49 悪女はボイコットする
ああ、顔を合わせたくないのかな。
不本意な上に生臭いキスなんかしちゃったから。
うんうん、酒飲み放題なら一日くらい引きこもってもいいわよ。風呂はさっき入ったし、トイレも部屋に付いてるから。問題ないわね。
私は「オッケー」と軽く了承し、この日は一日中豪華な酒盛りを楽しんだ。
ところが……
「え、今日も出ちゃダメなの?」
「はい。今日と申しますか…… “ 風呂以外、しばらくは部屋から一歩も外へ出るな ” と」
今朝も朝風呂を終え食堂へ向かおうとしたところで、同じことを告げられる。
しかもナガディアではなく、侍女達の長であるクニコから。
しばらく? 何それ。
軟禁? 監禁? ちょっと感じ悪いわよね。
「離れに行きたいんだけどな。ハイジのベッドで寝たい」
「あちらはご不浄がありませんし、軟き……奥さまが生活されるには不便な場所です。どうかこちらのお部屋でお過ごしくださいませ」
「……ご主人様と直接話すわ」
返事を待たずに、立ち塞がるクニコをすり抜ける。
へへっ、ちょろいもんよとドアノブを回すが、びくともしない。
「無駄だと思いますよ。屋敷中の兵総出で押さえていますから」
背後から響くクニコの冷淡な声に、メラッと闘志が燃え上がる。
ぬあにを!?
ようし! 何としてでもこじ開けてやる!
ドアにタックルしたり、足でガンガン蹴飛ばす私。
少しずつ隙間が開き、向こうの兵と睨み合っていると、クニコが恐ろしい言葉を放った。
「 “ もし命令に従えないなら、例のぐるぐるを部屋に放り込む ” とのことです」
例のぐるぐる……
ひいいっ!
飛び退いた反動で、床に尻もちを付く。いててと尻を擦っている間に、開きかけていたドアは再び固く閉ざされてしまった。
酷い……辛かった前世を脅しに使うなんて、なんて残酷なの。
鬼! 冷徹! 悪魔!
私はゆらりと立ち上がり、悪魔の手先へ向かう。
「……鬼で冷徹な悪魔に伝えて。私を閉じ込めるなら、一生風呂には入らない。屋敷中を強烈な納豆臭で覆ってやると」
꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰꩜♰
「……アイツがそんなことを?」
「はい」
食堂でクニコからの報告を受けた冷徹は、額を押さえため息を吐く。
「とりあえず閉じ込めておけ。今朝風呂に入ったのなら、一日二日放っておいてもそこまで臭くはならないだろう」
さすがに非難の色が浮かぶクニコの顔から、冷徹は目を背ける。
……分かっている。自分が酷いことをしているのはよく分かっている。だけど……
オニが暴走しかけたあの時、唇だけじゃなく、他の場所へも触れたいと思ってしまった。
手を伸ばす前に気絶してくれた為、事なきを得たけれど。
……いや、違うな。大事だ。
愛してもいないのにキスしてしまったのだから。
魚臭いのに何故か甘い、奇妙な唇に夢中になってしまったのだから。
顔を合わせたら、今度こそ暴走してしまうかもしれない。抱き締めて、唇を寄せて、そして……
やはり、オニが落ち着くまで閉じ込めておこう。
ふらふらと食卓へ戻った冷徹へ、王子が探るような視線を向ける。
「夫人はまだ体調が悪いのか?」
「……ええ。まだ安静が必要だそうです」
「そうか。早く良くなるといいな。……でもまあ、食欲はあるようで安心したよ。酒やらオードブルやら、昨日は一日中、大量のワゴンが夫人の部屋へ向かってたから」
フォークを握る冷徹の手が、ピクリと震えたのを王子は見逃さない。
「あ、王子が滞在しているのに、夫人がもてなさないなんて無礼だ! ……なんて咎めるつもりはないよ。こちらが勝手に押しかけたんだし。ただ、団長も色々と大変そうだなって」
「……どういう意味ですか?」
王子は水をコクリと飲むと、含みのある言い方で問い返す。
「いわゆる……アレ、白い結婚なんだろう? 君達夫妻は」