第七話 結の守り人
# 主要登場人物
## 結守
- 29歳、男性
- 防具師
- 柔らかな結界術の開発者
- 温厚で創造的な性格
- 従来の堅固な結界に疑問を持つ
- 守ることの本質を追求する
## 篭手
- 62歳、男性
- 防具師組合の長
- 伝統的な結界術の達人
- 保守的だが理解のある性格
- 結守の新技術を最終的に認める
- 技術の本質を見極める目を持つ
## 小夜
- 12歳、女性
- 病弱な体質の少女
- 純真で前向きな性格
- 新しい結界技術の受益者
- 技術革新の必要性を体現
- 結守の技術開発の直接の動機
一
「これでは、きつすぎます」
結守は、小夜の体を覆う結界を見つめながら言った。従来の結界は、まるで硬い殻のよう。確かに外からの力は防げるが、この少女の体には重すぎる。
「でも、これしか」
篭手の声には、諦めが混じっていた。
「結界は、強くなければ」
「いいえ」
結守は、静かに首を振った。
「別の方法が、あるはずです」
小夜が、か細い咳をした。
生まれつきの病弱な体。普通の結界では、その体を守りきれない。
かといって、結界なしでは、外の世界に出ることすらできない。
「私に、考えさせてください」
結守は、小夜に優しく微笑みかけた。
「必ず、あなたに合った守りを」
「できるのか?」
篭手の声が、厳しい。
「結界は、強さがすべて」
「違います」
結守の声が、静かに響く。
「本当の守りとは」
その言葉は、工房に満ちた夕暮れの中に、静かに溶けていった。
二
「見てください」
結守は、試験場で小さな結界を展開させていた。
普通の結界のような、硬い壁ではない。
まるで、柔らかな膜のような結界。
「これは」
篭手が、目を見開く。
結守は、その結界に石を投げた。
すると。
「跳ね返らない?」
篭手の声が上がる。
そうだ。石は跳ね返らない。
代わりに、結界が柔らかく変形し、石の勢いを吸収していく。
そして、静かに地面に落とす。
「葉が雨を受け止めるように」
結守は説明した。
「硬く跳ね返すのではなく、柔らかく受け流す」
「だが、強い力には」
その時、篭手が大きな石を投げた。
結界が大きく歪む。
しかし。
「破れない」
結守は静かに頷いた。
「しなやかさが、力を分散させる」
篭手は、黙って結界に近づき、手を当てた。
「温かい」
「はい」
結守は、結界を編んだ糸を見せた。
「特殊な触媒を編み込んで」
「なるほど」
篭手の目が、理解の色を浮かべる。
「だから、生きているように」
結守は頷いた。
この結界は、着る人の体と共に呼吸する。
決して、重い鎧のようには振る舞わない。
「小夜様に」
結守は、静かに言った。
「この技を」
三
「温かい」
小夜の声が、喜びに震えていた。
新しい結界が、少女の体を優しく包んでいる。
「苦しく、ありませんか?」
結守が、心配そうに尋ねる。
「ううん」
小夜は、柔らかく微笑んだ。
「まるで、お母様に抱かれているみたい」
結守は、安堵のため息をつく。
この結界なら、小夜の体に負担をかけることなく、外界の危険から守ることができる。
「結守殿」
篭手が、厳かな声で言った。
「これは、まさに」
その時だった。
工房の外から、突然の物音が。
「危険!」
結守の声が響く。
暴走した荷馬車が、工房に向かって突っ込んでくる。
小夜は、その場に立ちすくんでいた。
しかし。
結界が、しなやかに形を変える。
まるで、春風のように荷馬車の勢いを受け止め、
そっと、横に逸らしていく。
「無事か!」
篭手が、小夜の元に駆け寄る。
「はい」
少女は、少しも動揺していなかった。
「だって、守られていたから」
結守は、安堵の表情を浮かべた。
この結界は、確かに力を持っている。
それは、硬い鎧のような力ではない。
しかし、確かな守りの力。
四
「これより」
篭手の声が、結界神社に響く。
「新しき技法を」
結守は、静かに頭を下げた。
柔らかな結界の技法が、正式に認められる日。
それは、防具師としての長い挑戦の終わりであり、
新しい始まりでもあった。
「結守様」
小夜が、晴れやかな表情で近づいてきた。
「外に、行けるんですよね?」
「ええ」
結守は、少女の頭を優しく撫でた。
「あなたの行きたいところへ」
柔らかな結界が、夕陽に照らされて淡く光る。
それは、まるで優しい心のように、
小夜の体を、そっと包んでいた。
「これからは」
結守は、空を見上げた。
「もっと多くの人に」
強さだけが、守りではない。
優しさもまた、確かな守りとなる。
その真実を、結守は自分の技で証明したのだ。
(終)