34 悪女は気合いを入れる
◇◇◇
建国記念祭へ出席する為、乗り込んだ馬車。
王都へと向かうその車輪は、ドンペリ♪ ドンペリ♪ と陽気な音で回っている。
「随分楽しそうだな」
低い声に顔を上げれば、濃紺の正装姿の冷徹が退屈そうにこちらを見下ろしている。
「ええ、楽しみですわ」
……異世界のドンペリが。とは言わず、「旦那様とお出掛けするのは初めてですもの」と付け加えてみる。
へへっ、どうよどうよ! マナーレッスンの成果は。この落ち着いた青いドレスに合う淑女になってるんじゃない? と、ドヤ顔で瞬いていると、ふいと顔を逸らされてしまった。
ったく何なのよ。自分から声を掛けたくせに。
一緒に晩酌したあの夜から、冷徹はどこかおかしい。自分を見てポッと顔を赤らめたり、目が合えば今みたいにふいと逸らしたり。
ダンスレッスンも筋肉ゼロのおじいさん先生に変えられてしまい、せっかくエナリーワルツを習得したのに、ご褒美はもらえずじまいだった。ちぇっ。
はあ……でもカッコいいなあ。
端正な横顔を、うっとりと見つめる。
明日の夜会で、私がデザインした礼服を着てもらうのが楽しみだわ! 素敵すぎて、王子様を食っちゃうかもね。
そうそう……王子様。
新キャラのご登場ね。
この小説における一大イベント、建国記念祭。
『着飾ったメイリーンが王子にチヤホヤされて、冷徹が嫉妬と共に恋心を自覚する』
のところを詳しく語ろう。
冷徹との些細なすれ違いから、一人バルコニーに出たメイリーン。涙ぐむ美しい彼女に声を掛けた王子は、人妻だと知りながらも恋に落ちてしまう。一方冷徹は、自分以外の男と笑い合うメイリーンを見て激しく嫉妬し、ようやく恋心を自覚する……という流れだ。
ヒーローとヒロインの距離を縮める為の、当て馬キャラになるこの第二王子。冷徹とは正反対の柔らかな美貌と優しい性格で、読者人気が高かったな。下女出身の身分の低い側妃が生んだ息子である為に、どこか影のある雰囲気も魅力なのよね。
恋愛小説として読む分には楽しいやきもきエピソードだけど、実際にこんなことが起きたら面倒臭い。建国記念祭の後も、何かとメイリーンに絡んでは夫婦の仲を掻き乱すし。
まあ、半分サツキの偽メイリーンだし、普通にしていれば王子様も興味なんか持たないでしょう。嫉妬もされる訳ないし。
とにかく私は、素敵な旦那様とドンペリとご馳走を堪能したいんだ! その為に今日まで頑張ってきたんだから!
……念の為、王子様とは関わらないようにしようと気合いを入れた。
◇
「ぐえっ!!」
腰をギリギリと締め上げるコルセットに、私は悲鳴を上げる。
「無理……ムリムリ! もっと緩めてよ! 」
「これでも大分手加減しています。あのドレスを綺麗に着こなす為なんですから、我慢なさってください」
「うう……こんなんじゃドンペリもご馳走も入らないじゃない。どうしても着けなきゃダメ?」
「ダメです。ほら、もうちょっとですから頑張って」
息を吸った私の腰を、クニコは容赦なく締め上げた。
……鬼め。
支度が整いぐったりと座る私を、扇子で扇ぐクニコ。その顔は誇らしげだ。
「先ほどの式典では、大変お見事でございました。ジョフェズビブァッファ公爵と、ジャフェブヒジョッハ侯爵を完璧に見分けられて」
そうっ、そうそう!
アイツら、まさかスキンヘッドとオールバックのロン毛になってるなんて……嫌がらせもいいとこよ! 勉強の甲斐があって、まつ毛で何とか見分けたけどさ。
「それに! 奥様の初々しさとお美しさは、他のどのご令嬢よりも輝いていらっしゃいました。この後の夜会では、ご主人様と共に、更に注目の的となられるでしょうね」
そう言うと、クニコは扇子の裏に隠れ、私にこそっと耳打ちをする。
「夕べはゆっくりお休みになれましたか? ……お・ふ・た・り・で♡」