41 悪女はツッコむ
少し前に遡ろう。
“ 多分これも一杯ウン十万なんだろうけど、今はもやもやして味なんか分からない。葡萄味の水をぐびぐびと流し込み…………”
そう、私はようやく気が付いた。
もやもやとか鬱憤とか関係なく、散々酒を飲み続けた舌は、もうとっくにバカになっていたという事実に。
どうしよう……
右(A)も左(B)も、どっちも全く同じなんだけど。 それどころか、酒に対するときめきすら感じない。
そんな訳があるかと交互に飲み続ける内に、ついにどちらも空になってしまった。
「さあ、答えは出ましたか?」
ニヤニヤと口角を上げる王子が、ファイナルアンサーを急かすミノさんに見える。
落ち着け……あれは四択。これはたったの二択よ。格付けではなく、フィフティ・フィフティを使った後のラッキー問題だと考えればいい。
覚悟を決め、「はい」と返事をする私。
呂律の回らないバカ舌に、命運を委ねた。
「……右も左も、どっちも美味しくありません。幾ら飲んでもろきめかないし、葡萄の良さも分からない。これ、どっちもワインじゃ……ううん、どっちも酒じゃない」
バカ舌が感じたことを素直に口にすれば、王子は愉快そうに身を乗り出す。
「……ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー」
♪♪♪
「…………正解っ!!」
え、ウソ。
信じられないと驚く口の中で、ドヤッと踊るバカ舌。空っぽのグラスを覗き込んでいると、王子は勝手に説明を始めてくれた。
「右も左も、どちらも酒ではない。正確に言えば、“ ワイン風 ” の飲み物です。酒を飲めない人でも楽しめるようにと、私と酒造メーカーが共同開発しているのですが……うーん、やはり美味しくはないか。まだまだ改良が必要だな」
へえ、ノンアルワインか。異世界のくせに結構進んでるのね。
……いや、そうじゃなくて。
「騙しらんですか?」
ただでさえコルセットで狭い腹を、葡萄水なんかで満たしてしまったことが腹立たしい。不満を露わにするが、王子は悪びれる様子もなく、平然と宣う。
「はい。王族に高級ワインだと言われたら、脳が錯覚してくれるのか……ちょっと悪戯したくなったんです。貴女の素晴らしい舌を、くだらないゲームで試してしまいすみません。お口直しに美味しいワインをお持ちしますね」
当然だっ!
だけどその前に……
「筋肉は?」
「ああ、そうでしたね」
王子がスッと手を上げると、バーテンダーが新しいトレイを手にやって来る。
一升サイズの大きな徳利に、枡が二つ。……日本酒?
バーテンダーは、枡の内側に描かれた線まで酒をなみなみと注ぐと、男達の前に置いた。
「騎士団長。ただ脱ぐだけでは面白くないので、コレで早飲み対決をしないか? 先に枡を空にした方が、服を一枚ずつ脱いでいける。つまりは先に筋肉を披露出来るという訳だ」
「……これは東国の米の酒ですか?」
「ああ、そうだ。飲み慣れたワインでは、お互いつまらないと思ってな」
ニタッといやらしい笑みを浮かべる王子。
いやいや! あんた、絶対飲み慣れてるでしょう!? ゲーム好きだけあって、ほんとにズル賢いヤツね。
でもお生憎様。うちの夫も、最近は日本酒が大のお気に入りなんだから。
『ねっ?』と隣を見れば、さっきとは逆に、『任せとけ』と力強く頷かれる。
バーテンダーの指パッチンで、枡を同時に傾ける二人。
先に空にしたのは……我が青黒鬼だ。
よっしゃあ! と喜ぶ私に艶っぽい目を向けながら、ジャケットを妖艶に脱ぎ捨てる。ひゅう~♪
「ふうん。なかなかやるな」
「先攻筋肉権がかかっていますからね」
が、王子も負けていない。
次の枡を先に空にすると、ジャケットを華麗に放り投げた。
くうっ、悔しいけど、こっちもなかなか……
両者一歩も譲らない。
固唾を呑んで見守る中、ベスト、クラヴァット……と順に剥がれていき、残すはシャツ一枚のみとなった。
「……次が最後だな」
「ええ。……お遊びはここまでだ」
くうっ! カッコいい!
緊張が走る中、最後の決戦が幕を開ける。
枡を傾け、美しい喉仏を懸命に動かすイケメン二人。
ほぼ同時に空にし、ダン! とテーブルに置いた。
そしてほぼ同時に、ソファーに倒れ込んでしまった。
………………おいっ!