第10話 幸せ
-60・70代-
「まあ、小説だけでは食べていけないから、フリーランスもしていたな。
数年間は細々と暮らしてたが、だんだん仕事を得ることができてね」
「結局、口に出していた言葉が現実になったわね」
龍登と結菜は、人生を振り返るように、家を眺める。
庭付きの大きな一軒家。
引っ越した時は、ちょっと広いかなと思っていたが、今では大分広く感じる。
車も買えた。
普通車ではなく軽自動車だが、それで十分だ。
子供も、生まれてくれた。
娘と息子。今では、孫だっている。
仕事は自分たちのやりたいこと。
小説、イラスト、エッセイ、賞状、仕事で得た様々な思い出。
全部、全部、叶えてきた。
この家は、ふたりの軌跡を表しているのだ。
「そうだな。華も、願い事があるなら、声に出したほうがいいぞ」
「そうだねー。楓ともう少し話し合ってみるよ」
「それがいい」
タイミングよく、ふたりは紅茶と銀缶を飲み終えた。
「さて、そろそろお夕飯の準備を始めましょうかね」
「じゃあ、俺も」
結菜が立ち上がれば、龍登も当たり前のように立ち上がる。
「じゃあ、わたしも」
華も立ち上がろうとするが、結菜が首を横に振った。
「四人でゆっくりしてなさい。そのための集まりでもあるの」
「じゃあ、遠慮なく。ありがとうね、ママ、パパ」
華は、そのまま楓、優司、杏奈の元へ向かう。
四人でできるゲームもあるらしく、華もゲームに参加した。
ふたりは、お気に入りのエプロンをかけて料理を始める。
「なんだか、懐かしい話だったな」
「そうね、色々と思いだしたわ」
ふたりは、慣れた手つきで、手際よく料理を進める。
まさに阿吽の呼吸。
広いキッチンで、ふたりは、互いの邪魔をせずに、別の作業を進めていった。
「色々と何を思い出したんだい?」
「やっぱり、最初の出会いかしら」
「ああ、あれは、なかなか強烈だったな」
龍登ははっはっはと豪快に笑った。
「二人とも、店員だったものね」
「そうだな……あの頃、結菜と出会う前、自分が不幸だと思っていたよ」
飲食店時代を思い出してか、龍登は遠くを見つめる。
「たしかに、出会ったばかりの頃の龍登は、人相が悪かったものね」
ふふ、と楽し気に笑う結菜に、龍登は目を見開く。
「おい、言ってくれるな。
君は、そんな人相の悪い男と結婚したことになるんだぞ」
龍登が肘で小突いてやると、結菜は龍登にピッタリ寄り添う。
「でも、私と付き合って、仕事を変えたら顔つきも柔らかくなったわよ。
つまり、私のおかげでもあり、私の直感は正しかったってことよ」
そうして、胸を張り、龍登を上目遣いで上から見てきた。
龍登は反論しようにも、あの頃を思い出してか、肩を下す。
「ぐうの音もでないな。君のお陰で、すべてが変わったから」
懐かしむように、大根の皮を包丁で剥いていく。
計六年の飲食店勤務。
料理も率先したおかげか、腕はそこまで落ちていない。
龍登の降参を聞くと、結菜もまた声をあげた。
「でも、私もそうよ」
「そうなのか?」
結菜の告白は、龍登にとっては意外なものであった。
龍登から見てみれば、結菜は何も変わっていなかったから。
「当たり前でしょ。あなたじゃなかったら、きっと私は今でも一人だったと思う。
ほら、昔の私って、なかなか愉快な性格だったでしょ」
「まあ、たしかに。アグレッシブだったな」
「ふふ、無理に褒めなくていいわよ」
結菜は楽しそうに笑う。
龍登は心外だとばかり、すぐさま反論する。
「無理なんかじゃないさ。俺にはないものを持ってたからね」
「顔もよかったものね、わたし」
「そうだな。今でもきれいだ」
まっすぐな言葉で、伝える。
「あら、今日は美味しくお酒が飲めそうね」
「いつもじゃないのかい?」
「格段にという意味で」
「そうか」
ジュー
メンチカツ、コロッケ、エビフライを順番に揚げていく。
肉料理は、オーブンへ。
良い匂いが漂ってくると、優司と杏奈が集まってくる。
「いい匂い!」
「お腹空いた!」
まだまだ小さい二人。
龍登は、大きな皺の入った手で、二人を優しく撫でる。
孫二人は、気持ちよさそうに目を細めた。
「もうすぐできるからなー。下準備は終えてある」
「ふふ、さすが料理人」
結菜が料理人というと、龍登は首を振る。
「何十年も前の雇われさ」
クイクイと、エプロンを引かれる。
「なんか手伝う!」
「俺もやる!」
「じゃあ、こっちでこれやってもらうかな」
「「はーい!!」」
四人でわちゃわちゃと料理をしている。
少し時間がかかる。優司はまだしも、杏奈の手は覚束ない。
とはいえ、これも、ふたりの楽しみの一つだ。
四人で料理を進めていると。
がちゃっとドアが開く。
「ただいまー」
「おじゃまします」
男女の二人組が入ってくる。
「あら、おかえりなさい、聡、美月さん」
「やあ、おかえり、聡、美月さん」
ふたりとも、満面の笑みで迎える。
「おう、ただいま親父、母さん」
「おじゃまします、お義父さん、お義母さん」
その後ろから、小さい影が二つ。
「おじゃまします」
「します」
すぐに気付いたのは、子供組。
「夏希、修治!」
「なつきちゃん、しゅうじくん!」
夏希と修治の名前を呼ぶ、優司と杏奈。
「優司くん、杏奈ちゃん、やっほー」
「ゆうじ、あんな!」
「こら、修治。君とちゃん付けないと」
「えー」
優司はまだ小さいのか、唇をむっと尖らせていじけてしまう。
「あ、龍じいじ、結菜ばあば!」
「龍じい、結菜おばあちゃん!」
「おう、よくきたな、二人とも!」
「まあまあ、大きくなって」
孫の夏希と修治に視線を合わせる龍登と結菜。
「夕飯の準備、早いな。うお、コロッケじゃん」
「お義姉さんに挨拶したら、手伝います」
美月が率先して腕を捲るも、結菜が美月の前に立つ。
「いいから、大人はゆっくり休んで」
「そうだぞ、酒でも飲んでな」
龍登も座りながら、聡と美月に笑って伝える。
「ほんじゃあ、ありがたく。美月、母さん達に任せておこう」
聡は、当たり前のように姉たちの元へ向かう。
「えっと、いつもありがとうございます」
聡を何度か見た後で、美月は頭を下げる。
「いいのよ。さあ、ゆっくりしてね」
「はい」
聡は、すでに姉である華のところへ。
「姉ちゃん、飲み過ぎじゃね?」
すでに、三本ほど500mlの銀缶が開いていた。
聡は若干引いている。
「えー、そんなことないわよ。あ、美月ちゃん、元気してる?」
「はい、華さん。聡くんのおかげで」
「お世辞はいいって美月。楓さん、どうも」
「こんばんは、聡さん、美月さん。お元気そうでなによりです」
姉の華、その夫の楓。
弟の聡、その妻の美月。
四人とも、仲がよさそうだ。
「楓さんは、少し疲れてますね。姉ちゃんにこき使われ」
「使ってないわよ!」
姉を揶揄う弟。
それを見越した姉が、瞬時に否定する。
さすが、姉弟。
「二人で頑張ってるの!
あんたこそ、男の権力使って美月ちゃんいじめてないでしょうね!」
「いじめるわけないだろ!
なあ、美月、言ってやってくれ」
肩を抱き寄せてる聡に、美月は頬を染めた。
「えっと、毎日幸せです。
聡君、仕事に家事までしてくれて。本当に素敵な人で」
「わっはっは、どうだ姉ちゃん!
俺は親父と母さんのハイブリッド! 嫁の幸せが、俺の幸せ!」
どや顔で胸を張る弟の聡に、姉の華も感化される。
「ちょっと、私たちも負けてられないわ、楓!
いってやりなさい、私たちがどれほど仲良しか!」
「ちょっと、待って、もう少しお酒を」
楓は恥ずかしがり屋なのか、お酒をいれないとまだ駄目のようだ。
そんな、娘と息子夫婦を眺める親の龍登と結菜。
「ふふ、賑やかね」
「ああ、そうだな。これが幸せってやつだ」
ふたりは、仲睦まじく、目を合わせて寄り添い会話する。
「じいちゃん、次は!」
「おばあちゃんみてー、できた!」
「ばあば、ボクもやりたい!」
「アタシもやりたーい」
優司、杏奈が料理に戻っていて、指示を待つ。
そこへ、修治、夏希も参戦。
孫四人が、祖父母の龍登と結菜に催促する。
「はいはい、順番っ子ねー」
「わっはっは、大忙しだ!」
結菜は、四人の元へ。
龍登は、腰手を当てて大げさに笑った。
孫4人と龍登と結菜。
6人で料理を準備しながら、夕飯へ。
10人では、いつものテーブルが使えないため、長机で地べたに座って料理を食べた。
龍登と結菜は、いつもふたりきりでの食事だ。
それが今日から数日は、いつもの5倍。大人数での食事。
それは、それは、食事中も大いに盛り上がった。
華一家の自慢話、聡一家の自慢話。
夫と嫁の褒め合い合戦と、子供の自慢話。
主に、華と聡が言い争っていたわけだが、周囲はもう慣れたもの。
全員が笑ってる食事を見て、ふと、龍登は結菜を見る。
(いい顔だ)
笑顔の結菜を見て満足すると、すぐに視線を他のみんなに移すのであった。
食事を終えて、片付けて、
風呂に入ってと、それぞれの時間を過ごす。
「じゃあ、後は楽しんでくれ」
「私たち、もう寝るからね」
龍登と結菜は、お気に入りのパジャマに着替えて、華と聡一家に伝える。
「相変わらず、寝るのはやいわね」
華がそういうと、龍登はニヤリと笑った。
「健康でいたいからな!
じゃあ、また明日、おやすみな!」
「おやすみー!!」
全員に見送られて、龍登達は寝室へ向かった。
寝室にて
「あー、幸せだな」
「そうね」
ふたりは、すぐにベッドに入り込んだ。
天井を見上げながら、今日の感想を述べた。
「俺の親も、君の両親も、こんな気持ちだったのかな」
「なによ、突然」
「いや、親孝行、ちゃんとできてたかなってさ」
親孝行された龍登は、自分がでてきていたのか途端に不安になった。
「できてたわよ。間違いなく」
「どうしてそう思う?」
結菜は、即座に肯定する。
龍登は、結菜の言葉に速さに驚いて、問うた。
「私たちが今、幸せなことが、親孝行だからよ」
ふふ、と笑って、結菜は目を瞑った。
龍登は目を見開いて、皺の入った顔でくしゃりと笑う。
「……そうだな」
結菜の言葉を聞いて、龍登は満足そうに目を瞑る。
「悪かったな、突然」
「いいのよ。それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
龍登はもう一度目を開けて、隣で眠る結菜を見つめた。
(君が幸せで良かった)
結菜の言葉から、幸せと聞けたことが、龍登に取っての幸せなのだろう。
幸せを噛みしめるように大きく深呼吸をして。
もう一度、目を瞑った。
この日、龍登は、夢を見る。
お別れをした、あの日の夢を。




