51 悪女は鬼を落とす
五杯分の納豆ご飯と、三杯分の豚汁で膨れた腹が、窓枠にがっちり嵌まっている。
前進も後退も出来ずジタバタ踠いていると、引っかかっていた肉が僅かに緩み、何とか後ろに戻ることが出来た。
「いてっ!」
反動で床に打ち付けた尻を擦りながら、どうしたものかと考える。
早くしないとナガコが戻って来ちゃう!
私はすっと立ち上がり、精神統一しながら、その場でジャンプを繰り返す。
そう、大食いタレントがよくやる秘技……名付けて『鬼落とし』だ。
…………よし。
気持ち下がった腹をよいしょと抱え、再び窓枠に挑む。
どんなに困難でも、ここを越えなければ、自由は手に入らないのだ。
上下左右と、身体を揺らしながら押し込むたびに、暴れる朝食達。胃からせり上がる寸前で、奇跡的に窓枠を抜けることに成功した。
おえっ……圧死するかと思ったわ。
降り立った芝生は清々しく、まるでアルムの山々のよう。その柔らかな感触に、一日ぶりの自由を噛み締めた。
さて、行き先は一つ。ハイジのベッド……ではなく、冷徹の元。
何で自分を監禁するのか、尋問しなきゃ。
腹をポンと叩いて気合いを入れると、周りを警戒しながらシャカシャカと動き出した。
いつもなら、今の時間はとっくに朝食を食べ終わって、執務室にいるはずだ。
でも今は王子がいるからな……と考え、窓から室内の様子を探ってみることにする。
まずは食堂。食器を片付ける音がカチャカチャと響くだけで、ターゲットの気配はなし。
次は執務室。こちらも気配なし。
どこにいるんだろう。部屋かなあ、それともまたトレーニングルーム? と考えていると、何かが背中をポンと叩いた。
「何をしているの?」
柔らかなのに緊張感のある、朗らかなのに重みのある独特の声。
ギコギコと振り向けば、そこには朝日に輝くケンペリ王子が立っていた。
꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰
「何? 逃げただと!? 一体どこから!」
「ご不浄の小窓からのようです。見張り兵を置いたバルコニーとは反対側ですので、気付けなかったのでしょう」
「小窓? あんな狭い枠、人間が通り抜けられるのか?」
「奥様は小柄ですので、平常時なら可能かもしれません。ですがあのお腹では……と油断しておりました。完全に私の責任です。申し訳ありません」
頭を下げるナガコを見て、冷徹は天を仰ぐ。
忘れていた、アイツは人間ではなく、恐ろしいガキだったと────
「……探せ。速やかに捕獲しろ!」