第一話 銀触りの娘
# 主要登場人物
## 篝
- 14歳、女性
- 探鉱師の家系に生まれた少女
- 銀との特別な共鳴能力を持つ
- 内向的だが、芯の強さを持つ
- 両親を事故で失い、祖父に育てられる
- 正統な探鉱術よりも直感的な能力に長けている
## 篝火
- 70代後半、男性
- 篝の祖父
- 銀峰村の長老格探鉱師
- 現在は病床に伏している
- 伝統的な探鉱術の体現者でありながら、新しい可能性も認める懐の深さを持つ
- 孫である篝の才能を信じている
## 鏑木
- 50代、男性
- 銀峰村の工房頭
- 精錬技術の専門家
- 実務的で伝統的手法を重視する性格
- 村の存続に対して強い責任感を持つ
- 最初は篝の手法に懐疑的だが、結果を受け入れる度量も持つ
# その他の登場人物
- 村人たち(個別の名前なし)
- 鏑木に同行して篝の探索に付き添う
- 村の存続を案じる一般住民
一
山の日暮れは早い。篝の掌の上で、探針が微かに震えた。
「まだ、わからないの?」
背後から聞こえた声に、篝は肩を強張らせた。鏑木の声だ。工房頭である彼は、今日も篝の作業を見守っている。いや、監視していると言った方が正しいかもしれない。
「申し訳ありません」
篝は深く頭を下げた。耳に触れる髪が邪魔で、探針の震えが読み取りづらい。それでも、頭を上げることはできなかった。
「そうか」
鏑木は深いため息をついた。
「もう日も暮れる。今日はここまでだ」
篝は黙って頷いた。探針を腰の道具袋に納めながら、少女は地面に残された足跡を見つめた。祖父の足跡。二十日前まで、ここで祖父が立って見ていた場所だ。
「篝、お前には期待している。かがりび殿の孫なのだから」
鏑木の言葉に、篝は再び頭を下げた。それが精一杯の返答だった。
「ただ、時間はない。銀がなければ、村は...」
鏑木は言葉を濁した。とはいえ、続きは誰もが知っている。銀がなければ、銀峰村は終わる。精錬所も、工房も、すべてが終わりを迎える。
山道を下りながら、篝は空を見上げた。夕焼けが山々を赤く染めている。まるで、精錬所の炉のようだった。
二
「触れたか?」
祖父の声は、篝が障子を開ける前から聞こえていた。病床についてなお、その耳の良さは衰えていない。
「いいえ」
篝は障子を開け、部屋に入った。正座する前に、祖父の枕元を確認する。水差しはまだ半分以上残っていた。
「そうか」
祖父、篝火は目を閉じたまま言った。
「近いのだがな」
篝は黙って祖父の言葉を待った。
「お前にも、感じるだろう? 銀の気配が」
篝は小さく頷いた。確かに感じる。生まれてこの方、ずっと感じてきた。それは血の中を流れる銀の響きのようなものだった。でも。
「でも、場所がわからないんです」
篝は膝の上で握り締めた手を見つめた。
「探針も、銀笛も、ちゃんと使えていないんです」
祖父は静かに目を開けた。
「道具か」
老人は天井を見上げながら言った。
「私は道具を使わなかったぞ」
「え?」
「銀は、ここで感じるものだ」
祖父は自分の胸に手を当てた。
「代々、我が家の探鉱師たちは、心で銀を探してきた」
篝は息を呑んだ。そんな大切なことを、なぜ今まで。
「教えなかったのは、私の未熟さゆえ」
祖父は苦笑した。
「お前の中に眠る力を、私の教えで縛ってしまうことを恐れた」
「私の、力...」
「お前は特別な子だ、篝」
祖父の声は柔らかだった。
「私よりも、はるかに銀に近い」
三
その日から、篝は道具を使うのをやめた。
「何をしている」
鏑木の声は冷たかった。
「なぜ道具を使わない」
「祖父様が」
篝は言いかけて、口をつぐんだ。説明しても、理解してもらえるとは思えなかった。
「道具なしでは、探鉱などできん」
鏑木は厳しい口調で言った。
「かがりび殿も、若い頃は必ず道具を使っていた」
それは違う、と篝は心の中で否定した。でも、声に出すことはできなかった。
歩き始めて三日目。篝は山の斜面に座り込んでいた。目を閉じ、耳を澄ます。風の音。木々のざわめき。そして...。
篝は目を開いた。
確かに感じる。銀の響き。でも、いつもと違う。より深く、より強く、より。
篝は立ち上がった。足が震える。でも、進まなければ。一歩、また一歩。
「こんなところにいたか」
突然の声に、篝は振り返った。鏑木が、数人の村人と共に立っていた。
「もう充分だ」
鏑木は疲れた様子で言った。
「お前の好きにはさせてきた。だが、もう時間がない」
「でも」
篝は必死で言った。
「ここに、銀が」
「荒唐無稽な」
鏑木は篝の言葉を遮った。
「ここは既に探索済みだ。何も出ない」
「違います」
篝は声を振り絞った。
「私には、感じられます。祖父様の言う通り、この胸に」
「たわけ」
鏑木の声が冷たく響いた。
「夢想で村は救えん」
その時だった。足元の地面に、ヒビが入るのを篝は感じた。
四
「逃げて!」
篝の叫び声が、山肌に響いた。地面のヒビが、見る見る広がっていく。
「なっ」
鏑木の驚きの声が聞こえた。そして、轟音。
篝は咄嗟に地面に身を投げ出していた。耳を澄ますと、崩れた地面の先に、空洞の気配を感じる。そして、その奥に。
「銀...」
思わず声が漏れた。
「鏑木様!」
「無事か!」
暗闇の中から、声が返ってきた。どうやら、皆大きな怪我は免れたようだ。
「ここです」
篝は興奮を抑えられなかった。
「私の感じていた銀は、ここにあったんです」
松明が灯された。崩れた地面の先には、古い坑道が口を開けていた。そして、その壁面に。
「こ、これは」
鏑木の声が震えた。
坑道の壁を埋め尽くすように、銀の鉱脈が走っていた。
「どうして、こんな場所に」
誰かがつぶやいた。
篝には分かっていた。この坑道は、ずっと昔に掘られ、忘れ去られたものだ。でも、銀は忘れていなかった。代々の探鉱師たちに、ここで眠っていることを。
「篝」
鏑木が静かに呼んだ。
「お前の勝ちだ」
篝は首を振った。
「私の勝ちじゃありません」
少女は柔らかく微笑んだ。
「これは、銀が私たちを選んでくれたんです」
その夜、篝は祖父に報告した。
老人は目を閉じたまま、穏やかな笑みを浮かべていた。
「よくやった」
祖父の声は、誇りに満ちていた。
「これでお前も、一人前の探鉱師だ」
篝は黙って頷いた。窓の外で、銀色の月が優しく輝いていた。まるで、地中の銀が空に映ったかのように。
(終)




