57 悪女は世界一可愛い鬼になる
支度を整えた私は、湯上がりの程よく気だるい身体で離れへと向かう。
屋根裏の丸窓から漏れる灯り。愛しい先客がそこにいることを告げられ、胸がドキドキと高鳴る。
大丈夫……心も身体の準備もバッチリよ。
歯磨きよし! お肌もつるつる! 筋肉MAX!
それに……
肩からショールを外し、ここまで付き添ってくれたクニナガコに手渡す。二人から静かなエールをもらうと、私もファイティングポーズを返した。
ギシリ……ギシリ
屋根裏の梯子を、一段一段、丁寧に踏み締めていく。
「メイリーン」
優しく手を差し伸べてくれる冷徹。
途中からはほぼ抱き上げられる形で、逞しい胸に招かれた。
以前一緒に晩酌をしたテーブルには、ワイン瓶と二人分のグラスがひっそり置かれている。けれど、今夜はそこに向かい合うのではなく、自然と手を繋ぎベッドに腰掛ける。
一秒たりとも離れたくない。どうやらその想いは同じようだ。
清潔感のある爽やかな石鹸の香り。それは、男性特有の濃厚な獣臭を隠すどころか、却って妖しく官能的に引き立てている。
初めて見るガウン姿の彼は最高に色っぽく、ちょっとでも気を抜けば、意識が全部持っていかれてしまいそうだ。
「……今日はいつものへんてこな服じゃないんだな。赤と黄色とピンクの」
微笑いながら胸元のリボンを弄ばれ、身体の奥がじんと震える。
「今夜は……ね。たまにはこういうのも、奥様らしくて素敵でしょう?」
クニコが選んでくれた、真っ白なシルクの夜着。開いた胸元を縁取るレースは、メイリーンの華奢な体躯をより可憐に、かつ妖艶に魅せてくれる。
「……似合ってるよ。何を着ても、多少汚くても、お前はすごく可愛い」
いやん♡
破壊力抜群の笑顔でそう言われ、せっかく磨いた陶器肌が、真っ赤っ赤に火照ってしまう。
まだまだ……勝負服はこんなもんじゃないのよ♪
すぐそこまで近付いていた唇を両手で阻むと、沢山練習したうるうるの上目遣いで囁く。
「あのね、その前に……最高に可愛い私を見て欲しいの♡ よそ見をするのはやめてね♡」
目をぱちくりさせる彼の前へ立ち、夜着をパサリと脱ぎ捨てる。
用意していた二本角付きカチューシャを着け、腰をくいっと曲げながらウインクしてみた。
「ダーリン♡」
『本当にこれでよろしいのですか? 下着にしても面積が少なすぎでは?』
と、クニコに何度も念を押されながら仕立てた、このビキニタイプの勝負服。建国記念祭のドレスを作る際に余った、虎の毛皮を使わせてもらった。
世界で一番可愛い鬼は? と訊かれれば、日本国民全員が名を上げるに違いない彼女。
顔の可愛さは互角だけど、胸はメイリーンの方がちょっと残念……ということで、そこは寄せて上げて仕様でカバーした為、いい感じになっている。
欲を言えばブーツの分まで毛皮が欲しかったけど、これだけでも充分でしょう。
『千里行って千里帰る』という故事からも、虎は縁起がいい動物だ。
夫の為に、私の手で一針一針丁寧に縫った勝負服。これを着た私を抱いてもらえば、素晴らしい魔力が開花し、無事に帰って来てくれるに違いない。
「ダーリン♡」
もう一度呼びかければ、ダーリンの口がぽかんと開いていく。綺麗な顔はこれ以上ないほど赤く熟れ、少しつつくだけで爆発してしまいそうだ。
うふ♡ 効果絶大だっちゃ♡
鏡の前で練習したポージングを披露し、空を飛
ぶようにふわふわと近付いた。
赤鬼の頬に両手を添えると、さっきの続きをしようと上を向かせる。潤んだ紫色の目と熱い吐息には、彼の欲情が確かに滲んでいて……ホッとしながら腰を屈める。
近付く唇。ところが触れる直前で、大きな両手に阻まれてしまった。さっきとは逆の状況に、私は驚く。
「……ダーリン?」
「いけない……これは…………いけない」
荒い息をはあと吐くと、ダーリンはすっと立ち上がり、脱ぎ捨てた夜着を私の頭に被せる。せっかくの勝負服をスポッと覆われ、戸惑っているところをベッドへ座らされてしまった。
私の肩に手を置きながら跪き、彼はふるふると首を振り続ける。
「ダメだ……こんなの……こんなの抱けない」
思わぬその言葉に、あんなに熱かった身体は急速に冷えていく。
どうして? 何がダメだったの?
彼も私と同じ温度だと思ったのは、気のせいだったのだろうか。
……やっぱり胸が足りなかったかな。ブーツも。
しゅんと項垂れる私の耳に、またもや思わぬ言葉が響く。
「こんなっ……こんな可愛すぎるオニ! 抱いたりしたら死んでしまう! 俺の中のオニが全滅してしまう!」
……どういうこと?
ネヅコを忘れてました……