45 悪女は来客をもてなす
一目でやんごとなきお方が乗っていると分かる馬車から現れたのは、銀髪と金眼が眩しいあの人。
私と目が合うと、微笑みながら近付いて来る。
建国記念祭の後────
小説では、メイリーン恋しさに騎士団長邸を訪れ、夫婦を引っ掻き回す迷惑なケンペリ王子。
まさかメイリーンに恋していない異世界でもやって来るとは……一体何の用だろう。
間にスッと入る冷徹に、王子が手を上げる。
「やあ、騎士団長。二週間ぶりだな」
「これは王太子殿下。ご招待した覚えが全くないのですが……愚かな私の物忘れでしょうか?」
「招待しようがしまいが、どのみち王子の来訪を断ることなんて出来ないだろう。面倒な手間は省く主義なんだ。という訳で、しばらく滞在させてもらうよ」
という訳でって……どういう訳よ。
お茶一杯くらいならともかく、アポなしで連泊だなんて、非常識にもほどがあるわ。
うちの旦那様は忙しいんだから、王子様の暇つぶしに付き合ってる暇なんかないのよ。バーベキューしたり豆撒きしたり暇そうに見えるけど、一応騎士団長なんですからねっ。
「おもてなしにはそれ相応の準備が必要でしょう。まさか殿下ともあろうお方が、パンを噛りながらガゼボで野宿するとでも?」
そーだそーだ言ったれ~! と心の中で加勢する。
だが王子は庭を見て楽しげに笑った。
「ははっ、それも素敵だね。寝られればどこでもいいよ」
「貴方はよくてもこちらは困……」
「あ、そうそう、団長に土産を持って来たんだ。東国の武術家と共同開発した、最新のトレーニングマシーン」
くいっと指差された荷馬車からは、厳つい部品が次々に降ろされている。
……嫌な予感。
案の定、荷馬車を見つめたまま、ゴクリと唾を飲む冷徹。王子はキラリと目を光らせ、にこやかに尋ねた。
「どこで組み立てればいい?」
「……こちらへ。皆の者! すぐに殿下の御部屋の用意を!」
ケッ!!
◇
あれから二人はトレーニングルームに籠り、あーでもないこーでもないとやっているらしい。
私もついて行こうとしたけど、ここからは筋肉と筋肉の付き合いだと、扉を閉められてしまった。
くっそぉ。
やっとカチコチとしなやかの共演を拝めると思ったのに!
仕方ない。酒も沢山お土産にもらったことだし、美味しいつまみでもこしらえるかと、厨房へ入っていった。
「……美味しい!」
私のこしらえただし巻き玉子を頬張りながら、日本酒を傾ける王子。気持ちの良い食べっぷりに、ついあれもこれもと勧めてしまう。
テーブルを埋め尽くすのは、醤油を手に入れたことで、バリエーションが広がった和食の数々。一応洋食もあるが、それには目もくれず、地味な皿ばかりをつついている。
「そちらの煮物には炊き立てのお米が合うんですよ。お持ちしましょうか?」
「米か……以前食べた時はあまり口に合わなかったのだが、貴女がそう言うなら是非食べてみたい」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
立ち上がろうとするのを、冷徹がムスッと手で制し、給仕に命じる。
あらいけない。元日本人のくせで、ついよそってあげたくなっちゃった。
てへっと可愛く舌を出したのに、余計にギロリと睨まれてしまう。
……なんだろ。さっきからずうっとこんな調子なのよね。筋トレでご機嫌じゃなかったの?
偉そうに顎をしゃくり、田楽を寄越せと訴えてくる旦那様。それこそ給仕に言えばいいじゃないのよと内心ツッコミながらも、大好物を小皿に取り分けてあげた。
「夫人がこんなに東国の食べ物に詳しいとは。一体どこで覚えたのですか?」
「それは……実家で。一時期大量に作らされて、いえ、趣味で作っていたんですの。オホホ」
「そうだったのですか。実は先日、東国の新しい料理を食べたのですが、大変美味で。団長夫妻にも味わっていただこうと、こちらのシェフにこっそり食材とレシピを渡しておいたのです。酒を飲んだ後にも合う料理なのですが、よかったら召し上がりますか?」
「わあっ! 食べたい! いえ、是非頂きとうございます」
にこりと微笑み、給仕に命じる王子。
なんだろなんだろ、梅干しのお茶漬け……湯豆腐……煮込みうどん。懐かしい酒の〆を想像し、わくわくと期待を膨らませる。
しばらくすると、独特なにおいが屋敷に漂い始めた。
鶏……それとも豚? とにかく獣臭い中に、ネギや鰹が混ざっている。
『いらっしゃいませぇ!』
────背筋に冷たいものが走った。