4 悪女は馬と喧嘩する
「……ねえ。これ、ちょっと分けれくれない?」
ヒン!
「いいじゃない。そんなに食べらら太るわよ?」
ヒィーン!
この黒い馬……目つきが姑にそっくりね。干し草に手を伸ばす私を睨み、鼻息荒く威嚇してくる。他に大人しそうなコもいるけど、どうしてもこの馬には負けたくない。
お互い一歩も譲れず、膠着状態が続いていた為、誰かが馬小屋に入って来たのに気付かなかった。
「お前、馬泥棒か?」
振り向けば、そこには日本で言う中学生くらいの少年が、訝しげな顔で立っている。服装からして、多分馬の世話係だろう。
怪しまれては困る。私は立ち上がり、威厳たっぷりに背筋を伸ばし……たいけどふわふわする。へへっ。
「馬なんれ興味はないわ。干し草が欲しいだけ」
「……なんで?」
「ベッドにしらいの。ハイジのベッド。知っれる? ……ひっく」
少年はますます訝しげな顔で腕を組む。
「……誰?」
ああ、そうね、まずはそこよね。
「私? 私はねえ、冷徹騎士の奥さん! 昨日嫁いで来らのよ~」
「……ご主人様の?」
「そうそう。この家でねえ……ひっく。二番目に偉い人なんらから。仲良くしれね」
ほら、このドレスを見て。妹のお古だけど貴族令嬢っぽいでしょ? と、スカートをつまんでくるりと回ってみせる。カーテシーも披露したいところだけど、今はちょっと難しそう。
そんな私の頭から爪先までをジロジロ見ると、少年は少し顔を和らげ、組んでいた腕をほどいた。
「……ナルトはご主人様に似て気難しいから、あんまり近寄らない方がいい。干し草なら、あっちに沢山ありますよ」
おっ、信じてくれたみたい!
まだブルブル怒っているメンマをキッと睨みつけると、少年の後を付いて行った。
「これだけあれば足りますか?」
案内された場所には、見るからにふかふかの干し草が沢山詰んである。
うわあ! うわあ! 今すぐにでも飛び込みたい!
「じゃあ、もらっれいくわね」と腕に抱えられるだけ抱えると、少年は冷静に問う。
「よく分からないけど、ベッドにするんでしょう? それだけで足りるんですか?」
……足りるかな?
訊いたくせに答えも聞かず、少年はさっさと荷車を用意する。立て掛けてあったフォークを手にし、慣れた手つきで干し草を山盛りに積むと、汗を拭いながら言った。
「どこに運ぶんですか?」
少年に寝室を案内し、「ここをベッドにしらいの」とベンチを叩けば、円らな目を見張られる。
「……ガゼボで寝るんですか?」
「そうよ。星は綺麗なんらけど、背中が痛くれ。でも今日は、これのお蔭でぐっすり眠れそうだわ」
柔らかな干し草に顔を埋め、幸せに浸る。
────どのくらいそうしていただろうか。背中をつつかれ顔を上げると、少年が大きな麻袋を手に立っていた。
寝て……た?
涎を拭う私をさりげなく荷車からどかすと、少年は何も言わずに、袋に干し草を詰めていく。
あっ、もしかして!
私も手伝い三袋分を一杯にすると、一緒にベンチの上に並べていった。
「麻だからザラザラしてるけど、上に何か布をかければ……」
うっ、うわあああい!!