第六話 継木の刻
# 主要登場人物
## 継目
- 48歳、男性
- 宮大工の棟梁
- 触媒を用いた新しい木組み技術の開発者
- 頑固で職人気質だが、革新も恐れない
- 代々の宮大工の家系
- 伝統と革新の調和を体現する存在
## 木霧
- 23歳、男性
- 継目の弟子
- 新技術に強い関心を持つ若手宮大工
- 真面目で向上心が強い
- 師の技を確実に吸収
- 次代の技術伝承者
## 榎本
- 65歳、男性
- 神主
- 古い伝統を重んじる保守的な性格
- 最初は触媒技術に懐疑的
- 新技術の価値を理解していく
- 神聖な場所の管理者としての責任感が強い
一
継目は、神木を見上げた。
「これほどの木は、初めてだ」
弟子の木霧が、息を呑む。
樹齢千年の神木。その根元に建つ社が、今、継目の仕事を待っている。老朽化した社を解体し、新しい場所に移築する。しかし。
「ご存知でしょうな」
榎本神主の声が背後から響く。
「この社は、神木の力で保たれている」
継目は黙って頷いた。
普通の建築ではない。
神聖な力が宿る社。その移築は、ただの技術では成し得ない。
「触媒を使わせていただきます」
継目は静かに告げた。
「触媒など」
榎本の声が冷たい。
「伝統の技で十分」
「いいえ」
継目は、古い社の柱に手を当てた。
「この社には、既に触媒が」
「なに?」
継目は、柱の古い木目をなぞった。
「代々の宮大工が、密かに」
榎本は息を呑んだ。
古い社の木組みには、確かに触媒の痕跡が残っていた。
百年、二百年前から、宮大工たちは知っていたのだ。
木と神の力を繋ぐために、触媒が必要だということを。
二
「墨を入れます」
木霧の声に、継目は頷いた。
古い社の解体が始まっている。
一本一本の部材に、墨で印を付ける。
その墨には、特殊な触媒が混ぜられていた。
「継目殿」
榎本が不安そうに見ている。
「これで、本当に」
「ご安心を」
継目は、墨壺を手に取った。
「これは、百年前の宮大工と同じ技」
墨が、部材に染み込んでいく。
その瞬間、木霧が声を上げた。
「棟梁、これ」
古い柱から、かすかな光が漏れ始めた。
「やはり」
継目は、満足げに頷く。
「古い触媒が、新しい触媒に応えている」
「しかし」
榎本が心配そうに言う。
「神木の力は」
その時だった。
巨大な神木が、不気味な唸りを上げた。
「退いて!」
継目の声が響く。
神木から放たれた力が、古い社を包み込む。
しかし。
「大丈夫だ」
継目は、静かに告げた。
「神も、私たちの技を認めてくれている」
確かに、神木の力は社を壊そうとはしていなかった。
むしろ、古い触媒と新しい触媒の共鳴に、呼応するように。
「さあ」
継目は、弟子たちに声をかけた。
「解体を始めよう」
三
「一番難しいのは」
継目は、新しい部材を手に取りながら言った。
「古い木と新しい木の継ぎ合わせ」
老朽化した部分は、新しい木に替える必要がある。
しかし、その作業にも技が必要だった。
「木霧」
継目は、弟子を呼んだ。
「継手の触媒を」
木霧は、特殊な触媒の入った壺を差し出す。
それは、木の命を繋ぐための触媒。
古い木と新しい木を、魂のレベルで結ぶ。
「見ておけ」
継目は、二つの木材を合わせた。
「これが、継木の刻」
触媒を込めた墨で印を付け、
鋸で切れ目を入れ、
鑿で彫り込む。
そして。
「来た」
木霧の声が上がった。
二つの木材が、淡く光を放ち始める。
古い木の命が、新しい木に流れ込んでいく。
まるで、木の血が通うように。
「神主殿」
継目は、榎本に向き直った。
「これが、代々伝わる技」
榎本は、黙って頷いた。
その目には、畏敬の色が浮かんでいた。
四
「納めの刻です」
継目の声が、新しい社に響く。
移築は、ほぼ完了した。
最後は、棟木の固定。
最も重要な作業だ。
「準備はいいか」
継目は、弟子たちに声をかけた。
「はい」
木霧たちが、一斉に頷く。
継目は、深く息を吸った。
そして、最後の触媒を取り出した。
「守りの刻」と呼ばれる、特別な技法。
「始めます」
継目の手が動く。
触媒が、棟木に染み込んでいく。
すると。
「棟梁!」
木霧の声が上がった。
神木が、再び唸りを上げる。
しかし今度は、穏やかな響き。
まるで、新しい社を祝福するかのように。
「終わったな」
継目は、静かに道具を納めた。
「見事な技でした」
榎本が、深々と頭を下げる。
「これぞ、真の宮大工の技」
継目は、黙って頷いた。
新しい社が、夕日に照らされて淡く光っている。
その姿は、まるで百年前、あるいは二百年前と同じように見えた。
「木霧」
継目は、弟子を呼んだ。
「次は、お前が」
「はい」
木霧の声が、力強く響く。
「必ず、この技を」
継目は、満足げに頷いた。
古い技と新しい技。
それは、決して相反するものではない。
共に受け継ぎ、共に磨き上げていくもの。
神木の枝が、夕風に揺れる音が聞こえた。
それは、あたかも技の未来を祝福する音のようだった。
(終)