共に手を繋ぎ、共に歩んだ軌跡である。


 ふたりは、それをゆっくりと確かめ合うのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ