1暮「コロンブスの卵・トマトソース添え」
まずは一話目。誰もが知るあの逸話の、少し違う側面を覗いてみましょう。
1493年、バルセロナの宮廷。新大陸から帰還したクリストファー・コロンブスを祝う晩餐会でのことです。
豪華な食事が並ぶ中、一人の貴族がワイングラスを片手に、鼻を鳴らして言いました。
「提督、あなたの成し遂げたことは、要するに西へ真っ直ぐ船を出しただけのこと。海があれば、いつかは陸に当たる。理屈さえ知っていれば、我々の中の誰にだってできたことだ」
周囲の貴族たちも、含み笑いを浮かべて頷きます。
これに対し、コロンブスは不敵な笑みを浮かべ、食卓にあった一個のゆで卵を手に取りました。
「では、皆様。この卵を机の上に立ててみせてください。支えなしに、直立させるのです」
人々は代わる代わる挑戦しましたが、卵は無情に転がるばかり。誰も立てることはできません。一同が諦めたとき、コロンブスは卵の先端を机に軽く叩きつけ、殻を少し潰して、平然と机に立てて見せました。
「こんなの、殻を壊せば誰でもできる!」と憤る貴族たちに対し、コロンブスは言い放ちました。
「左様。**人がやった後でやり方を言うのは容易いが、最初にそれを行うのは難しい。**航海も同じことです」
静まり返る会場。コロンブスの顔と、貴族たちの不機嫌な沈黙。ガスが充満した瞬間でした。
その時、控えていたイタリア人の宮廷料理人が、音もなく歩み寄りました。彼はコロンブスが潰して立たせた卵を、まるでゴミを片付けるかのようにひょいと皿に乗せました。
「提督、素晴らしい教訓です。しかし、立てるために『壊した』だけでは、食材が泣いていますよ」
料理人はそう言うと、コロンブスが持ち帰ったばかりの、当時は毒があるのではないかと恐れられていた未知の果実、真っ赤なトマトを取り出しました。
「あなたがたが『誰が最初か』と競っている間に、新大陸の恵みは熟しています。手柄を立てるのではなく、幸せを分かち合うのが、真の冒険ではないでしょうか?」
料理人はその場で火を熾し、手際よく調理を始めました。
コロンブスが誇らしげに立てたあの卵をボウルで溶き、バターの香りと共にふんわりとしたオムレツに焼き上げます。そこに、オリーブオイルとニンニク、そして新大陸のトマトを煮詰めた、鮮血のように赤いソースをたっぷりと回し掛けました。
香ばしい香りが広間を満たし、先ほどまでの刺々しい空気は一瞬で霧散しました。
「さあ、召し上がれ。提督が命懸けで見つけたトマトと、誰でも立てられるはずだった卵の共演です」
一口食べた貴族たちは、その未体験の美味に目を見開きました。コロンブスもまた、自分の持ち帰った「成果」が、誰かを言い負かすための道具ではなく、人々を笑顔にする一皿に変わったのを見て、毒気を抜かれたように笑いました。
「……なるほど。卵は立てるものではなく、味わうものだったか」
最初の一人は、いつだって孤独で尖っているもの。それを包み込むのは、いつの時代も美味しい料理なのかもしれません。




