7 悪女は風呂で地獄を見る
フロ……ふろ……風呂。
あまりにも久々の響きに、某コントグループのあの名曲が頭に流れる。バンバン口ずさみながら、頭をボリボリ掻いていると、悪魔の肩がピシッと固まった。
「まさか、ここへ来てから一度も入っていない訳じゃないよな?」
「お風呂に? 入っれないよ。でも井戸水で毎日顔は洗っれるし、口もゆすいでるし、噴水で足も」
「うえぇっ!!」
悪魔はコントみたいな声で叫ぶと、急に歩を速め、屋敷のどこかへとずんずん向かう。しばらくして、固い床の上に私をポイと下ろすと、パッパッと肩を払った。息を止めているのか、威厳のかけらもない声でメイド達に命じる。
「今しゅぐこいちゅを丸洗いしろ! 服ごと湯船に突っ込んで、垢も臭いもひとちゅ残らじゅ全部落としぇ!」
……何それ! まるで人を汚物みたいに……失礼しちゃう! こっちはね、汗や油や脂だけじゃなく、強烈なニンニク臭にだって慣れてるのよ!
襲ってやろうかとゾンビみたいに上げかけた両手を、両側からメイド達にがしっと拘束される。そこにあの侍女長がやって来て、信じられないという風に首を振った。
「ご主人様、本当にこちらでよろしいのですか? よろしければ使用人用の風呂へ……」
「湯が余っているのだから構わにゃい。しょれよりも早く入れろ!」
「……かしこまりました」
ムスッとしながらも、湯を足したりオイルを入れたりと、風呂の用意を整えていく侍女長。「これもちゅかえ」と渡された物を見て、再び首を振った。
「これは……! ご主人様の石鹸ではありませんか」
「構わにゃい。綺麗ににゃったら部屋へちゅれて行け」
悪魔が湯気の外へ出て行くと、侍女長は私をギロリと見下ろし、不適な笑みを浮かべる。
「入浴の用意が整いました」
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はあ……酷い目に遭った。お蔭ですっかり酔いも醒めたわ。
ふやけてシワシワになった指先を見れば、どっと疲れが押し寄せる。
あの後、本当に服のまま湯船に突き落とされた私は、頭から足の先までを三人がかりでごしごしと洗われた。乱暴に擦られたせいでヒリヒリする肌を撫でていると、若いメイドにすっとクリームを差し出された。
「ありがとう」
何も言わずに髪を梳かしてくれるその手は、さっきの三人とは違って随分優しい。
あれ、この娘は確か……前に井戸で目が合ったメイドだわ。
サイドを掬ってリボンで結ぶと、彼女は、出来ましたという風に頭を下げた。
そういえば……前世の記憶を取り戻してから、鏡を見るのは初めてだわ。そこに映っているのは、サツキとは似ても似つかない、金髪碧眼の華奢な美少女メイリーンで。何だか不思議な気持ちになる。
一つの身体に二つの人生の記憶。一体自分は何者なのかと食い入るように見つめていると、強いノックの音が悪魔の来訪を告げた。
ソファーの向かいにドカッと座った悪魔は、偉そうに腕を組みながら、威圧感たっぷりに口を開く。
「……さて、聞かせてもらおうか。お前があそこまで臭くなった理由を」