40 悪女はジャッジされる
状況を飲み込めず、ぽかんと口を開ける私を余所に、青黒鬼はクラヴァットを解き始める。
こっ、これはっ……
まさかのお触りチャンス!?
期待と興奮に震える手。波打つウン十万を少し溢しながらも、何とかグラスをテーブルに置く。
邪魔な手袋を放り、にぎにぎと準備を整えていると、王子が面倒なことを言い出した。
「そんな公平性に欠けるジャッジ、認められる訳がないだろう。妻が夫の味方をしない保証がどこにある」
「……筋肉を愛する者は、筋肉に嘘は吐けないはずだ。妻はバ……頭はあまり良くないが、必ず公平なジャッジをする人間だと信じている」
そうだそうだっ! ごちゃごちゃ言わずに触らせろっ! と、心の中で加勢する。
王子は私の純粋な目をじっと覗くと、仕方ないといった調子で首を振った。
「ならばこうしよう。今から行うゲームに団長が勝てば、生の胸板を妻に披露出来る。だが、もしも負けたら、脱ぐのもお触りもNG。シャツの上から、黙視でのジャッジに留めてもらおう」
「何だと!?」
「何れすとぉ!?」
夫婦同時に声が出る。
「何、簡単なゲームだ。準備するから少し待ってろ」
王子特権か。一方的に提案し、有無を言わせぬ態度で部屋を出ていくと、すぐにバーテンダー風の男を連れて戻って来る。
一体何を企んでいるのやら……カウンターの裏でこそこそやり出してから数分後、赤いグラスを二つ載せたトレイが、青黒鬼の前に置かれた。
「さあ、これを飲み比べて、どちらが高価なワインか当ててもらおう。片方は金100、もう片方は銀5。どうだ? 簡単だろう?」
金100に銀5。
日本円に換算すると、100万円と5千円。
まんま格付けチェックじゃん! と吹き出しそうになる。が、すぐに夫のある言葉を思い出し、固まってしまった。
『睡眠薬代わりに毎晩大量にワインを飲んでいたら、いつしか全く味がしなくなった。赤も白も……どんなに上等な物も、料理用の安い物も変わらない。全部全部水みたいだ』
……詰んだ。
いや、諦めるな。ヒーローなんだから運はいいはずよ。
確率は二分の一。右か左か、それだけ。
だけど……
チラリと隣を見れば、夫の顔には明らかな動揺が浮かんでいる。対して王子は自信満々、余裕綽々といった表情だ。
これを逃したら、永遠に触れないかもしれない夫の生筋肉。そう思えば、急に脳がシャキッとする。
このゲームには、何か裏があるに違いない……
動物的な本能で危険を察知した私は、居住まいを正し、スッと挙手した。
「そのゲーム、私がやります。夫の代わりに」
さあ、どう出るケンペリ。
すると王子は、ふてぶてしい顔に更に小憎らしい笑みを重ね、平然と答える。
「おお、それは面白い。……いいでしょう。では、貴女が挑戦してください」
あっさりOKが出た。
騎士団長がワインの味を判別出来ないことを知っていて、こんなゲームを持ち掛けたのかと思ったけど……そうではなさそうね。ということは、ワインそのものに何らかの仕掛けがある可能性が高いだろう。
夫の前から私の前へと移されるトレイ。
心配そうな、でもどことなく嬉しそうな青い視線に、私は『任せとけ』と力強く頷く。
────大丈夫。
今の私はただの酒飲みではなく、個人連勝記録更新中の彼だ。良いものを選ぶだけのこんな問題、なんてことない。
なりきりに成功した私は、まずA(右)のワインから……と見せかけつつ、B(左)のワインを手に取ってみる。
グラスを傾け、色を見て、匂いを嗅ぐと、舌の上で丁寧に転がし、うんと頷く。A(右)のグラスも全く同じ動作を繰り返した私は、再びうんと頷き、一つの答えを導き出した。
…………わかんねえ。