表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/72

36 悪女は呑まれる

 

 ◇


「ちょっと……頭を冷やしてくる。大人しく柱の陰(そこ)に隠れとけ」


 真っ赤な顔でそう指示すると、私の()はふらりとバルコニーへ出てしまった。


 あの人、一体どうしたのかしら。熱はなさそうだったけど。

 エナリーワルツどころか、他の簡単なワルツでも、何度もステップを間違えては足を踏まれそうになるし。

 目も合わせてくれないから呼吸もバラバラだし、しっかり支えてくれないから何度も転びそうになった。

 ……あっ、そういうこと?

 幾ら嫌だからって、お務めはきちんと果たしてよね! こっちはご褒美(筋肉)なしで一生懸命頑張ったのに。覚え損じゃない!


 こんな所で大人しくしていられるかと、私は鼻息荒く柱から出没する。

 どうせ飲まないだろうと思っているのか、横を素通りしようとする給仕を捕まえ、金色に輝くグラスを手に取った。

 芳醇すぎる香りと、見るからにきめ細かそうな泡。溢れそうになる唾を、ごくりと飲み込んだ。


 間違いない。

 これが異世界のドンペリ……


 お上品にグラスを傾け、金色を口に含んだ瞬間、頭にやんごとなき天使が飛び交った。


 なっ、なにこれ!


  ごきゅっごきゅっごきゅっ……ごくん。


 …………うまあ。最っっっ高!!

 ドレスだし、お城だし、もう気分は女王様よ!


『くれぐれもお上品に』というクニコの教えも忘れ、あっという間にグラスを空にしてしまう。さっきの給仕を再び捕獲すると、空のグラスと新しい物を交換した。

 コルセットなんかに負けてたまるか! と腹に気合いを送れば、プチッと紐が緩む。そうして空いたスペースへ、どんどんドンペリを流し込んでいった。


「お味はいかがですか?」

「ええ! 最っっっ高よ!! 前世でも今世でも、こんなに美味しいワインは初めて! さすがドンペリね!」

「ドンペリではなく、ケンペリです。私が生まれた年に編み出したブレンド法で作られたワインを、一部ではそう呼んでいます」


 ん?


 給仕だと思って気安く話していたが、滑らかなその声の主を見て、あっと驚く。

 輝く銀髪に、金色の瞳。まるでグラスに注がれたシャンパンみたいな美丈夫が、そこに立っていた。


 ────ケンジート・ペリニャン第二王子。

 例の当て馬キャラだ。



 何で?

 バルコニーになんか出てないし、泣いてもいないし、楽しく飲んでただけなのに。

 何で話しかけてくるの?


 困惑する私を余所に、ケンペリ王子はサッと手を上げ、給仕から赤みがかったグラスを二つ受け取る。


「さっき飲まれていた物とは熟成方法が違います。どうぞお試しください」


 ……王族から勧められた酒を飲まない訳にはいかない。差し出されたグラスを受け取ると、クニコの教え通り上品に傾けた。


「うっ……うま…………美味でございます~!」


 堪らずごきゅごきゅと飲み干し、ぷはっと息を吐く。


「花っぽい香りがする! 花だけに、さっきのよりも華やかな感じですね。うーん……これはお肉とか、クリームソースの料理と相性がいいんじゃないかなあ」

「おっ、分かりますか? じゃあ……」


 次はこちらをと、どんどん新しいグラスを勧めてくるものだから、わんこそばみたいにどんどん空にしてしまう。ヤバい……完全に(ドンペリ)王子(ケンペリ)のペースに呑まれているわ。


「お酒、お好きなんですね。美味しそうに飲んでくださって嬉しいです」

わらしも嬉しい♪ こんないいワインがタダで飲み放題だなんれ。色々大変(らいへん)だっらけど、来れよかっらわ」

「私も、貴女とこうしてワインを楽しむことが出来て光栄です。その個性的なドレスを見た時から、お話ししたいと思っていたんですよ」

「ああ、これ! わらしのデザインでこしらえらの! 素敵すれきでしょう?」


 飲みかけのグラスを王子に預けると、黄緑(ブーさん)色のスカートをつまみ、その場でくるりと回ってみせる。


「うん、本当に素晴らしい。胸元の愛らしいレース飾りと、ワイルドな腰の毛皮。一見アンバランスなのに、レッドダイヤのアクセサリーが品良く締めていて。東国風のデザインに見飽きてしまったので、非常に新鮮です」


 東国風……ほんと、何でこんなに流行ってるのよ。

 この広間に入った瞬間から、そこら中にいるコーラクの白衣に悪寒がしていた。他の色ならまだしも……新婚、多すぎだってば!

 ちょうど側を通った白衣に、ひいっと飛び退き柱に隠れる。


「……きだ」

「へ?」

「ドレスと同じで、貴女も個性的だ。とても面白い」


 おもしろ……へへっ♪

 最高の褒め言葉に照れていると、王子はさっき預けたワインを、私の手にぐっと押し付けてきた。


「よかったら、とっておきのワインを飲みませんか? ……別室で」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
― 新着の感想 ―
ひゃ~、お持ち帰りされちゃいそう! だが、そこにヌ~ンと現れそうな冷徹さん。
止せ王子、冷徹に殺されるぞ!
酔っ払いが… あの日の誰かと… んごふんっっ! 柱の陰から「出没」 言葉選びだけで印象が変わるなぁと思いました。 面白さってこういうところだなと勉強になります。 王子。そいつは既婚者である。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ