【おまけ】 クレームの実態
ダンスレッスンの一時間前。
三人の美しいダンス講師達が、冷徹にあることを訴える為、執務室を訪れていた。
「……どうしてもご相談させていただきたいことがあり、直接伺ってしまいました。突然のご無礼をお許しください」
「手短に話せ」
「はい。実はその……奥様のご褒美の件でちょっと。ご本人や、侍女長様には申し上げにくいもので」
「褒美?」
「えっ……ご存知ありませんか? 私達の身体を使った、いかがわしいご褒美の件ですのに」
「説明しろ。手短……いや、詳しく」
「はい。私達講師は、奥様がレッスンでノルマを達成したら、その都度身体でご褒美を差し上げる契約をしているのです。たとえば、奥様をこの腕にぶら下げて差し上げたり、背負って差し上げたり」
「……はっ、ははっ! 身体と言うから何かと思えば。そんなことの何が褒美なんだ」
「あれ、まさか、それもご存知ありませんか? 奥様は筋肉が大変お好きですのに」
「……夫婦なのにおっかしいよなあ(こそっ)」
「……やっぱり訳ありなんじゃ(こそっ)」
「続けろ」
「はい。奥様は私達の身体目当てに、ハードなレッスンにも貪欲に食らいついてこられました。初心者とは思えぬ程のスピードで、難しいステップを幾つも習得し……なんと残すは、最高難度のエナリーワルツのみに。ですから契約上、講師陣もそれ相応のご褒美を提供せねばなりません」
「……まさか!!」
「クラヴァットをほどき、シャツのボタンを外し、生の筋肉を奥様の前に曝け出しました。ちょっと触ってみたいなというお願いにも応じ、鎖骨から胸筋……更には胸筋から腹筋の溝まで」
「さっ……触らせただと!?」
「申し訳ありません! 契約上お触りはNGだったのですが、奥様の愛らしさについ……!」
「アイラシサ?」
「はいっ……! だって、あんなにキラキラした瞳でおねだりされてしまったら、男は誰だって断れないでしょう。身体でご褒美だなんて、どんなに熟した人妻かと思えば、まさかあんなにあどけない少女だったとは……反則です!」
「そうですよ! 人差し指でツンツンされただけで、何だかいけない気になってしまいまして……それなりに女性に慣れている私達とはいえ、正直辛いのです」
「……お前ら、人の妻に邪な気持ちを!」
「申し訳ありません! ですがあんな可愛らしい方に素肌を触れられて、平静を保てという方が無理ですって! 今日はどんなおねだりをされるのかと思うと、もう怖くて怖くて……。お怒りでしたら、閣下から直接お触りはNGだとご注意いただけませんでしょうか? 」
「その必要はない。契約に違反したお前らは、今日限り……いや。たった今、この時を以て解雇した」
「そんな! 俺、まだおんぶしてないのに!」
「肩車もしたかった!」
「お触りだけNGにしていただければ、こんな美味しい……いえ、光栄な仕事はな」
「黙れ!! …………それ以上口を開いたら、そのふしだらな筋肉を削いでやる」
講師達が飛び出していった後の執務室は、恐ろしい程の冷気と静けさに包まれている。
何とか血で汚さずに済んだ剣を収めると、冷徹は椅子の背もたれにギシリと寄り掛かった。
ガキには、魅了の力でもあるのか?
可愛らしい……はっ! どこが。
アイツはあどけない少女の皮を被った、意地汚いオニだ。飲酒欲と食欲が落ち着いたかと思えば、今度は男を欲するようになるとは。
バンと机を叩き立ち上がると、冷徹は衣装室へと向かう。数ある衣装の中から、礼服用の華やかなベストとクラヴァットを掴むと、今着けている物と乱暴に取り替えた。
鏡に映った自身と、先程の講師達を比べ、満足気に頷く。
……生憎だが、俺は魅了などされない。
そんなに男が欲しいなら、俺が魅了してやる。