【おまけ】ケンペリのひとりごと
一目で心を奪われた。
流行りのドレスに流行りの髪型。誰も彼もが同じに見える中で、彼女は全く違う輝きを放っていたから。
レースと虎の毛皮、それに高価なレッドダイヤという、強烈な個性のドレスにも負けぬ美しさ。
だが、揃いの礼服を纏う夫とは、腕を絡めていても明らかな距離感があった。
政略結婚、しかも相手はあの冷徹な騎士団長。
上手くいっていないのかもしれない。
気になって、その後も団長夫妻を目で追ってしまう。
視線も心も通わさず、事務的にダンスをこなそうとする騎士団長。ぎこちないリードに何度も転びそうになる夫人。
正直、見ていられなかった。
妻を残し、一人バルコニーへと向かう団長。王宮は初めてだというのに、どんなに心細いか。
しばらく柱の陰に身を潜めていた彼女だったが、突如、荒い鼻息と共に出没した。
給仕を捕まえ、グラスを呷ってはまた捕まえる。
ヤケ酒か? とも思ったが、その顔はただただ幸せそうで。気付けば自然と、彼女の元へと向かっていた。
あんなに酒を美味しそうに飲む女性は初めてだった。今まで出会ったのは、グラスもアクセサリーの一部と考えているような女性ばかりだったから。
素直に酔っ払い、素直に自分を出す。そんな飾り気のない性格に惹かれ、他にはどんな引き出しがあるのだろうと気になってしまう。
気付けば別室で酒を飲もうと誘っていた。
あの団長を可愛いと言い、ブァッファ公爵の娘に嫉妬する彼女。可哀想に、片想いなのだろうかと胸を痛める。
ところが、後からやって来た団長も……
見事にズレていて、交わることのない想い。
交わっていないのだから、そこには簡単に入り込める隙間がある。
筋肉をかけたゲームに全力で取り組む彼女を見ながら、いつか自分がその隣に座る未来を思い描いてしまった。
建国記念祭が終わっても、彼女のことが頭から離れない。
会いたくて会いたくて、王子というくだらない身分を利用してやろうと思い付く。最新のトレーニングマシーンという餌を手に、アポなしで騎士団長邸に乗り込んだ。
そんなやましい気持ちを抱いていたせいだろうか。
幸せな夕食の最中に、彼女は突然倒れてしまった。
会いたいのに会えなくて、廊下からそっと、彼女の部屋の様子を窺う。
ガラガラと運ばれる大量のワゴンに、元気そうだなと安心するも、では何故……と疑問が湧く。
案の定、少しつついただけで気まずそうな顔をする団長。王子の身分をとことん利用し、白い結婚という隙間にぐいぐい割り込もうとする。
ところが────
逆に団長の、愛の深さを知ってしまった。
落ち込んで散歩をしていると、執務室の窓を覗く、怪しい背中を見つけた。
部屋着に部屋履きの小汚い団長夫人。明らかに訳アリな姿がもうおかしくて……胸がときめいた。
こんな風に偶然会えるなんて。まだ、彼女との縁を諦めなくていいのかもしれないと。
挙動不審な彼女の様子に、部屋から脱走したんだろうと推察する。窓からこっそり自分の部屋へ招き入れた途端、部屋に悪臭が漂い始めた。
何故か口から足の臭いを放つ彼女。ハーブティーと香水をかけたハンカチをさりげなく勧めれば、理解したのか素直に受け取ってくれる。
こんなに臭いのに、恥じることのない姿がまた可愛くて。思わず笑みが溢れてしまった。
やっぱり彼女を好きだという気持ちが、黒い心に拍車をかける。
団長の愛をねじ曲げ、嫌な言い方で伝え、余計な情報まで交えて、彼女の顔を曇らせた。
ここまで引っ掻き回したなら、絶対に彼女を手に入れたい。自分が幸せにするんだという覚悟で、甘い手を差し伸べる。
けれど、彼女が僕に願ったのは、なんと筋トレのサポートだった。
やっぱり面白いよ。最高だよ。
興奮しながら、夢中で筋トレに付き合う。
暑くなって……彼女のいやらしい視線に気付いて……それで……
僕のしなやかな筋肉に触れてもらえたら。
アイツよりも先にジャッジしてもらえたら。
やましさを振り切り、全身全霊で彼女を誘惑する。
……そんな卑怯な男に、神が味方する訳ないのにな。
分かってしまった。
二人の隙間が埋まってしまうことを。
僕の割り込む余地など、なくなってしまうことを。
あーあ。
あともうちょっと、団長が来るのが遅かったらな。なんてぼやきながら、ダンベルを片付ける。
きっと今、自分はものすごく情けない顔をしていることだろう。
それにしても、団長はどうして彼女がここにいると確信したんだろう。あんなに焦って、乱暴にドアを開けたりして。
誰にも見られなかったはずなのにな……と首を傾げていると、ふと、彼女に渡したハンカチが目に留まる。
もしや……と鼻を動かしてみるが、香水とハーブティー効果で、部屋はもうほとんど臭わない。
ははっ、いくら戦場で神経を研ぎ澄まされた団長とはいえ、そこまでの嗅覚はないか。犬じゃあるまいし。
笑いながらハンカチをつまみ、くんと鼻を寄せてみる。
「……くさ」