【おまけ】 冷徹、足臭い豆に挑む
二人で晩酌した夜から数日後。
冷徹の命令により、食糧庫は大量の大豆で埋め尽くされ、東国からは怪しい粉末が届いた。
調べたところ、東国に『ナットウ』らしきものはあったが、気温の高い我が国に届くまでには、傷んだり風味が落ちる可能性があるらしい。ならば『ナットウの素』なるものを入手し、作らせればいいと考えたのだ。
臭い、いやらしい、情けない。
あの朝、激しい自己嫌悪に陥った冷徹。
足臭い豆を食べるという罰を課し、己のオニを戒めれば、元の清潔で純潔で高潔な自分に戻れるのではないかと考えたのだ。
そんな冷徹の苦悩など知らない悪女は、シェフと共に、大喜びで納豆を作り始めた。
数日後────
それはついに、食卓に姿を現した。
想像以上の悪臭が充満する室内。一歩足を踏み入れただけで逃げ出したくなったが、冷徹は吐き気を堪えながら何とか席に着く。
清潔、純潔、高潔、清潔、純潔……そう呪文のように唱えながら。
「いただきます!」
足臭い上にネバネバしている豆。
見た目まで最悪なそれを、悪女は糸を引きながら美味しそうに食べている。そんな不気味な笑顔すら可愛いと感じてしまう自分に、冷徹は震えた。
これは本当に危険だ。早くオニを戒めなければ……
と、勇気を出して皿を手繰り寄せる。息を止め、山盛りのスプーンを口に入れた瞬間…………
冷徹はオニと共に気絶した。
それから何度も挑んではみたが、どうしても食べられない。それどころか、今では納豆が食卓にあるだけで、他の物を口にすることも出来なくなった。そう、せっかくのおみおつけも。
「ご飯は美味しく食べないと、鬼が暴れちゃうわよ!」
そう言って、食卓から納豆を撤去した悪女。
清々しい室内と、久しぶりに感じたおみおつけの旨味に、冷徹は涙を溢した。
あれから悪女は、固く閉ざした厨房で、使用人達とナットウタイムを楽しんでいるらしい。
まさか、悪女以外にも、あの足臭い豆を好む者がいるなんて……と冷徹は驚いた。
「炊き立てのお米があったら最高なんだけどな」
そんな悪女の呟きに、今度は米まで取り寄せてしまう。
何でこんなことを……と考えれば、胸にはただ、口から糸を引く時の幸せそうな顔が浮かぶ。
大豆と米でパンパンの食糧庫を眺めながら、冷徹は情けない自分に苦笑した。