【おまけ】筋肉達の朝
「うう……」
「う……いたた……」
互いの気配に目を覚ます男達。
いくら高級ソファーと言えども、ずっとうつ伏せで寝ていた為に、筋肉はすっかり強張っている。
ゆっくり身体を起こすと、ぼうっと辺りを見回した。
ここはどこだ?
何故こんなところで寝て────
向かいの男と目が合い、そこでやっと夕べのあれこれを思い出す。
ケ(ゲーム中に寝落ちしてしまった……)
冷(また歯を磨かずに寝てしまった……)
それぞれ激しい自責の念に駆られながら、二日酔いに痛む頭を抱えた。
優秀な使用人達によって、テーブルの上のグラスや皿は、二人分の洗面用具と飲料水に替わっている。顔と歯を清め、水を一杯飲んだ二人は、やっとソファーから立ち上がることが出来た。
「……温泉、一緒に入るか?」
ケンペリ王子の唐突な誘いに、冷徹は一瞬身構える。
神経質な自分が、他人に裸を見せるなど……
だがこの国では、温泉は王宮の敷地内にしか湧いておらず、王族と共にしか入ることが出来ない貴重なものだ。
厄や穢れを落とすと言われている聖なる泉。もしかしたらオニにも効果があるのではないだろうか……
この機会を逃したら一生入れないのではと考えた冷徹は、王子と裸の付き合いをする覚悟を決めた。
温泉の脱衣所には、タオルだけでなく、着替えなども一通り揃えられている。王子はクローゼットから男性用の室内着を選び籠に入れると、冷徹に手渡した。
脱衣所の端と端で、皺になった礼服を黙々と脱いでいく二人。振り返って目にした互いの裸体に、思わず息を呑んだ。
ケ(なんと素晴らしい筋肉なんだ……。剣も槍も弾きそうなガチガチの胸板。やはり鍛え方が違う。あれは騎士の命を守る、立派な防具だ)
冷(なんと美しい筋肉なんだ……。無駄な厚みのないしなやかな上腕二頭筋。ただのお飾りなどではない。あれは使える筋肉であり、立派な武器だ)
自分とは違う良さを認めつつも、やはり負けたくはない。無言で睨み合いながら、自慢の筋肉をポージングで見せつけていく二人。一通りアピールし満足すると、東国風の引き戸をガラガラと開けた。
高い屋根と柵に囲まれているだけのそこには、木の板で作られた狭い洗い場と、石で囲われた広い泉があった。コポコポと絶えず湯が溢れる様は神秘的で、汲み置きした風呂の湯とは、全然質が違うと分かる。
これが温泉……
泉から立ち昇る白い湯気が、まだ星の残る空に吸い込まれていく。その美しい光景にも、冷徹は感動していた。
身体を洗い流した後、王子に続いて爪先をそっと湯に入れる冷徹。腰を沈め肩まで浸かると、身体の芯にまで熱が届き、じいんと痺れていく。
これは……
オニもご機嫌になりそうだ…………
静寂の中、白み始める空をぼうっと見上げる二人。
そこには身分も、筋肉も、何もなかった。
湯から上がり着替えると、隣の休憩室には二本の瓶が用意されていた。手に取ればひんやりとしていて、直前までよく冷やされていたことが分かる。
「牛乳に蛋白質を補う粉末を混ぜたものだ。……ん、今日はいちご味だな。団長も飲んでみろ」
勧められるままに口を付ければ、本物のいちごよりも大分甘かった。
甘くて、甘ったるくて、何とも言えない気持ちになる。
……父上も、アイツらも。
湖なんかじゃなくて、あんな気持ちの良い湯に入れてやりたかったな。
喉に引っ掛かりながら落ちていくいちごもどきは、どこか塩辛い後味がした。