52 悪女は願いを口にする
꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰
「はい、どうぞ」
勧められたのは、王子自ら淹れてくれたハーブティー。
爽やかな香りが立ち昇るカップに、私は戸惑う。
「あの……」
「ああ、いいんだ。もう一個カップを頼んだりしたら、君がここにいることバレちゃうでしょ? せっかく護衛兵と協力して、窓から入れてあげたのに」
そう、私は今、王子が滞在するゲストルームにいる。
執務室の窓を覗いている所を、散歩中の王子に見つかり……
夫と話をしたいけれど、忙しそうでなかなか会えないとぼかして伝えたところ、
『後で会わせてあげるから、その前にお茶に付き合ってくれない?』
と誘われてしまったのだ。
部屋着に部屋履きという私の姿から、何かを察してくれたのだろう。こっそり窓から招き入れてくれる親切っぷりだ。
いいと言われても、自分だけ飲むのは気が引けるなあ……と躊躇っていると、香水をシュッと振りかけたハンカチを、微妙な顔で差し出される。
あ、そっか。
納得した私は、ネバついた唇をそれで拭く。ハーブティーも遠慮なく頂き、口内の残り香を洗い流した。
王子は鼻を動かし「うん」と頷くと、ようやくにこやかに話し出す。
「具合、良くなったみたいで安心したよ。食欲もあるみたいだし」
気のせいか、腹に視線を向けられる。
「あ……先日はお騒がせして申し訳ありませんでした」
「いや、僕が滞在していることで、逆に騒がせてしまって。こちらこそ申し訳なかったよ。元気になったなら、また一緒に夕食を食べたいな。なんなら昼食からでも」
「それは……私もご一緒したいのはヤマヤマなのですが……」
夫に監禁されているなんて言えないし、と言い淀む。
王子はまた何かを察してくれたのか、そんな私に親切な手を差し伸べる。
「何か困っていることがあるなら、僕から団長に言ってあげようか?」
「……いえ、直接話すので大丈夫です。ありがとうございます」
早く冷徹に会わせて欲しいなと、そわそわする私に対し、王子はもったいぶった口調で話し続ける。
「……君がいない時、団長に訊いてみたんだけど。結婚生活、やっぱり上手くいっていないみたいだね」
「え?」
「離婚後の話もしていたよ。時期が来たら、手切れ金代わりの酒を持たせて、さっさと追い出したいってさ」
「……そうですか」
「ジョフェズビブァッファ公爵の娘と再婚したいんじゃないかな。王命がなければ、今頃は彼女が騎士団長夫人になっていただろうし。……政治的なあれこれで、中立派の侯爵令嬢である君が推された訳だけど。正直、ブァッファ公爵の後ろ楯を得た方が、団長の為になると思う」
「……そうでしょうね」
「王命で望まぬ結婚をさせてしまったこと。臣下として、申し訳ないと思っている。だから、君達が納得いく形で別れられるように、何でも協力させて欲しい」
「何でも?」
「ああ、何でも。離婚後の生活も、不自由がないように僕がサポートするよ。こうして仲良くなったのも、きっと何かの縁だからね」
うん……そうよね。酒ばっか飲んでないで、離婚後のことも早めに考えておかないと。
あと数年は大丈夫、なんて呑気に構えていたけれど、予定外の事故でこうして監禁されてしまった訳だし。いつ追い出されてもおかしくないんだわ。
本当に何でもいいのかなと金色の目を覗けば、にっこりと微笑まれる。
仲良しかは分からないけど、今日はやたらとフランクだな。飲んでもないのに。
うーん、後から不敬罪とかナシだからね!
私は思いきって、「じゃあ……」と願いを口にした。
꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰
「屋敷内、庭と手分けして探しておりますが、どちらにもいらっしゃいません」
「馬小屋は? 草に潜ってないか?」
「はい。レーキを隅々まで突き立ててみましたが、手応えはありませんでした」
「外に出た形跡がないのなら、必ずどこかにいるはずだ。他に探していない場所はないか?」
「いえ、その……あると言えばあるのですが……」