表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/72

32 悪女はよく知っている

 

『何故分かるんだ?』

 こちらを見る彼の顔にはそう書かかれている。


「あ……その……クニコから教わったの。お父様がオスン国との戦で亡くなって、それから貴方が色々苦労したって……それでかなと思って」


 ちょっと苦しかっただろうか。でも、レッスンでざっくりと教わったのは本当だし。

 彼は特に怪しむ様子もなく、二~三度、小さく頷く。やがて震えるグラスをことりと置いて、口を開いた。


「ああ、そうだ。俺が魘されるのは、戦場で父上が殺される夢だ。……信頼していた部下に裏切られてな」


 設定通りの言葉に、私は安堵する。

 ぐいぐいいきたい気持ちを抑え、彼の言葉に、静かに耳を傾けた。


「副団長だったその部下は、父上の腹心の友であり、俺に剣を教えた師であり……オスン国のスパイでもあった。まんまと騙され、情報を流され……命を奪われたんだよ」


 テーブルの上に置かれた彼の拳には、破裂しそうなほど血管が盛り上がっている。危ういそれにそっと手を重ねれば、少しだけ緊張が緩み、先を続けてくれた。


「父上の仇は俺が討った。……仇から教わった剣で。だけどアイツは、俺が斬る瞬間、避けもせずホッとした顔をしていたんだ。『よくやった』と、俺の頭に手を伸ばしながら……。

 情に厚い父上も、情を捨てきれなかったアイツも、どちらも愚かだ。……俺は自分以外誰も信じない。裏切られるくらいなら、最初から誰も信じないと誓い、騎士団長の座に就いた。兵は仲間ではなく駒だと。そう割り切り、多くの犠牲と引き換えにオスン国を滅ぼしたんだ」



『文字』で見ていたのとは全然違う。吐かれる言葉の端々にまで漂う苦しみに、胸が張り裂けそうになる。


「……罰なんだろうな。夢では父上とアイツだけでなく、敵も味方も……俺が奪った命が幾つも助けを求めていて。俺の心にも、ずっと恐ろしいオニがいるんだ」



 ────人生は鬼ばかり。そう分かっていても。

 好きな人を苦しめる鬼ならば、豆をぶつけて追い出したいと思ってしまう。だけど、決して鬼と闘ってはいけないことを、私はよく知っているから。



「そうね……鬼が少しご機嫌ナナメなのかもしれないわね。じゃあ、沢山食べて飲んで笑っちゃいましょう。……はいっ」


 味噌だれをたっぷり絡めた茄子をフォークで刺し、彼の口元へと突き出す。しばらくぼんやりしていたけれど、彼はふっと笑い、震える口でぱくりと咥えてくれた。


「……美味しいな。本当に」

「気に入ったなら、またいつでもこしらえるわよ。そうだ、納豆も東国にあるかしら」

「ナットウ?」

「発酵した大豆なんだけどね。ネバネバして、一日中蒸れたブーツで歩いた足みたいな臭いがするの」

「うえっ、そんなもの、本当に食べられるのか?」

「もちろん。慣れると美味しいんだから。鬼もご機嫌になるかもしれないわよ」

「ご機嫌? むしろ臭くて、逃げてくれたらいいのに」

「それは無理よ。前にも言ったでしょう? 鬼は、誰の心にも住んでいるんだって」


 彼はやるせない表情を浮かべると、酒を一気に呷り、ふうと息を吐く。


「……少し美味しく感じてきたかも」

「あら、鬼が気に入ったのかもね。はい、どうぞ」


 空になったグラスを、新しいもので満たして……そうして何度も繰り返している内に、真っ赤っ赤な赤鬼は、ついに船を漕ぎ始めた。

 あらら、仕方ないわね。

 私は立ち上がり、彼の傍へ行くと、逞しい肩をぽんぽんと叩いた。


「ねえ、もう部屋に戻った方がいいんじゃない? 階段降りられる?」


 すると突然、泥酔しているとは思えない力で、ぐいと腰を引き寄せられた。


「わっ!」


 何事かと見下ろせば、紫色の妖しい双眸が、私をとろんと見上げている。薄く開いた綺麗な唇からは、酒臭い呼気と共に、衝撃的な言葉が飛び出した。


「……一緒に寝たらダメか?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
― 新着の感想 ―
冷徹さんが冷徹さんになったのにも理由があったんだな。 と言ってもこの会話の最中、冷徹さんはサツキの目に保養な艶っぽい格好をしている訳で。 それで同衾希望な台詞を吐かれたら彼女は鼻血ものだろうな。 「鼻…
冷徹の過去と、悪夢の中身…文字で知っている主人公にとっても、目の前で話されると、感じ方はやはり違うのでしょうね。 父親と、その仇への冷徹の想いがひしひしと伝わってきました。そして…次話も気になります…
私も子供の頃は「おみおつけ」って言っていたのに、いつの間にか「味噌汁」呼びになっていたな~と、思い出しました。 色々思い出させてくれる、このお話が好きです。 でも、大人になった今、ハイジの部屋(という…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ