私が間違っていましたか?
私はリナ・コルテ、20歳。このクリスタル通りのカフェ「ルミエール・ブリュー」で働き始めて、1か月ちょっとの新人。初バイトでドキドキだったけど、なんとかやれてる。
カウンターの向こうで、魔法で浮かぶ茶葉がキラキラ光る中、今日も客の笑顔のために走り回る。
「よお、リナ! いつもの星輝茶、輝き控えめで頼むぜ!」
マントをバサッと翻して現れたのは、ルシアンさん。鋭い目つきと長身で怖そうだけど、めっちゃいい人。毎日来てくれる常連だ。
「ルシアンさん、また地味な注文? 貴族ならもっと派手にキラキラしたのにしようよ!」私は笑いながら、指で魔法陣をなぞって茶葉を浮かせる。
「キラキラしてるのはリナだけで十分だろ?」
「もうっ! ルシアンさんったら!!」
私がいつものようにルシアンさんとおふざけの会話をしていると、店の奥から知らない男性がこっちを怪訝そうに見てた。初めて見る人だ。お客さんかな? いつ入ったんだろう。
「リナ、これを3卓に持っていって!」
先輩のミラさんから声が掛かる。今の時間帯はお店のピーク時間だし。私が知らないウチにミラさんが案内してくれたのかな。
「はい! ただいま!」
その後、しばらくしてお店のピークは過ぎて、客数も落ち着いてきて、店内は常連ばかりになってきた。
「リナちゃん、今日の星輝茶も美味しかったよ! 次はクリームたっぷりで頼むねぇ!」
「もうまた言ってる! お医者さんから止められてるんでしょ! 許可が出るまでブラックです!」
「俺はクリーム抜きでいいから、愛情たっぷりの甘いのでお願い!」
「はいはい、いつも愛情たっぷりですよぉーだ」
おふざけの会話が飛び交う中で、さっきこっちを見ていた怪訝そうな男の人がまたこっちを見てた。少しすると立ち上がり、キッチンの方に入っていく。
あれ? お店の関係者だったのかな? 私がそう疑問に感じてると、キッチンから男の人の怒号が聞こえてきた。私は慌ててキッチンに様子を見に行くと、店長のテオさんが先ほどの男の人に詰められてる状況だった。
「あれは一体どういうことだ? 君はどんな教育をしているんだ?」
「す、すみません。ですが……お店の売り上げは…」
「そういうことを言ってるんじゃない! お客様に対してタメ口? 私語? 接客業としての態度がまるでなっていない!!」
どうやら私のことで怒られてるみたい。
「あの~?」
私が声をかけると、男がこっちを睨む。
「君はここの新人だね。私はエリアマネージャーのガストンだ。さっきから君の接客をみていたが、あれはなんだ? 客によって態度をコロコロと変えて、一貫性がまるでない。接客業をなんだと思っているんだ?」
「す、すみません。でも、今まで一度もクレーム来てないし、店長だって……」
「申し訳ございません…だ! 敬語を使いなさい! 接客中の私語も慎む。お客様に聞かれたことにのみ応えなさい。君が一人勝手なことをするだけで、店の評判はすぐに落ちるんだ。そうなったら君は責任を取れるのか?」
「い、いえ。取れないです……」
「そうだろう! 挙句の果てには、貴族相手にあの態度。男爵程度とはいえ機嫌一つ損ねたら、こんな店の一つや二つぐらい、すぐに潰されるんだぞ! わかっているのか! 店長、君にも言っているんだ!」
「は、はい! その通りでございます! リナ君、だからあれほど接客態度には気を付ける様に、言ったじゃないか!」
「え…? 店長は今のままでいいって…」
「何?」
ガストンが睨むと、テオさん焦る。
「か、勝手な解釈はす…するな! 俺は接客態度を矯正しろといった! そうすれば、ここでずっと働かせてやってもいい!といったんだ!」
「まったく、店の売り上げがいいからと褒めてやろうと思って、店に足を運んだらこれだ。とにかく改善がみられないようなら、リナ君にはやめてもらうよ。店長も平社員に降格させる。わかったな?」
「も、もちろんでございます! ちゃんとやるんだぞ、リナ君!」
「君がしっかりと教育したまえ」
ガストンがピシャリ。
「わ、わかり……承知いたしました…」
テオさん、顔真っ青。
カウンターに戻ると、ミラさんが「リナ、聞いてよ! 店長が全部私が悪いみたいに言うのよ!」って憤慨してた。
「うん、ミラさん。店長、私の接客はお客さんにウケがいいからって許可してくれてたのに…」
私はムカついたけど、ガストンさんの言葉が頭にこびりつく。いくつも店を立て直した実績ある人だし、未経験の私が間違ってるのかな?
「まぁでも、言われちゃったなら、あのガストン?とかいうエリマネが目を光らしてる内は、大人しくしていた方がいいよ」
ミラさんがため息。
「わかりました」
次の日、ルシアンさんがいつものように来た。
「おう、リナ! いつもの頼むぞ!」
「いらっしゃいませ。何名様のご利用でしょうか?」
「どうしたんだよ? 俺はいつも一人で来てるだろ?」
「かしこまりました。こちらの席にご案内いたします」
「今日はちょっと変だぞ?」
「メニューが決まりましたら、お呼びください。失礼いたします」
「……なんだよ…」
ルシアンさん、不満そう。 他の常連さんにも同じ接客。
「リナちゃん、いつもの! 今日はクリームたっぷりでねぇ?」
「かしこまりました。星輝茶のクリーム多めですね」
「へ? いや、僕は医者から甘いの止められてるから……」
「ではブラックでお持ちいたします」
「リナぁ! 愛情 たっぷりの星輝茶はまだかぁ~?」
「こちら星輝茶でございます。愛情のオプションはございませんので、通常の星輝茶になります」
「お…おぉ…」
みんな困惑してる。でも、ガストンさんがキッチンから覗いて、うんうん頷いてるから、仕方ないよね。
数日経つと、客足が減ってきた。ガストンさんはテオさんを相変わらず叱りつけてるけど、私には「接客が完璧だ!」って褒めてくる。
テオさんも「やればできるじゃないか!」って。でも、客足減ってるのに。テオさんが何か手を抜いてるってガストンさんに怒られてた。なんか、いい気味。 常連さんも減っていったけど、ルシアンさんはまだ来てくれてた。
「なぁ、リナ、本当に何があったんだよ? ここの店長に弱みでも握られてんのか?」
「いえ、そんなことはございません」
「じゃあ何があったか教えてくれ。お客様が聞いてるんだぞ?」
ガストンさんの「聞かれたことにのみ答えなさい」が頭に浮かぶ。
「たかが男爵程度の貴族様でも機嫌を損ねたら、この店は潰されますので」
「何だと? それはお前の本心か?」
ルシアンさんの表情が一気に強張る。
「いえ、エリアマネージャーのガストンさんの指示です」
「なるほど、そういうことか」
ルシアンさん、表情を崩すと、会計済ませてそのまま出てった。 これでよかったのかな? でも、ルシアンさんも来なくなった。
店の客足はさらに減って、クリスタル通りって人通り多いのに、店は閑古鳥。ガストンさんとテオさん、頭抱えてたけど、バイトの私には関係ない。私は 仕事を終えて帰る途中、声をかけられた。
「おう、リナ! 久しぶりだな!!」
ルシアンさんだ! 私は振り向き、ちょっと戸惑った。お店みたいな喋り方? でも、店外だし、仕事終わってるし…前みたいに話そう。
「ルシアンさん、久しぶり!!」
「おぉ! その感じだよ! それでこそリナだ!」
私がえへっと照れてると、ルシアンさんの隣に爽やかな青年が立ってることに気付いた。
「実はリナ、お前に話があってな」
「話し?――え?」
☆☆☆
ルミエール・ブリューのカウンター、いつものキラキラがなんだか寂しげ。テオさんがガストンさんに詰められてた。
「なんでこんなに客が来ないんだ?」
「た…多分なんですが…」
「何だ? いってみろ!」
「客足が減り始めたのって、リナ君の接客態度が今のように変わってからなんです」
「何だと?」
「それまでは客足がよかったというか……寧ろリナ君が働くようになってから、以前は店の売上が急激に伸び始めてたんです。それと最近、近所に新しくカフェが出来たのも影響しているのかと」
「確かに、店の売上が伸び始めたのは、彼女が働き始めてからだな」
「えぇ……ですので、リナ君には以前のように接客してもらった方が…」
「店の責任者があの態度を許すというのか!」
「でも、そうしないと店が潰れて…」
「ぐぅ……それは…」
「おはようございます」
私が言うと、
「リナ君! お、お はよう!」
テオさんが私の顔をマジマジ見てくる。その隣ではガストンさんが気まずそうな顔。
「じ、実はだな。店の売上がかなりの赤字でな」
ガストンが喋り始めた。
「そうですか」
「このままでは来月にも店が潰れてしまう」
「はい、そうですか」
「そうなれば、君も働き口を失くして困るだろう? なので仕方がない。君が以前のように接客することを、きょ…許可しよう」
「いえ、それは出来かねます」
「な、なぜだ? 君もそれを望んでただろう?」
「そうだよ。リナ君! せっかくエリアマネージャーがこう言ってくれてるんだよ?」
「いえ、結構です。何故なら私は今日でこの店を辞めさせてもらいますので」
私がそういうと二人が驚く。
「ど、どういうことだ?」
私の背後から、ルシアンさんと、もう一人青年が現れる。
「どういうことって? リナから話は聞いてるぞ。ガストンさん、あんた俺が男爵程度の貴族様だって口にしたそうだな」
「あ、あなた様は……いえ、そんなことは…」
「別に隠さなくていいぞ。ただリナは俺がもらっていくぞ」
「な!?」
「最近、近くに新しいカフェができただろう? 俺がプロデュースした店だ。それでこいつはその店の店長のルシウスだ」
「初めまして、スターライト・ブランで店長をさせていただいてます。ルシウスと申します。いきなりですが、リナさんは私の店で働くことになりました」
ルシウスさん、爽やかに微笑む。
「リナ君、待ってくれ! ルミエールに戻ってくれ!」
テオ、頭下げまくり。
ガストンも「私の指導が…厳しすぎた。君が必要だ」って渋々。
私は微笑んだ。「ガストンさんのマニュアルで、ルミエール・ブリューはガラガラですよね? スターライト・ブランは私の接客を信じてくれる。客の笑顔が私の答えなんで」
それから少ししてルミエールは客足が戻らず潰れたみたい。
スターライト・ブランでは、私の接客が魔法の花びらみたいにキラキラ輝いて、常連さんの笑顔が毎日増えてる。
ルシアンさんも「リナの星輝茶、今日も最高だ!」ってニヤリ。
私は思う。いつか自分のカフェを開くよ。そこでも、客の笑顔のために、私らしくキラキラ接客するんだ!