8 悪女は尋問される
臭くなった理由? そりゃあもちろん……
「外で暮らしていたからじゃないでしょうか。あと、暑いから」
「……何故野宿をした。この部屋の何が気に食わない」
この部屋? と見回せば、それはそれは立派な室内が視界に広がった。メイリーンが寝ていた屋根裏も、サツキが寝ていたコーラクの二階もすっぽり収まるくらいの広さだ。女性が好みそうな洒落た装飾は何もないが、王国騎士団長の妻であり、この屋敷の女主人に相応しい部屋と言えるだろう。
「気に食わないどころか、広々としてすごくいいお部屋だと思いますよ。最初に案内してもらった部屋とは違って、家具も壊れてないし、ハロウィンの飾りもないし」
「はろうぃん?」
「ああ、蜘蛛の巣とか虫の死骸とか、そういう飾りです。悪くないけど、季節外れでしょう?」
へへっと笑ってみるも、悪魔は眉間に皺を寄せる。剃り残しなんて少しもないツルツルの顎に手を当て、何かを考えている様子だ。
「……質問を変える。何故シェフの料理を拒んだ」
「シェフは体調を崩していたので、料理は出来ませんでしたよ。侍女長に食料庫を案内してもらって、ご自由にと言われたので、好きな物を適当に食べて飲んでました。料理なんかしたくないし」
またへへっと笑ってみるも、悪魔の眉間には更に濃い影が出来る。すっと立ち上がると、部屋のドアを開け誰かを呼んだ。
緊張した面持ちで入室する侍女長。うつむいたままこちらへやって来る彼女を、悪魔は手振りだけで床に跪かせ、冷たい目で見下ろした。
「お前の話と、お前が仕えるべき主の話とでは、随分食い違っているようだが。……一体どちらが嘘を吐いているんだ?」
侍女長は一瞬ピクリと肩を震わせるも、淡々と答える。
「嘘とは心外でこざいます。二十年間もご主人様に尽くしてきた私と、嫁いできたばかりの……色々とご評判の奥様。どちらが信用に値するかなど、考えるまでもございませんでしょう」
「……そうだな。お前を信じるなら、この女は単なる我が儘放題の悪女ということになる。だが、もしこの女の話が本当なら、お前は取り壊し予定の離れへ主を案内し、まともな食事を与えないどころか、一切世話もせず放置していたことになる。つまりは私の命に背き、勝手に采配したせいで、庭を散らかされ食料庫を荒らされワインセラーを空にされ悪臭を放たれたということになるが。……この史上最悪の悪行に、一切関わっていないと誓えるか?」
侍女長の顔色が変わる。悪魔を見上げ、冷たい目を見据えると、さっきとは打って変わって声を荒らげた。
「はい! 誓います! 奥様は、こんな粗末な部屋で過ごすなら野宿の方がマシだと外へ出て行かれ、シェフの料理は口に合わないとお皿を投げつけられました。更には馬小屋から盗んだ……ナルト様のお食事でガゼボを散らかし、先代が大切にしていらっしゃったバードバスの女神像を、何度も何度も殴られていました。( ※3話参照 )
これ以上の被害を防ぐ為、屋敷へ入っていただこうと何度も接触を試みましたが、散々暴言を吐かれ……ううっ」
青ざめた頬に、つうと涙が伝う。
女神像……殴ったっけ? 暴言……吐いたっけ?
なにせ毎日酒を飲んでいたのだから、記憶が曖昧だ。侍女長の涙を見ながら必死に思い出そうとしていると、シュルンと物騒な音が響いた。
ひっ……ひいいいぃ!!