表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第五話 光を織る

# 主要登場人物


## 月緯つきぬき

- 19歳、女性

- 織師

- 伝説の光織りの再現に挑む

- 繊細で完璧主義な性格

- 伝統織物の家系の末裔

- 触媒を織り込む新技術の開発者


## 錦手にしきて

- 68歳、女性

- 月緯の祖母

- 元名織師

- 穏やかで深い知恵を持つ

- 光織りの技を知る最後の世代

- 孫娘の才能を導く導き手


## 糸雨いとう

- 25歳、男性

- 触媒師

- 糸への触媒込めを専門とする

- 寡黙だが技に誠実

- 月緯の技術的支援者

- 新しい織物技術の共同開発者


月緯の指が、織機の上で止まった。


「まただめか」

糸雨が、静かに言う。


編み込もうとした触媒が、また糸を焼いていた。光る糸と呼ばれる、触媒を編み込んだ糸。それを織り上げることが、月緯にはまだできない。


「もう一度」

月緯は、新しい糸を手に取った。

しかし。


「今日はもう休みなされ」

祖母の錦手が、工房に入ってきた。

「糸も触媒も、織り手の心が曇っては受け付けぬもの」


「でも」

月緯は、焼けた糸を見つめた。

「結界衣の約束が」


「分かっておる」

錦手は、孫娘の肩に手を置いた。

「だが、拙速は技を誤らせる」


月緯は、ゆっくりと立ち上がった。

工房の窓から、夕暮れが差し込んでいる。

糸を照らす光が、まるで血のように赤い。


「おばあ様」

月緯は、ふと思い出したように尋ねた。

「光の織物って、本当にあったのですか?」


錦手は、遠くを見るような目をした。


「あったとも」

その声は、懐かしさに満ちている。

「私の母が、一度だけ織り上げた」


「どんな」


「まるで、月光を織ったよう」

錦手は微笑んだ。

「触れると、ほんのりと温かくて」


月緯は、黙って祖母の言葉を聞いた。

光を織る。

それは、この里に伝わる伝説の技。


「私にも」

月緯は、小さく呟いた。

「できるでしょうか」


錦手は、答えなかった。

ただ、孫娘の頭を、優しく撫でた。



「これは」


月緯は、蔵の奥で見つけた古い織機を見つめていた。

普段使うものとは、明らかに構造が違う。


「母の残したものじゃ」

錦手が、懐かしそうに言った。

「光を織った、あの織機」


月緯は、息を呑んだ。

織機の枠には、不思議な模様が刻まれている。

触れてみると、微かに温かい。


「これは」

糸雨が、織機を見つめた。

「触媒を受け入れる、特殊な」


「そう」

錦手は頷いた。

「普通の織機では、触媒は糸を焼く」

「だが、この織機は違う」


月緯は、織機の模様をなぞった。

複雑な文様の中に、何かの理があるはずだ。


「使ってみてよい」

錦手が言った。

「月緯、お前なら」


「はい」

月緯は、強く頷いた。

「必ず」



「織機が、温かい」


月緯の声が、工房に響く。

古い織機に、新しい触媒が響き合っている。


「この織り方で」

糸雨が、緊張した面持ちで言う。

「織物が、触媒を」


「受け入れる」

月緯は、静かに頷いた。


指が動く。

織機が鳴る。

糸が交差する。

そして。


「光る」

思わず、声が漏れた。


織り上がっていく布が、淡く光を放っている。

まるで、月の光を織り込んだかのように。


「これが」

糸雨の声が震えた。

「光の織物」


「違う」

月緯は、織り続けながら言った。

「これは、始まり」


織機が、さらに温かさを増す。

月緯の指が、より速く、より確かに動く。

それは、もはや技というより、祈りに近かった。


「編み込むのは」

月緯の声が、静かに響く。

「光だけじゃない」


想いも。

願いも。

守りの心も。


「結界衣は」

月緯は、最後の糸を通した。

「こうして、織り上げるもの」



「美しい」


錦手が、完成した布を見つめていた。

淡く光る布は、触れると確かな温もりがある。

そして、何より。


「確かな、守りの力」

糸雨が、布の上で触媒を試した。

「これほどの結界布は」


「祖母様の母の作品には」

月緯は、織機に手を置いた。

「まだ、遠く及びません」


「いいえ」

錦手は、静かに首を振った。

「お前は、お前の光を織った」


その通りだ、と月緯は思った。

これは、誰かの技を真似たものではない。

自分の手で、自分の想いで織り上げた。


「次は」

月緯は、また新しい糸を手に取った。

「もっと、強い守りを」


錦手は、微笑んで頷いた。

工房の窓から差し込む朝日が、織機を優しく照らしている。

その光の中で、月緯の新しい織物が、始まろうとしていた。


(終)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ